洗礼の儀③ 聖女エーファニア
類まれなる癒しの力と光魔法の才を持つ大公女ミレイユ。彼女を囲い込もうとする神殿は、伯爵家で虐げられていた生活の中で洗礼の儀を受けていない事を突きとめ、それを利用して彼女を聖女として祭り上げようと画策した。
しかしその企みを察知した精霊ユーリィと、知らせを受け来た光の精霊王リモーネによって、その邪な企みは打ち砕かれたのだった。
「なんだと……神殿が偽りの聖痕を刻もうとしていた?」
「はい、ユーリィが気付いて、それを止めてくれたから、私には何も起こらなかったんです」
「あの権力の亡者どもめ、そこまで堕ちていたか……聖職者の名が聞いて呆れるわ」
神殿からの帰りの馬車の中で、あの大聖堂の中で起こった出来事をミレイユから聞かされた大公夫妻と大公子妃夫妻。
娘に偽りの聖痕を植え付けようとした神殿に対し憤りを隠さないハーヴェント大公は拳を震わせ、ギリと奥歯を噛みしめた。
「ああ、また貴方が助けてくれたのね。本当にありがとうユーリィ」
「貴方が居なければどうなっていた事か……感謝するわ」
『そ、そんな風に褒められると、て、照れちゃいます』
それぞれミレイユの隣の席に座る大公妃メルヴィアと大公子妃アシェラ、二人はミレイユの膝の上に座っている小さな精霊ユーリィへと深く感謝する。
彼女達の賞賛と感謝の言葉にユーリィは照れたように顔を赤くするが、同時に解決してくれたのは上司である精霊王リモーネ様ですと心中で謝罪するのだった。
この件に関して精霊王リモーネが介入した事が知れれば、厄介な事になるかもしれないと判断したミレイユが、口裏を合わせてユーリィが解決した事にしたのだ。
「しかし、偽りの聖痕とはな……なりふり構わぬ手を使ってきたな」
「そうですね……ですがその策も失敗に終わりました。彼らが正当性を主張するのは難しいでしょう。ミレイユを守れる事が出来て良かった」
偽りの聖痕を刻む、まさかここまでなりふり構わぬ手を使って来るとは思わなかったと溜息を漏らす大公。どうりで騎士団を神殿内に入れさせたり、自分達一家全員を臨席させるなどの条件をあっさりと吞むわけだ。たとえミレイユに聖痕が出なくても、偽の聖痕を刻んで聖女として祭り上げ、その場で自分達から娘を奪うつもりだったのだ。証拠が掴めていたら全員あの場で吊るし上げているところだ。帝国でも最強クラスの魔法使いである大公親子が本気になれば、あの場を制圧する事など容易い。
しかしその企みはユーリィによって失敗に終わった。また何か仕掛けてくる可能性はあるが、まずはミレイユを守れた事を喜びましょうとセルヴェン大公子は父に笑いかける。
帝都のタウンハウスへと戻って来た大公一家を出迎えたのは、大公親子の補佐官達や侍女、その他にも多くのメイドや使用人達が主人達の帰りを不安げな表情で待っていた。
「大公殿下、お帰りなさいませ。洗礼の儀は如何でしたか?」
「ああ、出迎えご苦労ゲリオス。詳細は後で話すが、ミレイユは無事戻ってきている」
「ああ、良かった。心配しておりましたよ」
馬車から降りてきた大公を、首席補佐官であるゲリオスと、大公子の補佐官であるハインツが皆を代表して出迎える。
不安げな表情を浮かべていた人々は、無事戻ってきているという大公の言葉と、セルヴェンの手を借りて馬車から降りる大公女の姿に皆わっと歓声をあげた。誰もが皆、大公女ミレイユが無事に戻ってくる事を心待ちにしていたのだ。
「ただいまみんな、心配してくれてありがとう」
「お、お嬢様っ、ご無事で何よりですっ」
「お嬢様ー、よ、良かったですぅぅっ」
「ただいまマーサ、リンディ、私は大丈夫だからもう泣かないで」
使用人達へ心配してくれてありがとうと微笑みかけるミレイユ。彼女付きのメイドであるマーサが彼女に抱き着き涙を零し、その側では孫娘であるリンディもポロポロと涙を零しながらミレイユの無事を喜んでいる。
その夜大公一家はミレイユが無事洗礼を終え、神と精霊の祝福を授かった事を祝って近しい者だけを集めた小さな宴を開く。参加したのは補佐官を筆頭に高位の武官や文官、侍女や側役のメイド達だ。
「ミレイユにもそろそろ護衛騎士を何人か付けるべきだな」
「そうですね、神殿もあの子を狙っているというのが分かったのですから……騎士団長、人選を進めてくれ」
「承知しました若様、大公女殿下をお守りするに相応しい騎士を集めます」
パーティーの最中に補佐官や騎士団長を集め今後の対応を検討する大公。その視線の先には、可愛らしいドレスを着て微笑んでいる愛娘の姿がある。
今回は失敗に終わったが、次はどんな手を打ってくるか分からない現状、守りを固めよと告げる大公子に、精鋭の騎士を集めますと団長は一礼した。
『おいひぃ、これおいひぃれすっ』
「慌てて食べなくても沢山あるわよ」
「好きなだけお食べなさいな」
ユーリィは小さな手でパンの切れ端を抱えパクパクと食べ幸せそうに顔を綻ばせる。その小さな身体の何処に入るのかという勢いで食べる彼女を、メルヴィアとアシェラが微笑ましそうに見つめている。
元より彼女を可愛がっている二人だが、神殿の策略を破った手柄を褒め称え、彼女を労いながら大好きな甘い物を与えていた。
「もう、ユーリィったらあんなにはしゃいで沢山食べて……お腹壊したりしないのかなぁ」
何処にあんなに入るんだろうホント、と苦笑しながら母や姉、メイド達に囲まれ甘い物を食べている精霊を見つめるミレイユ。
彼女と精霊王リモーネのお陰で助かった。これでもう大丈夫だよねと彼女は手にしたグラスを見つめながら声を漏らす。
ミレイユ達がパーティを楽しんでいる頃、神殿では司教達が集まり会議を開いている。集まった面々の表情は険しく、中でも大司教のそれは怒りに歪んでいた。
「どういう事だ! 何故大公女に聖痕が刻まれなかったのだ!?」
「か、確認をしたところ術式と触媒が何者かに破壊されていました……直前に確認した際は問題無かったので、儀式の最中に破壊されたかと」
「あの短時間に隠蔽と防御の陣を張った上で隠していた術式と触媒をだと……? 人間業ではないぞそんなもの」
大司教は洗礼の儀でミレイユに聖痕が現れなくても、偽りの聖痕を刻み彼女を聖女として祭り上げ、大公家から引き離し自分達の支配下に置くつもりだった。
だがしかしその要である術式と触媒が何者かに破壊され計画は失敗、ミレイユには元々聖女の資格を有しておらず聖痕は現れなかった為、儀式が終わると大公親子は勝ち誇ったかのように笑みを浮かべ引き上げていった。彼らの態度に大司教は怒りのあまり司教達に怒鳴り散らしていた。
儀式の最中に誰にも気付かれずに、複数の術式を破壊してみせる、そんな事を人間が出来る筈がないと頭を抱える司教の一人。
彼らは知らない。自分達が信仰を捧げる、神にも等しき存在である精霊王がこの件に介入している事など……。
「ぐ……大公家は我らの思惑に気付いていたのか! 舐めおって!」
怒り狂う大司教、自分達の目論見に気付かれていたと思うと腸が煮えくり返るのだが、大公家が何か仕掛けてきた証拠もない。むしろ探られればこちらの方が分が悪い為何も出来ないのだ。
だが諦める訳にはいかない。聖痕こそ現れなかったものの、大公女が受けた祝福の光は普通では有り得ない程の神々しい輝きを帯びていたのだ。
あれ程の光の祝福を受け、奇跡にも等しき力を行使する少女、彼女を手に入れれば神殿の勢力は皇室すら上回る事だって夢ではないだろう。
「なんとか次の手を考えねば……そうだ、神殿寄りの貴族の令息を近づかせて大公女の許嫁にすれば、彼女をこちら側に引き込めるやもしれん」
「既に大公女の婚約者候補には皇孫フィルンハルト殿下を推す者も居ますし、皇帝陛下もそれに乗り気だとか……殿下と並べられるような令息が居ますか?」
「下手をすれば皇室まで敵に回しかねません、危険すぎます」
「ならばどうしろというのだ!? 彼女を諦めるなどという選択肢は無いぞ!」
(あーあ、アホらし……爺どもはいつも金金権力権力と喧しい。その内バチ当たるよアンタら)
なんとかして大公女を聖女として迎え入れるのだ。大司教の剣幕に司教達はなんとか打つ手を考えようと頭を捻るが、容易い方法が見つかるはずもなく会議は長引いていく。
その様を末席で横目で見つめる二十代半ばの女性、聖女エーファニアは馬鹿馬鹿しいと心中で毒づく。この金と権力の亡者達はいつもこうだ。自分達を欲望を満たす為なら手段を選ばない。その内罰が下るよと心中で呟いた彼女は、席を立って歩いて行く。
「聖女様、どちらへ?」
「神託の間に行くわ。何か御告げが来そうだから……アタシが居なくても別に問題無いでしょう?」
「は、はい、行ってらっしゃいませ……」
急に席を立った自分に声をかけてきた神官に視線を向ける聖女、その金色の瞳の目元には、化粧で隠そうと努力した後はあるが、大きな隈がある。
気だるげな様子で神官に退出の旨を伝えると、エーファニアは大司教達に目もくれずに立ち去った。
「あの側に居た子は精霊だったのは間違いない……それにあの光、あの子の潜在魔力ってアタシより段違いに高いだろうなぁ、あれで聖痕が無いなんてね。でもまぁ、無い方がいいよ。アタシみたいに家族が狂って破滅する事も、神殿に縛られ続ける事も無いんだからさ」
神託の間で呟きを漏らす聖女。人払いをしているので今この場に居るのは彼女一人だけだ。ミレイユの側を飛んでいた小さな精霊の存在、儀式の時に降り注いだ祝福の光。
幼い大公女は当代聖女である自分よりも神と精霊に愛され、高い光魔法の才を秘めている。完全に覚醒すれば歴代屈指のものになるだろう。
聖痕が無くて良かったねと、一人呟く彼女の表情には悲しみが伺える。
五歳の時に受けた洗礼の儀、しがない地方の子爵家の末娘であったエーファニアの運命はその日を境に変わってしまった。
純朴で優しかった両親は、自分の娘に聖痕が現れた事に狂喜し、自分を差し出す代わりに神殿から多額の報酬を受け取った。
娘が聖女として囲われ、神殿から出る事すら許されず辛い修行の日々に入っている頃、両親は自分を売り渡した莫大な金で、帝都に豪邸を立てて豪遊の限りを尽くした。
優しかった兄や姉達も多額の金に目が眩み、両親と共に金を湯水のように使い、その結果彼らは受け取った莫大な金を一年も経たない内に使い果たした。
一度覚えてしまった贅沢を止められなくなった彼らだが、金を無心しようにも聖女になったエーファニアとは接触を禁じられている為出来ない上に、神殿にこれ以上金を要求する事も出来ない。
どうしても贅沢を諦められなかった彼らは領地の民に重税を課し、更には国から受けた事業の金を横領して贅沢を始め、結果として横領が発覚し、重税を課していた事もバレて爵位を剥奪され、平民に落された彼らは自分達が苦しめてきた領民に殺されたらしい。
聖女として修業の日々を続けていたエーファニアにはその事は知らされず、彼女がその事を知ったのは何年も後、聖女としてのお披露目を終えてからだった。
一時の金の為に狂い堕ちた家族は死に絶えた。もしも聖痕なんて自分に現れなければ、自分も家族も普通に幸せに暮らしていたのだろうかと時々考える。
ミレイユに聖痕が無かった事を、心の底から良かったと思う自分は聖女失格かもしれないなと彼女は苦笑し、膝をついて神託を受ける為に祈りを捧げ始めた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
聖女エーファニアはゲームでは三十代になっており、力が衰え始めている中、新しい聖女候補になったヒロインのお師匠様枠になるキャラです。
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