蜂蜜を採取しよう!
社交界シーズンの為に帝都のタウンハウスに滞在するミレイユ達アーグラント大公家。病に臥せっていた皇后が回復した事で、定期的に登城する必要が無くなった為、大公子セルヴェンは妻アシェラと共に政務や留守役達への指示の為に一度大公領に戻る事になり、ミレイユもそれに同行を申し出た。
「戻ったら温室や庭の状態を確認しないと……そろそろ蜂達も巣枠に蜜を十分な量集めてる筈」
「ハインツに進めさせていた養蜂だったか」
「はい、上手くいってたら大公領で広めたり、ルミア嬢のベーレント子爵領でも試していいとお義父様から許可を頂いてます」
馬車の中で義兄と言葉を交わすミレイユ。長期に渡って大公城を離れる事でまず彼女の中で浮かんだ懸念が温室で育てている希少な薬草の事だった。
あれはミレイユの光魔法の影響もあって成長しているので、もし長期に離れた場合どうなるか不安だったのだが、そこはユーリィが解決に一役買ってくれた。
精霊界を介すれば彼女は帝都から大公領まで一時間もかからず戻れるのだ。彼女が用意した魔力を込めれる水晶球にミレイユが生育を促す光魔法を注ぎ込み、それをユーリィが定期的に大公城に戻って温室や蜂達の為に用意した花畑に使用する事で維持していた。
維持問題は解決したから大丈夫だとは思うが、随分と長い間離れていたので温室の状況が気になって仕方ないミレイユは、早く着かないかなと馬車の窓から景色を眺めながら心中で呟く。
三日の移動を経て大公城へと戻ってきたミレイユ達。城の敷地の一画に設けられた温室では、スキンクア草などの貴重な薬草がすくすくと育っており、上手くいっている事にミレイユは安堵する。
翌日彼女は、側役であるユリウスや護衛騎士の二人、作業員たちと共に、大公城の中庭の一画に設置された巣箱の所へと来た。
「あれ、巣箱が増えてる?」
『ミレイユちゃん達が帝都に行ってる間に新しい群がきて、喧嘩を始めたから私がお城の人にお願いして新しい箱二つ作って貰ったです。ちゃんとルールは守るよう言ってあるので大丈夫ですっ』
「ありがとうユーリィ、こっちの二つの巣箱はまだ蜜が採れる程じゃないだろうし、今日は予定通りこの箱だけ開けようね」
長い銀髪をポニーテールに纏め、動きやすい服装をしたミレイユとその傍らをふわふわと飛ぶ小さな精霊ユーリィ。ユリウスと作業員達は巣箱の状態を確認している。
蜂達にはユーリィが言って離れるように促しており、白い防護服を着た作業員達が手早く一部を残して巣枠を取り出していく。
「ありがとうみんな、もう戻っていいよ」
巣枠が入り箱が閉じられると蜜蜂達は再び箱の中へと戻って行く。作業員達が巣枠の蜜蓋を切り取ると中からトロリと蜂蜜が流れ出てくる。
専用として試作した魔石式の遠心分離器に巣枠をセットし回し始めれば、黄金色の蜂蜜が器の底へと溜まっていく。
「初めての収穫にしては凄い量ですね」
「予想してたよりも多いね……遠心分離器も問題なく動いたしこれは実用化したいな」
感嘆の声を上げるユリウスにミレイユは嬉しそうに頷く。こうして初めての収穫を終えた養蜂は大成功の内に終わった。ミレイユはろ過され不純物を取り除かれた綺麗な蜂蜜の入った瓶へと、鑑定の虫眼鏡を向ける。
【シアサスの蜂蜜 ミレイユ・アーグランドの光魔法で成長したシアサスの花から蜜蜂達が集め熟成した蜜。濃厚な甘みとたっぷりの栄養を含み、極上のスイーツや化粧品の材料に!】
「私が光魔法で育てた花だから、他の花より特別な効果があるのかなぁ」
「それがお話に聞いた鑑定の虫眼鏡ですか、僕も鑑定魔法は使えるのですが、簡易な情報しか結果に出ないもので」
「パンに塗ったりお菓子の材料……あとは蜂蜜を混ぜて化粧水を作れるかな」
まずは出来た蜂蜜がどんな味か味見をしない事には始まらない。城へと戻ったミレイユは厨房から貰ったパンやクッキーを持って来て蜂蜜をかけて味見を始める。
柔らかいパンやふんわりとしたスポンジに蜂蜜が染み込んで、午後の紅茶によく合う。
「なんて甘いのかしら、」
「紅茶に入れても合いそうですね」
『ふみゅぅっ、これおいひいれすぅっ♪』
テーブルに並ぶ蜂蜜がかけられたパンやクッキーを義姉アシェラと共に蜂蜜を楽しむミレイユ。ユーリィも蜂蜜をパンの欠片に塗り着け頬張りパタパタと翅を動かす。
更に甘いだけではなく、少し食べただけでほんのりと体が温まり調子が良くなっていくような気がした。
やはり光魔法の影響が出ているのだろうか。これは化粧水を作っても効果が期待できそうだとミレイユは顔を綻ばせた。
「あの蜂達は年に二回くらいは蜜を取れる種類みたいだから、それなりに量も期待できるかな」
「でしたら、僕はあれを使った化粧品を是非製作してみたいと考えています。スキンクア草の化粧品は現状では貴重なので販売できませんし、何か売りに出せる物を作りたいです。お嬢様だけが動かせる予算を作る為にも」
「私だけの予算? そこまで必要なのかな」
「ええ、新しい物を作ったり研究するには資金が必要です。大公殿下達からも提供頂けるでしょうが、自由に使えるお嬢様だけの予算を増やしていくのも大事です」
「私だけの予算、か……」
ミレイユは蜂蜜の瓶をじっと見つめながら呟いた。確かに今までは養父や義兄たちに頼りきりで何か新しいことを始めたいと言えば快く資金を出してもらえていた。
しかし、ユリウスの言う通り自分だけの自由になる資金があれば、もっと気兼ねなく研究や試作に打ち込めるかもしれない。
「ここで取れた蜜は特別なようですし、高級品として大公家でブランド化したいところですね。まずはレグルス師に試作を依頼しましょうか」
いずれはミレイユのアイデアを実現し、それを普及させる為の商会を作るのも視野に入れたい。ユリウスの頭の中では既にそんな構想すら進んでいる。
面白くなってきましたねと眼鏡の位置を直す少年は、大公家の錬金術師に相談すると動き始めた。




