奇跡を起こす少女 (セルヴェン視点)
前回に引き続きセルヴェン視点の話です
オルフィア伯爵家で出会ったミレイユという少女。私セルヴェン・アーグランドは彼女の持つ希少な光魔法の力に、病に倒れ眠り続ける妻アシェラの治療に可能性を見出す。
通常光魔法の使い手は洗礼の儀と共に聖痕が現れ、聖女や聖職者として神殿に囲い込まれる。妻アシェラの治療に光魔法の使い手の派遣を要請したが、神殿は多額の金を要求した上で、送り込んできた者はまるで役に立たなかった。
だがこの少女の力は違うと己の身で知った。日々の激務と妻を助ける為に、寝る暇も惜しんで研究を繰り返し疲れ果てていた私の身体は今活力に満ちている。そして妻を目覚めさせる事の出来ない無力感と、自分と妻に向けられる悪意に摩耗していた精神も今はとても落ち着いている。視界が明瞭で心も晴れやかだった。
「す、少しは楽になりましたか?」
「ああ、こんなに頭がスッキリして、身も心も軽く感じられるのは久しぶりだ。君のその力は……」
「わ、私、他人の心身を癒す光魔法が使えるみたいで、貴方を癒してとお願いされて、ユーリィと一緒に待ってました」
「あの精霊か……礼を言おう、こんなに晴れやかな気分はいつ以来だろうか」
少し疲れた様子を見せながらも、私の事を気遣う少女に礼を言って尋ねれば、やはり彼女には光魔法の才があり、それも他人の心身を癒す事が出来るのだという。
間違いない、この子こそが我が妻アシェラを救う希望だ。何としても彼女の協力を得なければ、そう考えていたところにハインツや護衛の者達、そしてオルフィア伯爵がやってきた。
少女を怒鳴りつける伯爵から彼女を庇う様に立って尋ねてやれば、この少女は伯爵が平民に産ませた私生児で、魔法の才の無い出来損ないだと彼は語る。
なるほど、洗礼の儀も受けさせない程冷遇したから、光魔法の才が覚醒しなかったのか、それとも最近覚醒したのか。精霊が彼女に関わっているのなら後者の可能性が高い。
ともかくこの間抜けな伯爵は、己の私生児がどれほど貴重な才を秘めているのかまるで知らないのだ。これなら簡単に話は進むな。
彼女を魔法実験の協力者として引き取りたいと持ち掛け、軍の魔導士になっている長男の皇室近衛師団への推薦もチラつかせれば、伯爵はあっさりと首を縦に振った。
なんと間抜けな男だろうかと心中で笑いつつ、一刻も早くこの家から連れ出そうと、あとの手続きは随行していた文官の一人に任せ、私は少女やハインツと共に伯爵邸を後にする。
大公邸へ戻る馬車の中で、ハインツに彼女の事を説明する最中に、ミレイユの肩に姿を見せたユーリィと名乗ったあの精霊。
『わ、私は光の精霊王様からミレイユちゃんと大公子殿下を会わせるようにって、ご指示をうけてたのですっ』
光の精霊王、神話や伝承にその名が記される存在が彼女の主か、なぜ精霊王が私や妻の状況を知っているのか、何の意図があるのか分からないが、今の自分にとってミレイユに頼る以外選択肢は無い。
どうか妻を助けて欲しいと頭を下げれば、恐れ多いですと慌てて首を左右に振りながらも、彼女は出来る限りの事はやってみますと承諾してくれた。
帝都の大公邸に戻った私達を出迎える多数の使用人達。その数と大公邸の大きさに驚きフルフルと震えているミレイユは、馬車の中に引っ込みそうになるが、私は彼女を頭を撫でて安心させようと笑いかける。
「大丈夫だ、ここには君を苛めるような者は存在しないし、居ても私が絶対に許さない、安心してくれ。マーサ、この子の身なりを整えてやって欲しい」
「畏まりました若様。さぁお嬢さん、こちらへどうぞ」
大公家に長く仕え、私の幼少期に身の回りの世話を担当したマーサに彼女を頼むと告げれば、老メイドは恭しく頭を下げ彼女を部屋へと連れていく。
湯浴みや手入れを終えて私とハインツが待つ部屋まで来たミレイユは、見違える程綺麗になっていた。灰色かと思った髪は銀色で、ぼさぼさだった髪はマーサ達によって綺麗に整えられている。
あの精霊が癒したのだろうか、身体に目だった傷は無いようで、栄養状態さえ改善されれば、見目麗しい少女になるだろう。
「来てくれたか、ミレイユ嬢。彼女が私の妻アシェラだ」
「……私が、この方を」
「ああ、頼む……私の妻をどうか救ってほしい」
椅子に座る私の隣には、ベッドで眠り続ける妻アシェラの姿がある。長い間臥せっている彼女は痩せ細り頬はこけ、血色の悪い肌は蝋のように青白い。
美しかった藍色の髪も今は艶を失い、枕の上に無造作に広がっている。閉じられた目は落ちくぼみ、かすかな呼吸を繰り返すその姿は、まるで生ける屍のようだった。
彼女の姿を前に自分に出来るのだろうかと不安げな表情を浮かべたミレイユだったが、意を決したらしくアシェラの片手を握って祈るように目を閉じる。
やがてミレイユの手が淡く光り始める。その光は中庭で私を癒した時よりもずっと強く、そして温かく輝いていた。光は水の波紋のように広がり、アシェラの全身を優しく包み込んでいく。傍らで見守る私とハインツやマーサは、息を殺してその光景を見つめていた。
力を使いすぎたのか、彼女は両手を離すとフラフラと後退り、倒れ込みそうになるのをマーサが抱きとめる。
マーサが声をかけるも大丈夫ですと答えた彼女はアシェラの方を見るが、妻が目を覚ます気配がない事に愕然とした表情を浮かべた。
「あ、あぁぁっ……ご、ごめっ、ごめんなさいっ……わ、私の力じゃやっぱり……」
「そんな事はないぞ、よく見るんだミレイユ嬢」
「え……?」
両手で顔を覆いごめんなさいと涙ながらに謝罪する彼女へ、私は肩を掴んでよく見るんだと告げる。
アシェラは目に見えて回復していた、先程までより随分血色が良くなり、規則的な呼吸を繰り返しており、寝顔も辛そうに歪んでいたはずが穏やかなものに変わっている。
まだ眠り続けているものの、間違いなく彼女の状態は好転している。ミレイユの力がちゃんと効果を示しているのだ。今まで何の手立ても効果が無かったのに、たった一回の魔法の行使だけでここまで状態が良くなったのだ。これを奇跡と呼ばずして何と呼ぶのか。
「素晴らしい力だミレイユ嬢。君が居てくれるなら、妻はきっと元気になる筈だ」
『一回だけじゃなくて、何回も癒せば、大公子妃様はきっと良くなる筈です、ミレイユちゃん!』
「しょ、正直なところ、私自身も何が起きてるのかは全然分からないんですけど……大公子妃殿下がお元気になれるよう、私、頑張りますっ」
諦めないで、何回もやればきっと良くなるはずだと、私達の前に姿を見せたユーリィも彼女の側で飛びながら必死に励ます。その言葉に頷いたミレイユは継続的な治療を約束してくれた。
翌朝になるとアシェラの容態はさらに改善していた。まだ目覚めはしなかったが、呼吸はより安定し、顔色は明らかに明るくなっていた。医師も首を傾げる程の急激な回復ぶりだ。
それからミレイユは毎日のようにアシェラの元を訪れ、その手を取って祈りを捧げ光魔法を使う。日に日にアシェラの肌は健康的な色を取り戻し、硬く結ばれていた眉間の皺も和らいでいった。
彼女が居てくれれば、妻は必ず目覚めてくれる。そう信じて私はその日を待ち続けた。
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