ミレイユの誕生日
帝都に存在するアーグラント大公家のタウンハウス、その一室でセルヴェン大公子はある人物の訪問を受けていた。
「本日は面会のお時間を頂き感謝いたします大公子殿下。私はオルフィア伯爵家の家令を務めますオットーと申します」
「手短に頼むよ。私も忙しい身でね」
「はっ、単刀直入に申し上げます。当家を、どうかお助け頂けないでしょうか。我が主は大公殿下、そして大公女殿下に無礼を働いた事を改めて謝罪したいと申しております」
「もう謝罪は必要ないと言った筈だが? 我が妹となったミレイユに関わらせたくないから、誓約魔法までかけさせたのだ」
「……それは重々承知しておりますが、このままでは我がオルフィア家は立ち行かなくなります」
大公女となったミレイユに無礼を働き暴力を振るった事を暴露されたオルフィア伯爵家は、現在貴族社会から孤立し困窮している。
誓約魔法を結ばされて伯爵家の家族は誰もがミレイユには近づけなくなっている。それゆえ伯爵は家令を使ってなんとかミレイユや大公家を懐柔し状況を打開しようと模索している。
それが無意味な事だと分かっていても、家令も主人の命令とあってはやらざるを得ない。もし仮に成功すれば主家は助かるかもしれない。一縷の望みも託し大公子との面会を希望したのだ。
「それは君達の責任だ。当家が何かした訳ではないよ」
「そ、そんな……大公子殿下……」
「私達は何もしていない、それを周囲の者達が勝手に遠巻きにしている。その結果苦しんでいようと知った事ではないね」
「っ……」
「私の妹となったミレイユを虐げてきた者達が、自分達がしでかした罪が返ってきた程度でこれ以上騒ぎ立てるな。君があの子に多少情けをかけていたというの知っているから、君には面会を許しただけだ」
冷淡な視線と声音。そこにはオルフィア家を救う気など一切無く、むしろ自分達が虐げてきたミレイユにした仕打ちを考えれば、自分達の不遇を嘆く筋合いなど無いと睨みつけられた家令は思わず身体を縮こませる。
もはやオルフィア伯爵家に残された道は惨めな没落しかないのだ。だがこれだけは譲れないとオットーは床に膝をつく。
「無理を承知でお願い致します。当家の破滅は受けいれるしかないものですが、どうか領民だけはお助け願い出来ないでしょうか、この通りでございます!」
土下座をする年配の家令の姿にセルヴェンは小さく息を吐く。オルフィア伯爵家が潰れるのは自業自得だが、確かに領民にまで責任は無い。
そしてこの家令については、ミレイユから他の者に隠れてたびたび食事を与えてくれたと聞いている。妹にとっては恩人でもあるこの老人にここまでさせて無下にする気も彼には無かった。
「分かった、領民の保護に関しては考えよう。ただしオルフィア伯爵家への援助は一切無いぞ」
「ああ、ありがとうございます……殿下の寛大なお心に見合うものになるかは分かりませんが、大公女殿下についてお伝えしたい事があります。あの方の誕生日について……」
バッと顔をあげて深く感謝するオットーの言葉に、セルヴェンはピクリと動きを止め視線を向ける。
妹ミレイユの誕生日、彼女は伯爵家の庶子と扱われ出生もひた隠しにされていた為、正確な日付は調べても分からなかった。それをこの男は知っているというのだ。
「殿下の母親であるメイドは私の紹介で入った者でして、彼女が伯爵家から追い出されてからも連絡を取り合っておりました。彼女から殿下の生まれた日については聞いております」
「それは貴重な情報だ。何せ母親の足取りを調べても殆ど分からなかったからな」
「でしょうね、立ち会った産婆も高齢の為亡くなっている筈です」
ミレイユの母親はオットーの古い友人の娘で、両親が亡くなり天涯孤独の身になったところを、彼の紹介でメイドとして屋敷に入った。
年の離れた娘のように可愛がっていた彼女が伯爵に手を出され妊娠し、それを知って激怒した伯爵夫人に追い出されてからもオットーは密かに彼女と連絡を取り合い、その過程でミレイユの誕生日を知っているのだ。
そうして語られたミレイユの誕生日は約一カ月後、その情報は彼女を溺愛する大公家の人々にとって非常に価値のある情報だった。
「まさか一カ月後だったとはな……社交界シーズンにも間に合う。寛大な心に見合うものと君は言ったが、非常に有益な情報だ。礼を言う」
「いいえ、私は立場上あの親子を守ってやる事が出来ませんでした。どうか殿下に穏やかで幸せな日々が訪れますよう願っております」
「……君さえ良ければ当家に来ないか? 君は信用できると私は感じた」
「大変ありがたいお言葉ですが、私は最後まで伯爵家にお仕えするつもりです。曽祖父の代からお世話になっておりますので」
「そうか……もし職を解かれたりした時は、遠慮なく来てくれ。いつでも歓迎しよう」
来月には彼女は八歳の誕生日を迎える。そう語るオットーに対しその情報提供を労うと共に、大公家で働かないかと告げるが家令はそれを固辞する。
オットーはそれ以上何も言わず、今日はありがとうございましたと深々と一礼して退室していく。きっとこれからも家令として働くのだろう。
調査をしていてあの男は有能だと分かっている。大公家に来てくれればと思うが、主家に尽くそうとする矜持も素晴らしいとセルヴェンは感心していた。
「この事を知れば父上や母上も喜ぶだろう。可愛い娘の誕生日を祝ってやれるのだから」
オットーとの面会を決めた自分を褒めてやりたい気分だ。いくら調べても分からぬ娘の誕生日に大公夫妻は落胆し、大公家へ迎え入れた日を誕生日にしてしまうかと検討する程だったのだ。
そんな溺愛している娘の誕生日が知れたのだ、両親は必ず盛大なパーティーを開くと張り切るだろう。自分も妻アシェラと共に素敵なプレゼントを用意してやらねばと笑みを浮かべるセルヴェン。
彼からの報告を聞いた大公夫妻と妻アシェラは大いに喜び、一か月後にこのタウンハウスで盛大なパーティーを開く事、そしてミレイユを驚かせる為に、密かに準備を進める事を彼らは決定した。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
家令オットーだけはミレイユの味方でしたが、主人達の手前、他の使用人に隠れて助けてやる事しか出来ず、歯がゆい思いをしていた人物です。




