大公家主催のお茶会② 悪役令嬢リーゼロッテ
大公家のタウンハウスで開かれていたお茶会に参加したミレイユは、初対面の筈の公爵令嬢リーゼロッテ・エーデヴァルトから敵意を向けられ戸惑う。
何故彼女に敵意を向けられるのか、それが分からず不安に包まれるも、お茶会は進み彼女は同年代の令嬢達と共に席に着いた。
お茶会は和やかな雰囲気で進んでいた。大公妃メルヴィアを中心とした貴婦人たちの輪と、大公子妃アシェラが取り仕切る若い婦人達の集まり、そしてミレイユを含む令嬢たちの席に分かれて、それぞれが歓談を楽しんでいる。
「それでは皆様、本日のお茶会のために我が家の料理人が腕によりをかけてご用意したお菓子です。どうぞお召し上がりくださいませ」
アシェラの合図で、メイドたちが銀のトレイに乗せた菓子を各テーブルへと運んでいく。令嬢たちの円卓にも、焼き菓子や果物のコンポートと共に、ミレイユが考案したクリームパンが並べられた。
「まあ、これは何かしら? 見たことのないパンですわね」
「ふんわりとして、とても良い香りがしますわ」
令嬢たちが興味深そうに食べやすい様に紙に包まれたクリームパンを手に取る。その様子を見ていたミレイユは、これが自分の考案したものだと説明しようと口を開いた。
「それは私が考案したパンで、中に甘いクリームが――」
「あら、ミレイユ様が? 大公女殿下自ら厨房に立たれるなんて、よほど使用人の教育が行き届いていないのかしら。それとも、大公家の料理人はそれほど役に立たないのかしらね」
冷ややかな声がミレイユの言葉を遮った。声の主はリーゼロッテだ。彼女は優雅な仕草でクリームパンを手に取りながらも、口元には嘲るような笑みを浮かべている。
「リ、リーゼロッテ様、それは言い過ぎでは……ミレイユ様が考案されたというパンは、皇宮でも絶賛されたと聞いておりますもの」
そうフォローを入れたのは、茶色の髪を編み込みにして眼鏡をかけた小柄な令嬢、ベーレント子爵家のルミア嬢だ。
「あら、ルミア嬢。あなたに大公家の台所事情が分かるのかしら? それとも、大公女殿下に取り入ろうとしているのかしらね。見苦しいこと」
リーゼロッテの言葉に、ルミアは表情を曇らせ俯いてしまう。他の令嬢たちも気まずそうに視線を逸らし、誰も口を開こうとしない。エーデヴァルト公爵家の威光を恐れてのことだ。
(やっぱり……私、何か嫌われることをしたの?)
ミレイユの胸の中に、ずきりとした痛みが走る。せっかく皆に喜んでもらおうと考案したクリームパンが、こんな風に貶められるなんて。それに、フォローしてくれたルミア嬢までが辛い思いをしている。
(でもここで黙ってたらダメだよね。せっかく勇気を出して声を上げてくれたルミア嬢が可哀想だし、何より私が大公家の娘として、ちゃんとしなくちゃ)
ミレイユは背筋を伸ばし、まっすぐにリーゼロッテを見つめた。心臓は早鐘を打ち、手は震えそうになるが、彼女は必死に勇気を振り絞る。
「リーゼロッテ嬢。確かに私は厨房に立って料理人たちと共にこのパンを作りました。ですがそれは、使用人たちが役に立たないからではありません。新しいものを生み出すためには、身分に関わらず協力し合うことが大切だと、私はそう考えております」
ミレイユの言葉に、リーゼロッテの目がわずかに見開かれる。しかしすぐに彼女は表情を戻し、扇子を広げて口元を隠した。
「まあ、まるで職人のようなお考えですこと。大公女殿下がそのようなことでよろしいのでしょうか」
「職人が悪いことのようにおっしゃるのですか。リーゼロッテ嬢」
凛とした声が響いた。声の主は、先程まで黙っていた薄紫色の髪の令嬢、法務大臣を父に持つシュトラール侯爵家のラーナフェルト嬢だ。
「職人がいなければ、私達が普段口にする美味しい料理も、美しいドレスも存在しません。ミレイユ様が自ら厨房に立たれたのは、むしろ素晴らしい探究心と行動力の表れだと思いますわ。それに、実際にこうして新しい美味しいパンが生まれているのですから」
ラーナフェルトはクリームパンを一口食べると、にっこりと微笑んだ。
「とても美味しいですわ。ミレイユ様、素晴らしいパンを考案くださりありがとうございます」
「私も、とても美味しいと思います」
「ええ、本当に。ふわふわで、クリームがとろけて……」
彼女に続いて、他の令嬢たちも次々にクリームパンを口にし、賛辞の言葉を口にする。その様子にリーゼロッテは悔しそうに唇を噛んだが、もはや何も言い返せないようだった。
「ラーナフェルト嬢、それに皆様もありがとうございます。それからルミア嬢。先程は私の為に声を上げてくださり、本当にありがとうございました」
ミレイユが深々と頭を下げると、ルミアは慌てて手を振った。
「そんな、お礼を言われるようなことでは……私はただ、美味しいものを美味しいと言っただけで……それに私の方こそ、先程はあのような言い方しかできず、申し訳ありませんでした」
「いいえ、あなたのそのお気持ちが、私にはとても嬉しかったんです」
ミレイユは心からの笑顔を見せる。するとルミアも恥ずかしそうにしながらも微笑み返してくれた。ラーナはそんな二人を見て満足そうに頷いている。
(よかった……ちゃんと伝わったみたい。それに、ルミア嬢とラーナフェルト嬢っていい人たちだなあ)
リーゼロッテは苦虫を噛み潰したような表情で、しかし何も言わずにクリームパンを口に運ぶ。その様子を見てミレイユは胸の内でそっと息を吐いた。
完全に打ち解けたわけではないけれど、少なくとも自分の想いはきちんと伝わったはずだ。
「皆様、よろしければこの後少し庭園を散策しませんか? ちょうどバラが見頃を迎えておりますの」
ミレイユの提案に、令嬢たちは明るい声で賛同する。リーゼロッテだけは「私は少し疲れましたので」と断ったが、ミレイユは無理に誘ったりはしなかった。
庭園へと移動する道すがら、ラーナフェルトがミレイユの側に並ぶ。
「ミレイユ様、せっかくのお茶会の場の雰囲気を悪くして申し訳ありません。その、リーゼはフィルンハルト殿下の婚約者候補でして……」
「え……? フィルンハルト殿下の……?」
「ええ、あの子はずっと殿下の隣に立ちたいと、完璧な淑女を目指してきたんです。ですが殿下がミレイユ様のお披露目の際にダンスをご一緒されたと聞いてから、荒れているんです」
リーゼロッテと幼馴染であるラーナフェルトが申し訳なさそうに語る内容に、ミレイユは驚き小さく声を漏らす。
彼女は皇孫フィルンハルトの婚約者候補の中で最有力候補と目される令嬢であり、彼女自身もそれに相応しい淑女になる為に日々努力してきたのだ。
しかし突然現れた大公女であるミレイユとフィルンハルトが親密な姿を見せたという話を聞き、彼女は激しい嫉妬と焦りを感じていたのだ。
(そういうことだったの……あれ、リーゼロッテ・エーデヴァルト……? あ、あの悪役令嬢リーゼロッテっ!?)
それが自分に敵意を向けてきた理由かと納得したミレイユだったが、同時に彼女は大変な事を思い出した。リーゼロッテ・エーデヴァルト、彼女は『スターライト・ロンド』のフィルンハルトルートでヒロインの前に立ち塞がる悪役令嬢なのだ。
ゲームの中では婚約者であるフィルンハルトを巡ってヒロインに執拗な嫌がらせや陰湿な妨害工作を行うが、最終的に自らの悪事が露見して破滅してしまう。
思わずバッと振り向いて自分達が先程まで居たテーブルを見るミレイユ。そこには一人だけで不機嫌そうに座るリーゼロッテの姿があった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
フィルンハルトに続き現れたゲームに登場するキャラクター、悪役令嬢リーゼロッテ。
彼女との関係はどうなってしまうのか……。
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