精霊の祝福
フィルンハルト皇子の開いた茶会に参加したミレイユだったが、その最中に共に来ていた精霊ユーリィの姿を、宮廷魔術師団長の子息であるレイシェルに見つかってしまう。
突然現れた小さく可愛らしいユーリィの姿に沸き立つ友人達に収拾を付けるべく、ミレイユは自己紹介を提案する。
「エーデヴァルト公爵令嬢、リーゼロッテでございますわ。リーゼとお呼びくださいませ」
「シュトラール侯爵家のラーナフェルトですっ、ラーナとお呼びください」
「わ、私はベーレント子爵のルミアと申します」
『リーゼちゃん、ラーナちゃん、ルミアちゃん、覚えましたですっ。光の精霊ユーリィです、よろしくお願いしますねっ』
ユーリィが一人一人に微笑みながら挨拶をする。その可愛らしい仕草にリーゼロッテとルミアは黄色い声を上げ、ラーナフェルトに至っては口元を引き締めて小さく唸るような声を漏らし必死に衝動を抑えていた。ミレイユはこんな調子で大丈夫かしらと苦笑する。
「フィルンハルト・アークトゥルス、この国の皇子だよ。精霊に出会えた幸運に感謝を」
「アルバード・クライストです。どうかお見知り置きを」
「僕ももう一度ご挨拶させて下さい! レイシェル・ハーレンツです、精霊様にお会いできてとても嬉しいです!」
フィルンハルトは自身の地位を名乗った後、精霊との遭遇を神に感謝する。アルクトも丁寧に礼を尽くして挨拶をするのに対し、レイシェルは熱っぽい視線をユーリィに向けたまま、再び挨拶をした。
「フィル殿下に、アルバート君に、レイシェル君ですねっ、よろしくお願いしますです」
「ああっ、精霊様に名前を呼んでもらえるなんて感激ですっ!」
「落ち着けレイ、ミレイユ様がちょっと引いてるぞ」
「あ、あははは……私の魔法の先生の学者さんも同じようなテンションだったなぁと思いまして」
興奮を隠せないレイシェルを見て、彼を窘めるアルクト。そんな彼の様子に、ユーリィは少し苦笑いを浮かべる。
大公城で魔法の指導をしてくれたミンディアも精霊の話となるとかなり興奮していた。精霊王リモーネにも会った事はここでは伏せておこう。
「だってアル。精霊様が姿を見せたなんて記述、どの本を読んでもここ百年は無いんだよ? これが興奮するななんて無理な話だよ」
「そうなんだ……大公城だと普通に姿見せて飛んでて、使用人達からお菓子貰ったりしてたから、ありふれた存在なのかと……」
精霊は基本姿を見せる事はない、そう語るレイシェルだったが、ユーリィは慣れてきてからは大公城内では普通に一人で飛んで遊びに行き、花の蜜を舐めたりお菓子を貰っていたのだ。
それを聞いて、僕も大公城に住んでみたいなどと言い出したレイシェルを、だから落ち着けとアルバートが頭を叩き、そのやり取りに皆は笑う。
自己紹介が終わり、ユーリィも交えてお茶会が再開される。
『はむっ、はむっ……柔らかパンおいひぃれすぅ♪』
「凄いな……あの小さな身体に食べる量が見合わない……」
「そんな事どうでもいいじゃありませんかアル。ああ、なんて可愛らしいのかしら」
分けてもらったパンの端をパクパクと食べ、ふにゃりと幸せそうに顔を綻ばせるユーリィ。
その小さな身体に見合わぬ健啖ぶりに思わず声を漏らすアルバート。リーゼロッテはその愛らしい姿を見て頬を赤く染める。
そしてラーナフェルトは自分の近くにちょこんと座り、差し出したパンの端を受け取る小さな精霊を前に、ミレイユが見た事が無い程幸せそうな表情を浮かべているのだ。
「ふぁぁ……可愛い、可愛い……ユーリィ様、これもどうですか?」
「もう、ラーナったらすっかりユーリィ様の虜ですわね」
可愛い物が大好きなラーナフェルトは、初めて見る小さな精霊にすっかり心奪われてしまい、次々と餌付けのごとく食べ物を渡していく。ユーリィも満更では無いらしく、渡されるままに食べ続けていた。
『リーゼちゃん、ラーナちゃん、様なんて付けなくていいですよぉ、ユーリィって呼んでくださいですっ』
「んんんっ!」
「ぐはっ……か、可愛すぎる……!」
畏まらくていいですっ、と告げるユーリィにリーゼロッテは思わず口元を手で押さえ、ラーナフェルトは胸を押さえて苦しむような仕草をする。彼女達のリアクションにミレイユは苦笑いだ。二人の仕草に首を傾げつつも、ユーリィは手にしたクッキーの欠片を頬張りニコニコと笑っている。
『ミレイユちゃんのお友達なら、私のお友達にもなって欲しいのですっ』
「精霊様とお友達にっ!? 是非なりたいですっ!」
「立ち上がるな、座れ……まったく、今日の君はどうかしてるぞレイ」
「だ、だってアル。精霊様とお会い出来ただけでなく、友達になっていただけるんだよ!?」
「だから落ち着け、いくら私的な会とはいえフィルに加えて大公女殿下も居られる席だぞ」
友達になって欲しい、その言葉に真っ先に反応して立ち上がったレイシェルを、隣に座るアルバートが引き戻す。
今日の彼は普段の人となりからは考えられないほど浮ついていた。それほど精霊との邂逅が彼にとっては特別な事なのだ。
友人の新しい面が見れたなとフィルンハルトは苦笑しつつ彼らのやり取りを眺めている。
「わ、私達がお友達に? こ、光栄ですっ」
「是非なりたいですわ、ユーリィさん」
「ね、願ってもない事ですっ、よ、よろしくお願いしますっ」
自分達が友達に? と驚くルミア、リーゼロッテ、ラーナフェルトだったが、嬉しそうに友達になって欲しいと頷く。精霊と友達になる日が来るなんてと三人の胸には喜びが湧き上がっていた。
「ふふ、僕も友人に加えて貰えるかな?」
『勿論ですっ! えへへっ、人のお友達が増えて嬉しいですっ』
僕も混ぜて貰えるかなと尋ねるフィルンハルトに笑顔で応えたユーリィは、嬉しくて堪らないと言った様子でふわりと浮かび上がり、皆が見上げる中、円を描くようにクルクルと飛ぶ。
宙を舞う彼女から発されるキラキラとした光ゆっくりと振ってきて、その幻想的な光景に皆目を奪われている。
それはまるで極小の天使が祝福を降らしているかの様だ。突然の事で驚いたミレイユは止めようと考えたが、ユーリィが楽しそうなのでしばらく見守る事にした。
「うわぁ……なんて綺麗なんでしょう」
「素敵ですわ……」
「精霊……これほどまでに神秘的で美しい存在だったとは」
ルミアとリーゼロッテがうっとりと輝きに見惚れ、アルバートも目を細めて小さく呟く。その光景に見入っていたフィルンハルトはある事に気付いた。降り注ぐ光が当たり自分達もその幻想的な光に包まれている事に。
『友達になってくれた皆に、幸運が訪れるようにおまじないをしたですっ』
「な、なななな……お、おまじない……? まさかさっきのは、せ、精霊の祝福っ!?」
『はいですっ、皆が危ない目にあったりしないようお祈りしたのですっ』
「そんな本でしか見た事のない様な物を受けれるなんて……今日は驚いてばかりだよ。でも新しい友人からの贈り物だ。みんなありがたく受け取ろう」
キラキラと煌めく光の中で、空中にふわりと浮かんだまま笑顔で言ったユーリィに、レイシェルは更に驚愕の声を上げる。
彼の言うように先ほどの光は精霊の祝福、ユーリィ曰くのおまじないで、祝福を受けた者には幸運が訪れ、危険から守って貰えると言い伝えられているのだ。
そんなものをいきなり自分達が受けてしまうなんてと驚きを隠せないフィルンハルトだったが、精霊の気まぐれと言うべきか、そんな物を自分達が受けられる機会は今後訪れるかどうか分からない。ならばありがたく受け取るべきかと考え、その場に居合わせた全員が祝福の恩恵を受ける事になった。
「ユ、ユーリィ、こ、これからはそれ簡単にやっちゃダメだからね」
『はぁい……ごめんなさいです……』
茶会が終わった後、ユーリィはミレイユからお説教を受けている。ここ百年殆ど姿も確認されていない精霊の祝福だ。この事が知れれば大変な事になる。
居合わせた主従達にも禁制魔法を使ってまで口止めをし、この事は自分達だけの秘密だと告げるフィルンハルトに頷く面々。
「まったく……今日は驚きの連続だったね。あれが、君の入れ込む大公女殿下か、確かに規格外だな」
母親たちの元へと戻るミレイユ達四人が歩いて行くのを見送るフィルンハルトの側に立つアルバート。レイシェルは精霊について調べたいと言って皇宮内の図書館に駆けていったばかりだ。
希少な光魔法の才に、新しい物を次々と生み出す発想力、そして精霊との友誼。あれほど面白い女性に出会ったのは初めてかもしれないと彼は笑う。
「僕の場合は、それだけじゃないんだけどね……彼女の心の声、聞こえないんだ」
「なっ!? せ、接触してもかい?」
「ああ、何度か手を握ってみたけど、心の声は聞こえなかった。一切何も聞こえないなんて人は、初めてなんだ」
フィルンハルトは他人の心を読み取る事が出来る。普段はその力をコントロールして読まないように努めているが、自分に向けられる悪意や邪な感情は自分の意思に関係なく聞こえてしまう。
幼い頃からそんな能力を抱え込んできた彼は、自分に向けられる悪意などに影響を受け、負の感情を溜め込みやすいという事は、幼少期から友人関係にあるアルバートとレイシェル、そしてもう一人の友人は知っている。
己の能力に苦しむ彼だからこそ、一切心を読み取る事が出来ない大公女は特別な存在なのだ。
「それと、無意識に力を使ってるのかな、あの子の手を握ってると、心に溜まっていた暗い感情が消えるのが分かるんだ。心に陽の光が射したようで暖かい気持ちになるのさ」
「……なるほど、それは応援しないとね。未来の主人になる君の隣に立つ女性として、彼女は申し分ない。ただレイも、かなり入れ込んでいる様子だしこれは前途多難かもしれないぞ」
他者の心身を癒す力を持つ彼女と接してると調子が良いんだと笑うフィルンハルトに、彼女との関係を応援するよと口にするアルバート。皇室と大公家との関係を深める為にも、彼女が未来の皇太子妃になるのは良案だ。
しかしレイシェルも彼と同じくミレイユに興味を持っているらしく、特に精霊を通して彼女への興味が増したようだ。彼はフィルンハルトの友人であるが故に本気で競う事は無いとは思いながらも、火が付く可能性も拭いきれないと苦笑した。
「ははは、その時は戦争だね。僕の恋路の邪魔をするならいくらレイでも容赦しない」
「おお、怖い怖い。友人同士で過激な事は止めて欲しいな」
「冗談だよ……まぁ半分くらいは本気だけど」
遠目に見えるミレイユ達を見つめながら言葉を交わすフィルンハルトとアルバート。距離が離れ小さくなった大公女の背に熱の籠った視線を向ける友人に対し、こりゃ相当重症だなとアルバートは苦笑するのだった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
ゲーム本編でもフィルンハルトは己の能力に苦しんでいましたが、心優しく裏表のない性格のヒロインに癒され、彼女と絆を深めていく設定です。




