没落していく伯爵家
「だ、旦那様……グレイン伯爵家から取引は今期を最後に打ち切るとの連絡が……」
「ヴォルク侯爵家からも今後取引を行うつもりは無いとの連絡が来ました」
「くそっ、何故だっ、何故こんな事になった!」
家令や文官達からの報告はどれも他家からの取引打ち切りの連絡だ。これでは早晩我が家は干上がってしまうとオルフィア伯爵は頭を抱える。
全ての始まりは大公の誕生日を祝うパーティーからだ。あの場で大公家の養女としてお披露目されたのは、かつて伯爵がメイドに産ませた庶子ミレイユだった。
魔法の才など欠片にも無いと判断し、使用人として奴隷のように扱い虐げてきたあの娘には、希少な光魔法の才があったのだ。
大公女としてお披露目される、あの出来損ないと詰ってきた娘の姿に呆然としていた伯爵に追い打ちをかけるように、近寄って来た大公派閥に属する辺境伯。
多くの招待客が集まる前で、伯爵の娘と息子がたった今お披露目されている大公女へ暴言を吐き暴力を振るい、それを知った大公によって拘束されていると暴露されてしまった。
あの瞬間から今の状況に陥る事が決まってしまった。大公家に立てつくような真似をしたのだ。
オルフィア伯爵家は貴族社会からは孤立し、取引は次々と打ち切られてしまう。
夜会などへの招待も来なくなり、妻も茶会にも誘われず、自分で開きなんとか人を集めようとしても全て断られてしまっている。
「貴方っ、なんとか大公殿下にお詫びして、この状況をなんとかして頂きましょう! 私も娘達も何処へ行っても笑い者にされ我慢なりませんわ!」
「それが出来れば苦労しない! 大公殿下はこれ以上の謝罪も賠償も必要ない、当家と娘に関わるなと突っぱねられているのだ!」
ハーヴェント大公に再度謝罪して貴族社会への取り成しを頼む、それは妻に言われなくてもやっているが、大公家はこれ以上の謝罪も接触も無用だと門前払いを受けている。
あのパーティーの場では貴族裁判を開いて当家を潰す選択肢をチラつかせていたが、貴族裁判を開かずとも彼らはオルフィア伯爵家を潰す気だったのだ。
社交界からは孤立し取引は打ち切られる。長男であるノヴァも近衛師団で孤立し冷遇されているという事だ。もはや打てる手は無い。
「あの娘に手紙は出したのでしょう? 何故返事を寄越さないのですか!?」
自分達は大公家に結ばされた誓約魔法のせいでミレイユ本人とは接触できない。
ならばとミレイユへ何度も手紙を出させた。自分達伯爵家の人間に奴隷のように服従していたあれの性格なら何かしら返事を寄越すと思っていたが、それすらないという事は、手紙は渡される前に大公家に握り潰されている可能性が高い。
「あれの才能に気付いていれば、我が家には莫大な富と繁栄が約束されただろうに……くそっ、くそぉぉっ!」
震える拳を叩きつける伯爵。光魔法の使い手はここ十年程新しい使い手が生まれた事が無い程希少な属性だ。それは神殿が認める程の才らしく、伯爵家にもあの娘を神殿に引き入れる為に協力せよと要請が来た。
彼らは引き入れるのに成功すれば莫大な報酬をと提案してきたが、伯爵達が誓約魔法を施されミレイユと接触できない事を知ると、使えない連中めと侮蔑の視線を送りあっさりと手を引いてしまった。
こちらから協力を申し出ても反応はなく、自分達は仲間に引き入れる価値すらないと断じられたのだ。
だが神殿もミレイユを引き入れるのには失敗したらしい、屋敷の人間から彼女が洗礼の儀を受けていないという情報を得た神殿は、ミレイユに洗礼の儀を受けさせ聖痕が出れば聖女と祭り上げる気だったが、あの娘には聖痕は現れなかったそうだ。
「くそっ、あの娘を取り戻せれれば……誓約魔法など受けるのではなかった!」
あの時はそれしか選択肢が無かったとはいえ、誓約魔法を施されてしまったせいで、自分達はミレイユに接触する事すら難しい、無理に近づけば凄まじい苦痛に襲われるのだ。
「引き続きお前はミレイユに、この状況を打開する為大公殿下に取り成して欲しい旨を手紙で送れ。それとこの屋敷で少しでもあれと親しい者が居たらそいつを使って……」
「お言葉ですが、そのような者は居りませぬよ。強いて言えば私が多少食事を皆に隠れて与えたりした程度で、この屋敷の者達は皆ミレイユ……大公女殿下を冷遇し奴隷のように扱っておりました」
大公女となったミレイユはオルフィア家では虐げられていた。体中に痣を作り使用人達からも蔑まれ、それでも彼女はこの家の者達に尽くしていたというのに皆で冷遇した。
彼女の母親であるメイドを可愛がっていた事もあって、家令は皆に隠れて食事を渡してやったりした事もあったが、主人の手前堂々と庇う事など出来ず、自分も同罪だと思っている。
屋敷の誰も彼女に親身な者などいない。散々虐めてきた自分達が今になって彼女を頼ろうとしている。そんな行為が許される筈がないのだと家令は首を左右に振る。
「何とかあの娘を呼び戻す方法を探せ! 呼び戻せばこの窮状も解決可能だ! 家族なのだから支え合うのは当然だろう!?」
「旦那様……」
「行け!」
家令は深いため息を吐きながら執務室を後にする。外では文官達が困り果てた様子でこちらを見ていた。家令は首を横に振るしかなかった。
伯爵家が干上がるのは時間の問題だった。各所から見放され領地経営にも支障が出始めていた。せめて領民だけでも守る手立てはないかと頭を悩ませながら歩き出す。
「……」
帝国貴族の子女が通う魔法学園、その広い敷地を歩くオルフィア伯爵家の長女エリザは、周囲から向けられる視線に無言で俯く。
大公家のお披露目パーティーの一件以来、自分の学園での立場は一転してしまった。それまでは火魔法の大家出身ともてはやされていたのに、今では彼女に近付かないばかりか彼女に対して好き放題陰口を叩いていた。伯爵家はハーヴェント大公の怒りを買ったと広く伝聞されているのだ。
だがそれでも多少は交友のある友人がいる。数少ない味方である彼女達の元へと向かうエリザだったが、そこで待っていたのは申し訳なさそうな表情を浮かべた友人達だった。
「エリザ……今後は私達に話しかけないで欲しいの」
「なっ……ど、どうして……?」
「弟や妹達が昨日フィルンハルト皇孫殿下のお茶会に招待されたのだけど、貴方や妹さんや弟さん、殿下のお気に入りのミレイユ大公女殿下に対して無礼な振舞をしたそうね」
「私も妹から聞いたわ。殿下はたいそう怒ってらして、あんな無礼な者達とは皆付き合わない方がいいよと仰ったそうだわ」
自分の妹と弟である双子、彼女達があの出来損ないに直接暴力を振るい、エリザも暴言を吐いた事が皇孫殿下によって大々的に子供達の間にも広められてしまった。
友人達はオルフィア伯爵家と違う派閥の貴族で、大公家との関係は良好な家が多かった。例え友人といえど家に迷惑がかかると思えば離れるしかない。
「私達の両親もこう言っていたわ。オルフィア伯爵家とは関わるなって」
「そ、そんな……」
「ごめんなさい、私達ではどうにもならないの」
去っていく友人達を見送りながらエリザはその場に座り込みたくなるのを堪えて俯いていた。周囲からは当然のように聞こえてくる陰口の中に、自分達がしてきた事を非難する声を聞き、エリザはただ唇を噛むしかなかった。
「全部……全部アイツが悪いのよっ、あの出来損ないが……」
(私達の幸せな生活をぶち壊したあの出来損ない、殺してやりたい!)
全てあの出来損ないのせいだ。平民の血の混じったあの薄汚い小娘が大公女? 皆頭がおかしくなっているんだ。
アイツのせいで全てがおかしくなった。あの小娘をこの手で嬲り顔を焼いてやりたい衝動に駆られるが、忌々しい禁則魔法のせいで近づく事もままならない。
この胸の内に溜まる怒りと憎しみをぶつける事すら出来ない状況に、ギリリと奥歯を噛みしめるエリザ。その表情は憎悪に染まり、赤い瞳には狂気に彩られていた。




