いきなり始まるどん底生活
ミレイユには前世の記憶がある。だがその記憶は辛く、そして忌まわしいものだ。
前世である田村美咲の両親は彼女の事を蔑ろにして、妹や弟達ばかりを可愛がった。そしてそんな両親を見て妹達も彼女を蔑み、私物を盗んだり暴力を振るうなど嫌がらせ繰り返した。
そんな生活環境に嫌気が差し、必死に勉強して奨学金で大学まで進学し、実家から遠く離れた都内で自立への道筋をつけた。
これでようやく解放される。そう思った矢先に彼女は交通事故に巻き込まれて死んでしまった。
そして転生先のミレイユにある時前世の人格と記憶が甦った。何が起こったのか分からぬ彼女は、近くの池に映る自分の姿を見て絶句する。
身に纏う服はあちこちが解れたボロボロのもので、くすんだ灰色の様な髪はボサボサで碌に手入れもされていない。
痩せ細った身体は大小様々な擦り傷や打撲の跡があり、まず間違いなく碌な環境で育てられていないというのが分かる。そしてその事を身を以て思い知らされることになった。
ミレイユはこの屋敷、オルフィア伯爵家において出来損ないと蔑まれる存在だった。この世界には魔法が存在し、伯爵家は火の魔法使いとして有名なそうだ。
だが彼女は伯爵がメイドに手を出して産ませた私生児で、夫人の怒りにふれメイドを辞めさせられた母親が死んだ後に、魔法の才があるかもしれないと伯爵が引き取ったが、正妻の子供達が高い魔法の才を示す中、ミレイユだけは魔法が使えなかった。
そして他の子供達が伯爵家の血筋に現れる赤髪に赤い瞳であるのに対し、銀髪に菫色の瞳だった。
伯爵は彼女に出来損ないの烙印を押し使用人として扱う事を決め、婦人や子供達は彼女を苛め痛めつけ、使用人扱いになった彼女を他の使用人達も冷遇し奴隷同前の扱いを受ける。この状況を把握するまでの数日間、碌に食事も与えられずに朝から晩遅くまで働かされ続けた。ただこき使われるだけならまだ耐えられた、だがそれ以上の苦痛が彼女を襲う。
「ふん、まだ生きていたのかこの出来損ないめ」
「お父様ったらなんでこんな出来損ないを生かしておくのかしら……何よその目は、ゴミの癖に生意気よ!」
「アンタなんかさっさと死んじゃえばいいのに、キャハハハッ」
「兄様や姉様達の言うとおりだ、出来損ないの平民なんか生きてる価値なんかないんだぞっ!」
十八歳になる伯爵家の嫡男ノヴァは彼女の事をゴミを見るかのように蔑み、まだ生きていたのかと吐き捨て罵声を浴びせる。
彼より少し年下の長女のエリザは生意気だと鞭で彼女の背を何度も打った。
ミレイユと同じくらいの年齢の双子、次女のサーリャと末の弟であるラアイズは側役達に命じて彼女に暴力を震わせ、その様を見ながらケラケラと笑った。
伯爵家の子供達はミレイユを見つける度に罵声を浴びせ嘲り、暴力を振るって彼女が苦しむ様を愉しんでいた。
「い、痛いよぉ……こんなのってないよぉ」
掃除もされていない物置代わりの部屋、誰も寝静まった夜にミレイユはポロポロと涙を零す。
苦労してやっとあの両親や兄弟達から解放されると思ったのに事故で死に、転生したら前よりも遥かに酷い環境、私が何をしたっていうのよ、と彼女は嗚咽交じりの嘆きを繰り返す。
「わ、私は……幸せになっちゃいけないの……?」
『そんな事無いわよ、貴方には幸せになる権利があるわ』
「っ!? だ、誰っ?」
なんでこんなに辛く苦しい事ばかりが続くのか、痛む身体を自分で抱きしめながら涙を零す彼女の頭に響く声。
パッと顔を跳ね上げキョロキョロと周囲を見回す彼女の前に、淡い光が集まり人の形を形どる。
戸惑う彼女の前に姿を見せたのは、美しい金髪をポニーテールにした若い女性だった。
『やっぱり、貴方の中から光の魔力を感じられるわね……それも不思議な力も帯びてる』
「あ、貴方は誰ですか……?」
『私?私は精霊、神様に代わってこの世界の理を管理する存在。光の精霊王リモーネ、それが私の名前よ』
(リ、リモーネ……それって、あのゲームに出て来た!)
思わず見惚れてしまうような美しい女性に頭を撫でられドキドキするミレイユ。戸惑いながらも尋ねれば返ってきた言葉、そしてその名前に彼女はハッとする。
光の精霊王リモーネ、それは前世で彼女がプレイしていた乙女ゲーム『スターライト・ロンド』に出てくる設定上のキャラクターだ。
『スターライト・ロンド』は男爵の庶子であるヒロインが希少属性である光魔法に覚醒した事で、帝国貴族の子息が学ぶ魔法学園に入学し攻略対象のキャラクター達と絆を深めていくゲームである。光魔法は国内でも使い手が数える程しかいない希少な属性で、ヒロインはその力で傷ついた人々を癒し、邪なるものを浄化し、聖女として教会の支援を受ける事になる。
二部構成に別れており、前編ではヒロインと攻略対象達の学園での日々を描くが、後編は帝国を揺るがす陰謀と戦争、そしてそれを引き起こした黒幕との戦いを描いたハードな展開と戦闘要素もある作品だ。
(ス、スターライト・ロンドの世界にて、転生してたなんてっ! で、でも待って、私後編のキャラクターとか陰謀なんて殆ど知らないっ!)
『どうしたのー? もしもーし』
だがここで一つ大きな問題がある、ミレイユは前世でこのゲームをプレイした事はあるが、前編すらクリアする前に死んでしまい、ネタバレを避けていた為物語の要である後半の陰謀やキャラクター達について殆ど知らないという事だ。
あああ、と声を漏らして再び頭を抱え込むミレイユを、リモーネは小首を傾げながら頭を撫で呼びかける。
転生知識もあまり役に立たない上に、能無しの烙印を押された自分がどうすればいいのだとプルプルと身体を震わせていたミレイユだったが、自分の身体を包む淡い輝きに気付く。
「え……?」
『じっとしてて、今怪我を治してるから……酷い事するわね、こんな可愛い子になにするのよ……よしよし、辛かったわよね、苦しかったよね』
「あ……う、うぅぅ……うぇぇぇんっ!」
治癒魔法をかけながら、自分が汚れる事など構わないといった様子で、薄汚れたミレイユの小さくやせ細った身体を優しく抱きしめながら頭を撫でるリモーネ。
その暖かさと優しい言葉にミレイユは瞳を潤ませ、堰を切ったかのようにワンワンと泣き出す。そんな彼女の身体を抱きしめつつ、精霊は傷ついた少女の身体を癒していく。
『はい、これで良しっと、もう痛いところは無い?』
「あ、ありがとうございます……大丈夫です。あ、あの、質問があるんですが……」
『何かしら?』
「ど、どうして私の所に来てくれたんですか?何か理由があるんですか?」
あれだけ擦り傷や打撲があった身体がすっかり癒えている。自分の身体の具合を確認した彼女はリモーネに深々とお辞儀をした後に、胸の中に生じていた疑問を投げかける。
ゲームの世界では精霊王達は神の代理人としてこの世界の理を司る信仰対象という設定で、知りうる限りでは本編には大きく関わってくる筈の無い存在だ。それが何故自分の前に姿を現したのか、それが分からないのだ。
『貴方の中に生まれた力を感じ取って来たのよ。貴方には光魔法の才能があるの、それも凄い力。他人の心や身体も癒せる程に』
「心身を、癒す……? 治癒魔法と違うんですか?」
『貴方のは特別ね。普通なら治癒魔法では重い病を癒すのは結構難しいし、何より精神を癒す力なんて私達も出来ないわ。でもその貴方の力なら出来る』
(そ、そんな希少な力が私に……? どういう事なんだろう、私ヒロインじゃないのに)
私に光魔法の才能?他人の心身を癒す力?そんなものが自分にあるなんてとミレイユは戸惑いを隠せない。だが精霊王たるリモーネが嘘を言うとも思えない。
この世界には光魔法以外にも、風属性や水属性の治癒魔法は存在するが、それは怪我の治療に特化したものだ。
中には病気に効くものもあるが、重い物にはあまり効果が無い。だがミレイユの力は他人の弱った心や身体を癒し、重い病へも効果が期待できるとリモーネは語る。
考え込むように視線を下に向けるミレイユに対し、精霊王は優しく微笑みながら口を開く。
『貴方にお願いがあるの、三日後この屋敷を訪れる青年を、その力で癒して欲しいの』
「え、ええ? そ、そんな事言われても私……ち、力のつ、使い方も分からないのに……」
『大丈夫、さっき治療した時に貴方の中に眠ってた力が目覚める様に干渉したわ。その人と触れ合って、その人を癒したいって願えば貴方の癒しの魔法は発動するわ』
「……わ、分かりましたっ、やれるだけやってみます!」
戸惑い躊躇いを見せるミレイユだが、リモーネの真剣な眼差しとその願いにグッと拳を握って応える。
『ありがとう、当日貴方の手助けをする子を呼ぶわね。ユーリィ、いらっしゃい』
『お呼びですか、精霊王様ぁ』
ミレイユの決意に満ちた表情にありがとうと目を細めて微笑む精霊王、彼女が声をかければ小さな光が集まり手の平に乗る程の小さな人が姿を現す。
リモーネと同じ金髪をツインテールにした少女は、小さな翅を動かしフワフワと飛んでいる。
『この子は光の中級精霊のユーリィよ。ユーリィ、貴方にはミレイユを守る事と当日彼に会わせる為の手助けをお願いするわ』
『畏まりましたですっ、ミレイユちゃんよろしくですっ』
「う、うん、よろしくねユーリィ」
『三日後に彼は来るわ、この子が貴方を導いてくれるから、そこからは貴方次第よ。どうかお願い、闇に堕ちようとしている彼の心を救って……それはきっと貴方の幸せにも繋がるわ』
それだけ言い残すとリモーネは輝く粒子となって掻き消える。暫し呆然としていたミレイユだったが、戸惑いつつも三日後に来るという人物と、自分の幸せにも繋がるという精霊王の言葉について思いを馳せるのだった。
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