作ろう、ふわふわパン!
皇帝との謁見を終え、そして病に伏せっている皇后へ癒しの力を使い、そして前世の知識で彼女の病の原因を突き止めたミレイユ。
社交界シーズンにも入り、皇后の治療に登城する必要もある為、しばらくの間は帝都のタウンハウスで過ごす事になった。
一家揃って朝食を取るある日の朝、ミレイユは少し憂鬱そうに目の前にある物を見る、それは硬い黒パンだ。この世界ではこのパンが主流、というか他のパンを殆ど見た事が無い。
硬いそれはスープに浸して柔らかくして食べるのが普通らしい。確かにそうすれば幼い自分でも食べられるが、しかし元日本人の口から言えば正直な所美味しくないし食べにくい。柔らかふわふわのパンが食べたい、彼女は気付かれないように小さくため息を漏らす。
(無ければ作ればいいんだ。天然酵母の材料を探そう、そしてパン種を作るんだ。あの鑑定の虫眼鏡を使えばきっとわかる筈)
硬いパンしかなければ作ればいい、それに気づいたミレイユは早速行動に移る。精霊王リモーネから貰った鑑定の虫眼鏡、それには通常の鑑定魔法の効果に加えて、ミレイユの前世の知識に連動した情報が表示されるチートアイテムなのだ。
「酵母、天然酵母の材料! イメージするのよミレイユ。イメージするのは最強のふわふわパンの素よ!」
「お、お嬢様っ、ま、待ってくださいよー」
『ミレイユちゃん……ど、どうしたんです?』
意識していれば、きっと欲しい情報が表示される筈だ。タウンハウスに搬入される食材の山、調理場の保管庫に置かれた材料、ミレイユは虫眼鏡を片手にあちこちを歩き回り、着いてきているメイドのリンディと妖精のユーリィは彼女の勢いにちょっと引いているがミレイユは大真面目だ。
そうして歩き回った末に見つけたのは、保管庫に置かれていた干しブドウである。
【レランレーズン レランベリーを乾燥させた物 天然酵母の材料に最適、これで酵母を作ればふわふわ幸せパンが貴方の食卓に!】
「や、やったぁ! 見つけたわよ天然酵母の材料!」
彼女は虫眼鏡越しにその表示を見て思わずガッツポーズする。
「お嬢様、この干しブドウで何をなさるんですか? 天然酵母?」
「んふふふ、これを上手く使えばふわっふわのパンが出来るの、早速試さなきゃ!」
『ふわふわのパン? 食べてみたいですー♪』
「ええ、出来たら一番にユーリィにもあげるわ!」
こうしてミレイユは意気揚々と自室に戻ると、干しブドウと砂糖、水を煮沸してもらったビンに入れて、ほどほどに暖かい場所、タウンハウスの厨房の隅に置いてもらうように頼み込んだ。
そして彼女は日に何度もそれが置かれた場所へ行き、よく振ってから蓋を外して外気に触れさせ、その際に虫眼鏡で状態を鑑定して、順調に育っている事を確認してニコニコと笑う。
それをリンディとユーリィからは微笑ましくも、普段よりもテンションが高すぎて、若干不気味な類の行動として見られている事はミレイユは知らない。彼女の頭の中は柔らかいパンの事でいっぱいである。
それから数日、酵母液が出来た事を確認したミレイユは厨房を借して欲しいと料理長にお願いして、干しブドウを探す際に目をつけていた小麦粉と酵母液を混ぜた元種を作る。発酵の具合を確認しながら小麦粉を加えていき、これを一晩置けばパン種が完成する筈だ。
翌日虫眼鏡で確認すれば、立派なパン種が出来上がっていた、これでふわふわパンが作れる、とミレイユは拳を握り締める。
ここからは指示は出すけどプロに任せよう、ミレイユは出来上がったパン種を持って厨房へと向かう。
「お嬢様、本当にこれでふわふわのパンになるのですか?」
「なるのよ、なりまくるわ。絶対ふわふわになる筈なの。この種を小麦粉と水、塩、あとバターと混ぜて捏ねるの。で、しっかり捏ねた生地を、発酵させて膨らませた後に捏ねてガス抜きして、小分けにするの。そしてまた発酵させて、充分に温めたオーブンでこんがり焼くの! 手順は指示するから、誰かやってみてくれない?」
「お、俺で良ければやらせてください」
ミレイユはふわふわパンが出来るはずだと力説するが、厨房の人達は本当に出来るのかと疑っている。
名乗り出てくれたのは、このタウンハウスの料理人見習いの一人、リンディよりいくつか年上の青年リックだ。
ミレイユは虫眼鏡で発酵の状態を逐一確認しながらタイミングを指示していく。一次発酵で膨らんだ生地をリックがガス抜きし、ミレイユの指示する形に成形していく。そして二次発酵させれば生地は更にふっくら膨らんでいく。
「すごい、こんな生地は初めてですよ!」
「ふふふ、出来上がったらきっとみんな驚くわ」
「お嬢様はどうしてこんな作り方をご存知なので?」
「ん、本で読んだのよ。古い本に書いてあったの」
ガス抜きをするその独特の生地の感触に感嘆の声を漏らすリックに、ミレイユは暧昧に笑って誤魔化す。前世の知識とは言えないのでそういう事にしておく。
二次発酵が済んだ生地の表面に溶き卵を塗り着け、充分に温められた魔石式のオーブンに入れたら、あとは焼き上がりを待つばかりだ。
この国の貴族の家にはこの様な魔石式のオーブンや保冷庫が存在する。これは料理の幅が広まるねと、ミレイユは楽しそうに微笑みながらオーブンの前でパンが焼き上がる様を見ていた。
こんがりと焼けたパンをオーブンから出した瞬間、厨房中に芳ばしい香りが立ち込める。小麦とバターの何とも食欲をそそる香り。焼きあがったパンは見事にふっくらと膨らんでいる。
「や、やったぁ! 大成功よ!」
「なんて良い香りなんだ、それにこの柔らかさ! お、俺こんなパンを作れたなんて夢みたいですよ!」
「ほ、本当にふわふわなパンが出来ちゃった。す、凄いですお嬢様!」
『ミレイユちゃん、すっごくいい匂いがしますー! 早く食べたいです!』
丸くこんがり焼き上がったパンを前にミレイユもユーリィも瞳を輝かせ、これは夢だろうかとリンディは柔らかなパンを触っている。リックに至ってはこんな物が自分に作れたなんてと感動に震えている程だ。こうしてふわふわパン第一号が出来上がった。
みんなで粗熱を取った出来たてを頬張る。そのふわふわの食感は前世のミレイユが愛したパンと変わらない物だった。
「こ、こりゃ凄い……こんな柔らかいパンは初めてですよ」
「すごいでしょう? パン種は残してあるし、これを元にまた小麦粉を発酵させて作ればいいの。料理長、レシピを書けばみんな作れるようになるよね?」
「ええ、作れますとも! これは色々試しがいがあるぞ!」
熱々のパンを食べた一同から感嘆の声が上がる。それを聞き逃さなかった他の料理人も集まってきて、この新しいパンの柔らかさと香りに驚きを隠せない。
「なんだこれ、こんな柔らかいパンがあるなんて信じられねぇ!」
「おい、俺にも分けてくれ!」
「待て待て、人数が多すぎる。少しずつ分けて試食だ」
厨房はちょっとした騒ぎになったがミレイユは満足そうに微笑んでいる。作り方を教わったリックが説明する中、料理人達が再度パンを焼き、それは大公家の晩餐に出される事になった。
「こんな柔らかいパンは初めてだ、これは凄いな」
「なんて美味しいパンなのかしら、貴方のアイデアなのミレイユ? 貴方は色々な事を思いつくのね。凄いわ」
「皇室にもレシピを献上すべきですね。陛下達もきっと喜ばれますわ」
「それは当然だが、これは広く普及させたいな。これが広まれば民の食生活も豊かになる筈だ」
「まぁ、それは素敵なお考えですわ貴方」
晩餐に出た柔らかなパンにこれは凄いなと思わず声を漏らすハーヴェント大公。
メルヴィア大公妃はこれを作ったミレイユの事を褒め称え、大公子妃夫妻はこれを皇室にも献上し、そして広く普及させるべきではと言葉を交わす。
「えへへ、これからはふわふわパンが毎日食べれらる~♪」
『ミレイユちゃん、楽しみですねぇ♪』
ふわふわ柔らかパンを食べ幸せそうに顔を綻ばせるミレイユとユーリィ。
自分の欲求のままに行動したミレイユは、このパンが帝国中に広まり食卓の一大革命を起こすとは夢にも思っていなかったのだった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
ミレイユのテンションがいつもより大分高いですが、ふわふわパンのせいですw
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