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洗礼の儀① 渦巻く欲望と陰謀

 「ミレイユ・アーグランド……ハーヴェント大公が養女に迎えたという少女か、その娘がどうかしたのか?」

 「はい、その太公女なのですが、先頃大公邸で開かれた茶会の際に、発作を起こして倒れたエーデヴァルト前公爵夫人の命を救ったそうです。彼女は光魔法を行使して前公爵夫人の発作を静めたと」

 「光魔法だと? ふふん、大公め。囲い込むために養女にしたのか」

 「恐らくはそうでしょう。ヴェンデル侯爵が殺害を目論んだアシェラ大公子妃を救ったのも彼女で間違いないかと」


 帝都にある中央神殿の一室、そこに集まる司教達は、しばらく前にアーグランド大公家でお披露目された大公女、ミレイユについて言葉を交わしている。

 数日前に開かれた大公邸でのお茶会、そこで心臓の病を患っているエーデヴァルト前公爵夫人が発作を起こして倒れたのだが、大公女ミレイユが魔法を行使して発作を静めたと神殿に近しい貴族から情報が寄せられたのだ。彼女の使った魔法の属性は光、ここ十年近く新たな使い手が確認されていない希少属性だ。

 

 「そこで公爵家にも人を送り調査したところ、驚くべき事が判明しました。大公女に救われた前公爵夫人ですが、病状が劇的に改善しているとの事です」

 「どういう事だ? 前公爵夫人の病はある程度落ち着いてはいたが、根本的には改善していない筈では?」

 「ええ、これは私の私見ですがミレイユ大公女の光魔法は、病すらも癒す程の力を秘めているのではと」

 「病を癒せる……俄かには信じ難いぞ」

 

 光魔法の使い手、それも病すら癒すほどの力を持つとなれば、中央神殿として看過できる話ではないが、本当にそんな力があるのかと司教の一人が首を傾げる。


 「確かに信じ難い内容ではあると思います。ですが事実として大公女の光魔法を施された前公爵夫人の病状は医者も驚く程回復し安定しているとの事です。またアシェラ大公妃も一時はもう目覚めないとまで言われた病状から、数か月で社交界に復帰し公務をこなせる程まで回復しています」


 神官達のざわめきが続く中、アーグランド大公家に迎えられた少女ミレイユに関する報告が続いている。

 大公子妃アシェラの病については大公家が協力を要請した際に、神殿は多額の寄付を要求したにも関わらず、派遣した聖職者はさしたる成果も上げられず恥をかく出来事があった。そんなアシェラ大公妃が公務に復帰した。それが意味するのは同じ光魔法の使い手でも、長年神殿で修業した聖職者よりも、大公女の使うそれの方が上だというのだ。


 「なるほど。アシェラ大公妃は病に見せかけ毒殺されかけていた以前に、初子の死と貴族達からの誹謗中傷で心身を病んでいた筈だ。それが短期間でそこまで回復したとなれば、大公女の光魔法による治癒が関与していると見るのが自然か」

 「ええ、前公爵夫人の主治医からも『この症状の改善にはもはや奇跡としか言いようがない』との証言を得ております。そして更に調査を進めたところ、大公女は皇帝陛下への御目通りを終えてから定期的に登城しているようです。恐らくは病に倒れられた皇后陛下の治療にも関わっているのでしょう」


 病に倒れ公務から離れている帝国皇后セフィリア、彼女の件にまで大公女が関わっていると聞いて司教達は、病すら癒すという光魔法の力が本物ではないかと思い始める。

 そして同時にこうも考えた。大公女を次代の聖女として祭り上げ神殿で囲い込めば、どれ程の利益をもたらすのだろうかと、奇跡の御業を見せれば、民達は皇室ではなく自分達を支持する筈だ。

 

 それは神殿勢力の更なる拡大と莫大な富を生み出す。そして何より、大公女ミレイユ自身が持つ力を自らの影響下に置きたいと言う欲求が司教達の中に芽生えていく。病すら癒す奇跡を起こす聖女の後見人、その地位を得れれば教皇すら夢ではない筈だ。


 「しかし大公がそう簡単に手放しますかな? 噂では夫婦そろって、目に入れても痛くないという程溺愛しているとか」


 ハーヴェント・アーグランド大公は現皇帝の実弟であり、圧倒的な魔力と強大な軍事力を有する東部の盟主だ。下手に手を出せば神殿でもただでは済まない。

 ただでさえアシェラ大公子妃の治療の際に相手の足元を見た傲慢な態度を取った為、神殿と大公家の仲は険悪と言っていいレベルだ。


 「やりようはあります。実は彼女はオルフィア伯爵家の出身なのですが、伯爵が平民のメイドに産ませた庶子だそうです。当初は彼らを使って接触を考えましたが、誓約魔法が施されていて使い物になりません。ですが家中の者から確認したところ、洗礼の儀を受けおらず、神と精霊の祝福を授かっていない事が分かりました」

 「なるほどな、それ程の奇跡を起こせる少女だ。洗礼を受ければ、その身に必ず神の祝福の証たる聖痕が現れるだろう」

 「ええ、いくら大公といえども聖痕の現れた事を隠す事は出来ません。そして古来より聖痕の現れし者は、人々を救う使命を帯びた尊き存在として、神殿に入る事が義務付けられています」

 

 大公女の出身であるオルフィア伯爵家、かの家の子供達がお披露目前に大公女に対し無礼を働き暴力を振るった事は貴族社会中に知れ渡り、現在彼らは孤立し没落の道を歩んでいる。

 彼らを使って大公女と接触を図ろうと検討したが、一家全員が彼女に近づかない事、そして彼女について一切の口外が出来ぬよう誓約魔法がかけられている事が分かった為諦めたと、司教の一人は報告する。

 聖痕、それは神が人々を救う為に力を授けた者に現れる証の事だ。多くの場合は洗礼の儀を受けた時に秘めていた力を覚醒させると同時にその身体に浮かび上がる。

 それが現れた者は殆ど例外なく神殿に入り、聖職者や聖女として人々の為にその力を行使した。その為司教達はミレイユを神殿に迎える為に、まずは洗礼の儀を執り行い聖痕を発現させることが重要だと考えた。

 

 「聖痕が出なかった場合は如何しますか? かつて強い光魔法の才を覚醒させながらも聖痕が現れなかった為、神殿に入らず公爵家へ嫁いだ皇女の例もあります」

 「何、現れなければ模造すれば良い。神が与えたもう聖痕が本物かどうかなど、見抜ける者はおらん。聖痕が現れれば洗礼の儀を見ていた者達は皆彼女が聖女であると信じるだろう」

 「さればミレイユ大公女を神殿に迎え入れる事ができますな。その後は我々の手で彼女を聖女ミレイユとして民の前に示せばよい。神殿の権威はこれまで以上に高まり、皇室ですら容易に我々へ口出しはできなくなるでしょう」

 「早速大公家へ大公女に洗礼を受けさせるよう布告を送ります。これを断るような事はしないでしょう」


 聖痕が現れなかった場合どうすればいいのか、司教の一人の言葉に聖痕が現れずとも模造すれば良いと語る大司教。

 彼の言葉に一部の司教は顔を顰めるも、この場で反論できる者はおらず、大公女を洗礼の儀に臨ませるべく大公家へと布告を送る事が決定された。


 

 

 数日後、大公家のタウンハウスではハーヴェント大公の私室にセルヴェンや補佐官達が集まっていた。


 「洗礼の儀、ですか……」

 「ああ、神殿の連中め、何処から調べたのか娘が受けていない事を嗅ぎつけてきた」

 「洗礼の儀は通常五歳の誕生日に受ける儀式、それは貴族の子供なら義務付けられたものです」

 「それを持ち出してきて、ミレイユに受けさせるよう要求してきたわけか」


 セルヴェンは眉を顰め大公が差し出す神殿からの書状を受け取る。そこには『幼き頃に洗礼の儀を受けられなかったミレイユ大公女殿下の幸多き未来を願い祝福する為に、帝国中央神殿にて洗礼の儀を執り行わせて頂きたく、ご日程の調整を賜りたく存じます』と格式ばった文面が続いている。


 「連中め、こちらが断れん事をいい事に……」

 「ですが大公女様が洗礼を受けられ、万が一にも聖痕が現れたらならば、奴らは問答無用で大公女様を聖女として祭り上げ囲い込もうとするでしょう」

 「それが狙いだろう……金と権力の亡者どもめ、聖職者の名が聞いて呆れるわ」


 奴らの狙い通り聖痕が現れれば、世間は彼女を聖女と認知し神殿はその権威を振りかざす。そうなれば大公家の影響下から彼女を引き離す事ができる。


 「どうしますか? 拒否する事も出来ますが、洗礼そのものは貴族の義務である以上、拒否を続けるのは不自然です」

 「拒否すれば、大公家は神への信仰を軽んじているとでも吹聴するのが関の山だろう。中央神殿は昔からそうやって名家を貶めてきた。我が家だけが特別に断り続けるのは得策ではない」

 「では、洗礼自体は受けると?」


 ハーヴェントは窓の外、王都の空を仰ぐようにして言った。青く晴れた空には雲ひとつない。なのに、まるで見えない糸が自分たちの周囲に絡みついていくような息苦しさがあった。

 セルヴェンの問いに、ハーヴェントは深く椅子へ身を沈めて息を吐く。


 「受けざるおえんな。洗礼の儀を受けていない貴族子女など、本来ならば社交界で笑い者にされる。それは避けねばならん」

 「ですが、聖痕が現れた場合のことを考えると……大公女様が神殿の所有物のように扱われる可能性が高いです」

 「ああそうだ。あの子が持っている力は正しく奇跡のようなものだ。欲深い奴らは必ず手に入れようとするだろう」


 だが彼女を渡す訳にはいかない。伯爵家で出来損ないと虐げられ続けた彼女はようやく幸せを手に入れたのだ。神殿に聖女として祭り上げられれば、一生を神殿に縛られ権力の亡者の道具にされるだろう。

 自分達を家族として受け入れ、嬉しそうに微笑む愛しい娘の顔を思い浮かべ、絶対に渡しなどしないと大公は拳を握り締める。


 「セルヴェン、ゲリオス、洗礼は受けさせるぞ。ただし条件を付ける。洗礼の儀へは私たち家族を臨席させる事、そして当日神殿の敷地内には当家の私兵も入れる。連中が何か仕掛けてくる可能性があるからな」

 「承知しました父上。早急に神殿と交渉します」


 洗礼を受けさせると宣言した大公に、セルヴェンと首席補佐官揃って一礼する。聖痕が現れても現れなくても彼女を守る。それが何よりも優先されるべき事だった。

 数日後、帝都中央神殿から大公家へ、ミレイユ大公女の洗礼の儀を一週間後に執り行う旨の連絡が到着する。日取りは祭事の合間で、参列者が多くなる祝祭日を狙ってのことだった。


 「全く、こういう事に関しては実に手際が良い。聖痕が出ればすぐさま広める腹積もりだろう」

 「ですがこちらの出した要求は呑ませました。当日は当家騎士団の精鋭を各所に配置させます。そして祭壇の前までは私達も同行出来ます」

 「妙に聞き訳が良いのが気になるな、少しはゴネるかと思ったが……まるで聖痕が出るのを確信しているようだ」


 神殿が多少難色は示したものの、全てこちらの要求を受け入れたのが気がかりだなと考え込む大公。だがこれ以上の譲歩を引き出せるとは思えないため、ここで妥協するしかない。

 何があろうとも必ず愛する家族を守る、視線を向け合った大公親子は頷きを交わす。

 最後まで読んで頂き、ありがとうございます。


 ミレイユを狙う神殿勢力、この話での神殿は一部以外基本金と権力の亡者です。


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