彼女の未来に幸福を (セルヴェン視点)
今回もセルヴェン視点の話になります
私、セルヴェン・アーグランドがオルフィア伯爵家から引き取った少女ミレイユ。彼女の持つ癒しの力によって、妻であるアシェラは目に見えて病状が良くなりつつあった。
「こんな奇跡が起きるなんて……」
「ハインツ、妻が回復傾向にある事は伏せて治療を続けさせるぞ」
「承知しております、引き続きここへは限られた者しか入らせません。警備も強化します」
まだ目を覚まさないものの、穏やかな表情で眠り続ける妻の姿に安堵する私の隣で、この様な奇跡がと声を震わせる副官であるハインツ。
ここの警備を固め、妻の病状が改善している事は伏せろと命じれば、畏まりましたと彼は一礼する。
当初は病に倒れたと思われた妻だったが、治療にあたっていた医師が再調査を行った結果、何者かが特殊な毒を盛った可能性があると報告してきた。
何者かがアシェラを殺害しようとしている。恐らくは彼女が倒れて以来すり寄ってきている貴族の誰かだ、奴らの思い通りになどさせないと私は拳を握り締める。
ミレイユは毎日朝晩と足繁く妻の元へと通い、祈りながら光魔法を行使する。そして空いている時間は私が手配した教師達から学んでいる。学ぶ機会すら与えられなかった彼女は日々努力し知識を得ていく。
栄養状態も改善された彼女は、日増しに元気になりそして美しくなっていく。透き通るような銀髪に宝石を思わせる菫色の瞳の愛らしい彼女に使用人達は思わず感嘆の声を漏らす。
食事を前に幸せそうに顔を綻ばせる彼女に、彼女の身の回りの世話をするメイド達は虜になり、今日は誰が当番を担当するか毎日争いが起きている程らしい。
魔法についてはハインツの妹である魔法学者であるミンディアに指導を任せた。重度の魔法好きで少々暴走する傾向があるが、彼女が指導すればミレイユの魔法の才は開花し、より治療も進むだろうと私は期待していた。
ミレイユが大公邸に来て十日、大公城での仕事や領地の視察の為に帝都を離れていた、父ハーヴェント大公と母メルヴィアが屋敷に戻ってきた。
彼女の事、そしてアシェラの病状が良くなっている事は通信で伝えてあるので、戻り次第ミレイユにもその労を労いたいという事だったので、二人が戻った翌朝、私はミレイユと共に両親と朝食を共にした。
その最中に、慌てた様子で駆けこんできたハインツが、妻が目覚めたと報告する。私達はすぐに立ち上がって妻の部屋へと駆けだした。
彼女の部屋に入ると、感極まったように涙ぐんでいるマーサとアシェラ付きの侍女、そして主治医から診察を受けているアシェラの姿があった。
「アシェラっ……本当に目が覚めたんだな。良かった……あのまま君を失ってしまっていたら私は……」
「貴方……それに義父様に義母様……ご心配を、おかけしました」
「そんな事は気にしなくていい、君が目覚めてくれて本当に良かった」
「ああ、神よ。感謝しますわ……可愛い義娘がこうして目覚めてくれた事に」
ああ、やっと君の声が聞けた。これまで苦しみながらもずっと足掻き続けた日々がそれだけで報われた。最愛の人が弱々しくも優しく微笑んでくれる。私は彼女の手を握り締め涙を零す。
両親も彼女が目を覚ました事を心の底から喜んでくれている。これも全てミレイユのお陰だ。
その事をアシェラに伝えれば、彼女は微笑んでミレイユに礼を言い、母は義娘を救ってくれてありがとうと少女を抱きしめる。突然の事に驚き目を丸くしていた彼女は、やがて嬉しさから涙を零し始めた。
妻が目覚めた後も、ミレイユは彼女の元へ足繫く通って日々癒しの力を行使する。その甲斐もあって数日後には妻はベッドから起き上がる事が出来るようになり、食事も取れるようになった事で、やせ細っていた身体は順調に回復し健康を取り戻していった。
最近では以前の日課だった母との散歩やお茶会などもこなすようになり、元気になった義娘の姿に、彼女が病にかかって以来塞ぎ込みがちだった母も笑顔を取り戻し、それを私と父は以前のような関係に戻った二人を笑顔で眺める日々だ。
ミレイユも誘われて参加したある日の茶会、そこで事件が起こった。アシェラの紅茶を淹れたメイドが茶に何かを混ぜた。だがそれはミレイユの側に居た精霊ユーリィに気付かれ、飲む直前でミレイユに制止され事なきを得た。ユーリィが鑑定魔法をかけた結果、それには子が産めなくなるような毒が入れられていた。
拘束したメイドを尋問すると同時に彼女の部屋を捜索すれば、使用された毒物だけでなく、大公家に最近すり寄り続けていた侯爵家とのやり取りの手紙も発見される。
メイドは死産の後塞ぎ込んでいたアシェラに対し、弱いものだが身体を確実に蝕む毒を盛り彼女を原因不明の病と見せかけて殺害しようとした。その指示内容が書かれた手紙を、メイドはいざという時に切り捨てられぬよう自分が生き残る為の手札として処分せずにいた。その結果、アシェラを亡き者にして自分の娘を大公子妃にしようと画策した侯爵家の陰謀が明らかになった。
毒で死ぬ筈だったアシェラが奇跡的な回復を遂げた事に焦った侯爵家は、メイドに命じて彼女が子供を産めぬ身体にしようと強力な毒を盛ろうとしたのだ。
その陰謀を知った私と父は激怒し、私とハインツが証拠集めを進める間に父は皇帝陛下へと働きかけた結果、貴族裁判が開かれることになり、拘束された侯爵は大公子妃毒殺を目論んだ罪で爵位を剝奪され、一族も平民に落され財産の全てを奪われ、当人は奴隷として囚人達が働かされる鉱山へと送られる事になった。
私としては八つ裂きにしてやりたい気分だったが、一瞬で済ませては味気がないだろうと父に言われるとそれもそうかと納得した。侯爵が犯罪奴隷として、一生酷使されるのだ。地獄以外の何ものでもない筈だ。
「またあの少女に助けられたな……人の心身を癒し、病すら癒やせる光魔法……それ程の癒しの力を持つ者など、私は他に知らないぞ」
「でしょうね……彼女の才は精霊達が認める程稀有なようです。守らねば、必ずその力を悪用しようとする輩が現れるでしょう」
裁判を終えた夜、私達親子は酒を酌み交わしながらミレイユについて話す。彼女の光魔法の才は神殿に属する聖女や聖職者達のそれと比べても希少なものだ。
人の心や身体を癒し活力を与え病を癒す。そんなもの書物でも見た事が無いと言葉を漏らす父。
彼女の力は奇跡にも等しいものだ。現にどんな手立てを以てしても回復の兆しすらなかったアシェラが、普通に歩ける程まで回復したのだから。
そんな稀有な才を貴族達が放っておくわけがない。必ず手中に収めようと動くだろうし、生家であるオルフィア伯爵家も彼女の才を知れば約束を反故にして取り戻そうと動き出すだろう。
そして何より、帝国内での影響力拡大を目指す欲深い神殿の連中が彼女を逃す筈がない。聖女と称して祀り上げ、一生神殿に閉じ込めその力を使い続けさせる筈だ。
あの優しく愛らしい少女をそんな者達から守ってやりたいと私は考えている。
「……私はな、あの娘を養女に迎えようと思っている。彼女に受けた恩は返しても返しきれない程大きい。彼女はアシェラだけでなくお前も救ってくれた」
「それほど、私は傍から見ていて酷い有様でしたか」
「ああ、ハインツやゲリオス達と、いつお前が壊れないか不安だと何度も話したぞ」
そこまで周りから心配される程酷かったのか、ミレイユと会うまでの私はと少し恥ずかしくなって手元のグラスへと視線を向ける。
父の提案には自分も賛同する。大公の地位を継いでいない私と、妬む者の多いアシェラが養父母になるより良いだろう。皇帝陛下の実弟であり、東部の盟主とされる父ならば、あの子を守ってくれる筈だ。
「私もそれに賛成です。あの子次第ですが、受け入れてくれるなら大公女として迎え入れましょう」
「ああ、そうだな。メルヴィアが随分と可愛がっているからな、娘になると知れば喜ぶだろう」
自分達夫婦を救ってくれた彼女に恩を返したい、ずっと虐げられていただろう彼女に、幸せというものを教えてやりたい。
その事を相談すれば、母も妻も喜び是非そうしてくださいと私達を後押ししてくれた。
アシェラの快復を祝う身内だけで開かれたパーティーの場で、父はミレイユに私達夫妻を救ってくれた事に感謝すると共に、養女にならないかと提案する。
「そ、そんな、私なんかが……そんなお話をお受けしてしまっても、よろしいんでしょうか……?」
「私は大賛成よ、こんなに可愛らしい娘ができるなんて嬉しいわ」
「もちろん私も大歓迎だ、アシェラもそう思うだろう?」
「ええ、貴方にはいっぱい恩返しがしたいの、貴方が家族になってくれるのならどんなに素敵な事かしら」
驚愕に目を見開きしどろもどろになるミレイユ。そんな彼女へと私達は微笑み、優しく語りかける。
彼女は呆然とした後涙を流し、光栄ですと私の家族になる事を受け入れてくれた。
ミレイユ・アーグランド、それが彼女の名前となり彼女は大公家の一員、私の義妹となる。
受けた恩の分だけ、彼女に幸せを届けよう。私たち家族はその思いを胸に嬉しさのあまり泣きじゃくる少女を見つめ微笑んだ。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
ミレイユと出会えたから、大公家は惨劇の未来を回避する事が出来ました。
そして優しい家族に巡り合えた事で、ミレイユもようやく幸せを掴みました。
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