大公家主催のお茶会① 向けられる敵意
帝都のタウンハウスに滞在し、定期的に登城して皇后に癒しの力を使うミレイユ。彼女の癒しの力と、皇室付き医師団が立てた治療計画により、皇后の体内に溜まっていた鉛は排出され徐々に回復に向かっていた。
そんなタウンハウスでの生活の日々が続く中、ミレイユは前世の知識で美味しい物を再現しようと日々試行錯誤していた。
「えへへっ、ねんがんのエブラエッセンスをてにいれたぞ! ってね」
「お嬢様? それはどういう……」
「気にしないで、これが欲しくて堪らなくて、その気持ちを言っただけだから」
遠方からの輸入品という、甘い香りのする液体を前に嬉しくて堪らないといった様子のミレイユ。帝都の市場に出かけて偶然見つけたそれは、前世の世界でバニラエッセンスと酷似した物だ。
香味料として作られたが、用途があまりなく安値で売られていたそれに飛びついたミレイユは、瓶に小分けされたそれを見つめながら嬉しそうに笑う。
「さっそくこれを使ってカスタードクリームを、そしてクリームパンを作ろうっ! リック、今回もお願いね」
「任せてくださいお嬢様!」
早速始めよう、と片手を掲げるミレイユに応えるように片手を挙げる若い料理人のリック。
大公邸の料理人見習いだったが、ミレイユのパン作りを手伝い成功させた事を評価され、最近見習いから昇格したばかりだ。
まずはカスタードクリーム作りからだ。混ぜた卵黄と砂糖に小麦粉を少し加えて程よく混ぜる。そこへ温めたエッセンス入りの牛乳を少しずつ注ぎ混ぜ続ける。
その混合物を火にかけ、絶えずかき混ぜながら加熱すれば、ふつふつと湧き上がる泡と、湯気とともに立ち上る甘い香りに、ミレイユは思わず顔をほころばせる。
「うん、クリーム状になってきたね。あとは冷やしてから混ぜたら完成よ」
「分かりました! 完成が楽しみですね」
ある程度クリーム状になったそれを見て満足そうに頷くミレイユ。火を止めて別の器に移したそれの粗熱が取れると、リックが魔石式保冷庫へと運んでいく。
「えへへ、クリームパンが作れたら、ジャムパンも作りたいなっ」
前世で大好きだった甘味が作れる事が嬉しくて堪らない彼女は、椅子に座りながら上機嫌そうに身体を揺らしている。
「失礼しますミレイユお嬢様、大公妃殿下がお呼びでございます」
「ふぇ、お母様が? 分かった、すぐに行くね。リック、またあとで来るから」
若い執事が一礼しながら大公妃が呼んでいると伝えると、ミレイユは椅子から降りてメイドのリンディと共に歩き出す。
案内された部屋では大公妃と共に姉であるアシェラも席に着き茶を飲んでいた。
「お義母様、アシェラ姉様、お待たせしてすみません。お呼びでしょうか」
「いらっしゃいミレイユ。実はね、近々この屋敷でお茶会を開く事になったの」
「お茶会、ですか……」
「ええ、お義母様主催で当家と近しい家のご婦人達を集めて開くのよ。貴方もそろそろお友達を作る為に参加したらとお義母様と話していたの、どうかしら?」
大公家に近しい貴族の夫人を集めて開かれる茶会。今回はミレイユと同年代の子女も同伴を許可している。
お披露目までその存在を伏せていた為、大公領でも城内から殆ど出る事も無かった娘に同年代の友人を作らせたいと大公妃が考えたのだ。
上手くやれるだろうかと不安になるミレイユだが、これは必要な事だとも理解している。交友関係を作り他家と繋がりを持つのも大公女としての務めなのだと、それにお友達が欲しいと思う気持ちはあるのも確かだ。
「私、頑張ってみます。お義母様、姉様」
「良かったわ。気負わなくても大丈夫よ、貴方ならきっとやれるわ。フレイも太鼓判を押してたから」
「ガヴァネスのオルソン伯爵夫人がそう言っているのなら安心ね」
貴方なら大丈夫、そう励ましてくれる姉と母に微笑みながら頷くミレイユはふと閃く。自分に会いに来てくれるご令嬢達をもてなす物を自分で出してみたいと。
「お義母様、私とのお茶会に参加するご令嬢方にお出しするお菓子に、今試作させている新しいパンをお出していいですか?」
「新しいパン? あの柔らかいパンじゃなくて?」
「あのパンの中に甘いクリームを入れた、お菓子みたいなパンです」
しばらく前にミレイユが考案し作らせた新しいパン。それまでパンは硬い物だという常識を破壊したその柔らかなパンは、レシピを献上された皇室でも絶賛され、広く普及させたいという大公家の意向で無償でレシピが広められ貴族社会でも広まり、いずれは一般にも広められる予定である。
そのパンの新作だと語る娘にメルヴィアもアシェラも興味津々な様子だ。
「それは美味しそうね、試作品が完成したら私達も頂いていいかしら?」
「はいっ、満足できるものが出来たらご用意しますね」
「ふふ、楽しみに待ってるわ」
お客様に出す前に母と姉に試食をしてもらおう。ミレイユは期待してくださいねと微笑む。
厨房へと戻った彼女はリック達とクリームパンの試作を進めていく。
保冷庫から出してきたクリームを混ぜ滑らかにした後、一次発酵と分割を終えてあるパン生地で包み成形させる。
『くんくん、いい匂いです~♪』
「ふふ、楽しみだねユーリィ」
生地に包む前のクリームから漂う甘い匂いに、うっとりとした表情を浮かべるユーリィ。
二人が眺めている中作業が進んでいき、天板の上に並べられたパンは二次発酵の後にオーブンの中へと入れられる。
「魔石オーブンって便利だよね。火加減もし易いし」
「優れモノなんですけど、値段が高くて平民にはおよそ手が出せないのが難点ですね」
大公家の厨房にある魔石オーブンは魔石の力で庫内を温める事が出来る高価で最先端の調理器具だ。石窯で焼くのと違い温度調節が容易でレシピの再現性が高いと、ミレイユは気に入っている。
「うーん、美味しそうな香り!」
「お嬢様、もういい感じに焼き色が付いてますよ」
前世でクリームパンが好物だったミレイユは待ちきれない様子でオーブンの前に陣取る。そうしている間も香ばしい香りが強くなってきて期待が高まっていく。
しばらくして、リックがオーブンから取り出した天板の上には、きつね色に焼けたふっくらとしたパンが並んでいた。
『わぁぁっ、上手に焼けてますねぇ、早く食べたいですっ』
「ダメだよユーリィ、冷まさないと火傷しちゃうから……でも私も早く食べたいなぁ」
焼きあがったばかりのパンを見て、ふわふわと周りを飛んで急かすように声を上げるユーリィ。それをたしなめるミレイユだが、彼女も涎が垂れそうなほどにソワソワと落ち着かない様子だ。
粗熱が取れるまで暫し待った後、まずはひとつ切り分けて中のクリームの様子を見る。滑らかなクリームが断面から覗き、甘い香りが漂ってくる。
(うーん、正しくバニラの香りっ、あのエブラエッセンスは大当たりだったね)
「じゃあ、味見させてもらうね」
期待に胸を膨らませながら、小さく切り分けられて皿に乗ったクリームパンをフォークで刺し口に運ぶ。しっとりふんわり柔らかい生地の中から甘いクリームが溢れてきて、口内にバニラの芳醇な香りが広がっていく。
「美味しいっ! 出来たよリック、成功だよっ」
「やりましたねお嬢様!」
想像以上の出来だ。ものすごく美味しいパンになってくれた。頬が落ちるんじゃないだろうかというような幸せな味に、ミレイユはパチパチと拍手をしてリックと笑い合う。
クリームの付いた部分を切って貰い両手で抱えたユーリィも、小さな口を開けてパクリと食べた直後、目を白黒させてパタパタと翅を動かす。
『おいひぃっ、おいひぃれすぅっ、幸せですぅ』
「ふふ、ユーリィが喜んでくれて私も嬉しいよ。これを後でお義母様達にも食べてもらって、許可を貰えたらこのパンをお茶会に出すわ」
「はいっ! 当日は頑張ります」
その後クリームパンを食べた母と姉は、こんな素晴らしいパンがあるのかと驚きと喜びを露わにしていた。特にメルヴィアが気に入った様子で、大人の分まで用意できないかしらと言う程だった為、急遽ミレイユはリックと共にカスタードクリームの作り方について料理長以下大公家の料理人達に説明する事になった。
そしてお茶会当日、タウンハウス庭園の一角に設けられた円卓には美しい花々が飾られ、華やかなレースや刺繍を施したテーブルクロスが敷かれている。
大公妃とアシェラ、そしてミレイユは訪れた貴婦人達から挨拶を受けていた。
「大公妃殿下、今日はお招き頂きありがとうございます」
「ようこそ、エーデヴァルト公爵夫人、レティア前公爵夫人もお久しぶりですわ。お加減は如何ですか?」
「お気遣い頂きありがとうございます、メルヴィア様。ええ、最近は発作もなく過ごせていますわ」
大公妃へと挨拶をする若い婦人と年老いた貴婦人。皇帝派閥の大貴族であるエーデヴァルト公爵夫人と、前公爵夫人である。
前公爵夫人は今は病で社交界から退き気味だったが、かつては社交界に絶大な影響力を持っていた。
女性ゆえ公爵位を継げなかったが、婿を取り家督を継承した彼女は、実質的な公爵家の支配者として辣腕を振るい、公爵家の権威を高めた女傑でもある。
「今日は孫娘であるリーゼロッテも連れて来ました。リーゼ、皆様にご挨拶しなさい」
「大公妃殿下、大公子妃殿下、リーゼロッテ・エーデヴァルトと申します。本日はお招き頂きありがとうございます」
美しく長いブロンドの髪を揺らし、年齢の割に落ち着いた笑みを見せた少女リーゼロッテは淑女らしい所作で挨拶をした。
年の頃はミレイユと同じか少し上だろうか。すでに社交界にデビューしているらしく、立ち居振る舞いには無駄がなく、その瞳は知性と意志の強さを宿している。
「まあまあ、可愛らしい。ミレイユ、リーゼロッテ嬢を後でご案内してあげてね」
「はい、お義母様。リーゼロッテ嬢、はじめまして。ミレイユ・アーグランドです。お会いできて嬉しいですわ」
「……! ミレイユ様、お噂はかねがね伺っております。どうぞよろしくお願い致します」
リーゼロッテは一瞬だけ眉を顰めたが、すぐに柔和な微笑みを浮かべて一礼した。ミレイユはリーゼロッテの一瞬の表情の変化を見逃さなかった。表面上は完璧な淑女の微笑みを浮かべているが、その瞳の奥に一瞬走った冷たい光。それは明らかに好意的なものではない。
(え……? 私、何かしてしまったかしら)
初対面のはずなのに、この敵意はどこから来るのだろう。ミレイユは内心で戸惑いながらも、大公女としての立場を意識して微笑みを崩さないよう努める。
しかし先程までの楽しみな気持ちが一気に不安に変わり、手のひらに汗が滲むのを感じた。
何故自分が敵意を向けられているのか全く見当がつかないまま、ミレイユは他の客人たちとの挨拶へと移っていった。
「ミレイユ・アーグランド……彼女が、フィルンハルト殿下の……いいえ、絶対に負けないわ。あの人の隣には、私が立つべきなのよ」
母や姉と共に招待客と語らうミレイユ。彼女を一人遠目に見つめるリーゼロッテは誰にも聞こえない程に小さな声で呟いた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
初対面の相手に敵意を向けられるミレイユ、果たしてお茶会は無事終わるのか……
この話を気に入って頂けたら、評価やブックマーク、ご感想を頂けましたら執筆の励みになりますので是非お願いします。




