皇后陛下の病と白粉の毒
今回はセルヴェン視点の一人称小説となります。
大成功に終わったミレイユの大公女としてのお披露目、その裏で大公親子は彼女に狼藉を働いた元家族であるオルフィア伯爵家に対し、その件での貴族裁判を行わない条件として、彼女との接触を禁ずる禁制魔法をかけさせた。
これで元家族達は彼女に接触する事も彼女について口外する事も出来ない。だが罪がそれで不問になったわけではなく、彼らは犯した罪によって破滅へと向かう事になるだろう。
お披露目パーティから数日後、ミレイユは大公たち家族と共に皇帝に謁見する為に皇城へと登城していた。
「う、うぅ……き、緊張します……」
「大丈夫だミレイユ、兄上は気さくな人だ。そう気負わなくていい」
「ええ、それに貴方の作法は何処に出しても恥ずかしくない程立派なものよ。落ち着いてやれば大丈夫だから」
水色の可愛らしいドレスに身を包み、銀髪をポニーテールに結い上げたミレイユは、謁見の間へと向かう途中に緊張のあまり手をギュッと握って声を漏らす。
不安げな表情を浮かべる彼女に、大丈夫だと笑って頭を撫でるハーヴェント大公。メルヴィア大公妃は貴方なら大丈夫よと励ます。二人に励まされ少しだけ緊張が和らいだミレイユはこくりと小さく頷いた。
程なく彼女達は謁見の間に辿り着き、大扉が開かれると中へと歩みを進める。
謁見の間には皇太子一家を筆頭とした皇族、そして玉座にはアークトゥルス帝国皇帝、レイグランデ・アークトゥルスが座しているが、その隣の皇后が座るべき座は空席だった。
ミレイユは心臓の音が周囲に聞こえてしまうのではないかと思うほど緊張していた。手のひらにはじんわりと汗が滲む。それでも背筋を伸ばし、練習を重ねた優雅な足取りを崩さない。大公妃の励ましが心の中で繰り返される。
「大公ハーヴェント・アーグランド殿下、並びにご家族の皆様、どうぞこちらへ」
侍従の声に導かれ、彼らは玉座の前へと進み出る。大公がまず優雅に片膝をつき、続いてメルヴィア、そして大公子夫妻と共にミレイユも流れるような所作で礼を取った。
「偉大なる帝国の太陽たる皇帝陛下にご挨拶申し上げます。この度は我が娘ミレイユの紹介のため、お時間を割いていただいたこと、心より感謝いたします」
ハーヴェントの朗々とした声が謁見の間に響く。彼の言葉に、玉座のレイグランデ皇帝が穏やかな笑みを浮かべた。
「そう堅苦しい挨拶はよせハーヴ、余とお前の仲じゃないか」
「そうは言っても、あまり軽すぎるのも周りからの目がありますぞ、兄上」
「ははは、相変わらずだな。で、隣にいるのが例の娘か。顔を上げてくれ」
皇帝はハーヴェントの言葉に苦笑いしつつ、ミレイユへと視線を向ける。
ミレイユは心の中で深呼吸をするとゆっくりと顔を上げた。皇帝は五十代後半ぐらいの年齢だが、皇室の血統の証であるプラチナブロンドの髪は輝き、若々しさの残る好々とした人物で、養父の言葉通りの気さくな雰囲気を漂わせていた。
だがその瞳の奥には皇帝としての威厳が垣間見える。謁見の間全体に満ちる荘厳な空気に当てられ、頭がくらりとしそうになる。それでも皇帝の目をしっかりと見つめ、教わった通りの挨拶を口にした。
「帝国の太陽たる皇帝陛下に御挨拶申し上げます。大公家の養女となりました、ミレイユ・アーグランドと申します。本日はお目通りをお許しいただき、誠に光栄に存じます」
声が震えなかったか不安だったが、何とか言い切ると、皇帝は満足そうに何度か頷いた。
「うむ、見事な挨拶だ。楽にして良いぞ……ハーヴから話は聞いている、大公子妃を救ってくれた事、余も感謝しているぞ」
皇帝に労いの言葉をかけられ、心がぽっと温かくなる。彼女は小さく微笑み、再び礼を取った。
その後、和やかな雰囲気で謁見は進んだ。皇帝は快気したアシェラ大公妃の姿に嬉しそうに笑い、彼からの言葉に大公子夫妻は微笑んで頭を下げる。
その最中にミレイユは皇太子夫妻と共に立つフィルンハルト皇子と目が合う、彼は柔らかな微笑みを浮かべ小さく手を振ってくるが、彼の麗しい姿にミレイユは顔を赤くして下を向いてしまった。
謁見が終わると、皇帝と皇太子一家、そして大公一家は皇后宮へと向かう、案内された一室にはベッドに横になっている女性、皇后であるセフィリア・アークトゥルスの姿があった。
「皇后よ、具合はどうだ……?」
「ああ、陛下……今日はいくらか落ち着いていますわ」
部屋の中には薬の苦い香りがほのかに漂っていた。重ねられた豪奢な寝台に凭れるようにして横たわる皇后セフィリアは、皇帝の姿を見ると微笑むが、その顔色は青白く痩せ細り、深い隈も隠せていない。
病状はあまり良くない事が伺えるその姿に皇帝は辛そうに顔を顰め、大公家も皇太子一家も沈痛な表情を浮かべる。
「義姉上、お久しぶりです」
「お義姉様、新しい娘を紹介させてくださいな、養女に迎えたミレイユです」
大公夫妻が皇后へと声をかけ、ミレイユは大公妃に促され皇后の前まで近づく。間近で見る皇后の症状は思っていた以上に酷く胸が痛む。
「皇后陛下にご挨拶申し上げます。ミレイユ・アーグランドと申します。この度大公家に養女として迎えて頂きました。どうぞよろしくお願い致します」
「まぁ、本当に可愛らしい子……ようこそミレイユ。私は皇后のセフィリアよ。こんな有様だから、謁見には参加出来なかったの、許してね……」
皇后の声は静かで優しく、その微笑みは病気である事を感じさせない気品に満ちていた。
彼女の手がミレイユの方へと伸ばされる。その手をそっと両手で握ったミレイユは両親と皇帝の方を見て、彼らが頷くのを確認すると目を閉じて祈りを捧げる。
(癒しの力よ、どうか皇后陛下の病を癒して……お願いっ)
「お、おお……これが彼女の光魔法か」
「なんと美しく、そして暖かい光なんだ……」
ミレイユの両手に淡い光が生じ、皇后の身体へとゆっくりと広がっていく、その神秘的な光景に皇帝と皇太子は思わず声を漏らす。
皇后も驚いたように目を見開き、次第に安堵の表情へと変わっていく。彼女の身体を蝕む病魔が浄化されていく感覚。それは痛みを伴うものではなく、むしろ心地よい温もりに包まれていくようだ。
やがて力の行使に疲れたミレイユが大きく息を吐いて下がる。光が収まった後には幾分か顔色の良くなった皇后の姿があった。
「ああ、これは凄いわ。体が少し軽くなった気がする……ありがとうミレイユ」
「おお、顔色が良くなっているぞ皇后! 本当に良かった。礼を言うぞミレイユ」
「お、お役に立てて光栄です。でも根本的な解決にはもっと時間がかかると思います。大変失礼ですが、皇后陛下の症状をお聞きしても宜しいですか?」
自分の症状が回復した事に信じられないといった様子の皇后に、嬉しそうに語りかけミレイユにも感謝を述べる皇帝。
ミレイユは恐縮しながらも皇后の病状について知るために問いかけると、皇帝は了承し医師を呼び、彼から皇后の病状を聞く事となった。
「皇后陛下の病は初めは全身のだるさや頭痛などから始まりました。激務による疲れかと当初は考え、政務の時間などを減らして頂いていたのですが症状は改善せず、酷い腹痛や嘔吐、貧血などの症状が始まりました。そして最近は手足の痺れなどの症状が確認され、立つ事もままならない状態に……」
(この症状、本で読んだ事があるかも……もしかして、鉛中毒?)
ミレイユの脳裏に、前世で読んだ医学書の一節が蘇る。体内に少しずつ鉛が蓄積されていくことで起こる中毒症状。腹痛、嘔吐、貧血、そして手足の痺れ。皇后の症状はその特徴とあまりにも一致していた。
そして彼女はある物が原因ではないかという可能性に行きつく。
「あの、皇后陛下がお使いになられているお化粧品を見せて頂く事は出来ますか?」
「お化粧品をですか? はい、こちらに揃っております」
ミレイユの問いに対し皇帝や大公達が首を傾げる中、侍女に案内され化粧品が置かれた場所へと向かったミレイユは、持ってきていた鑑定の虫眼鏡を取り出す。
【鉛入りの白粉 肌を美しく見せる為の化粧品 有害な鉛を含んでいる為、鉛中毒を引き起こす恐れがあり、絶対に使ってはダメ!】
「やっぱり、これに鉛が入ってるんだ!」
「ミレイユよ、この白粉がどうしたのだ?」
「はい陛下、これには鉛といって、人の身体に有害な……そう、毒のような物が含まれているんです。長期に渡ってとか、短期間に大量に使用すると、皇后陛下みたいな症状を引き起こす事があるんです!」
「で、ではこれが義姉上の体調不良の原因だったというのか!?」
皇后が使っていた白粉から、毒性のある鉛を発見したというミレイユの言葉に皇帝を含むその場にいた者全員が衝撃を受ける。
侍女から聞けば、この白粉は最近新しく開発されたもので、それを使った後の肌の美しさから貴族の間で流行しつつあるものだと分かった。
皇后は症状が悪くなってきてから、肌の荒れなどを隠すために更にそれを多く使用していたのだという。それが短期間に皇后の病状が悪化した原因だとミレイユは判断する。
「と、とにかくこれを使っちゃダメです。皇后陛下のお身体の中に溜まった鉛、毒となるものを排出する事が最優先です」
「なるほど、それならば水分を多めにとって頂き、小用などで体外への排出を促す方法が良いかもしれません」
「はい、私も並行して癒しの力での治療をさせて頂きます」
ミレイユがこれを使ってはダメな事と、体外に鉛を排出させるのが良いと伝えれば、医師は皇后の治療方法について他の医師達と協議を始める。
「兄上、正式に調査して同じような症状の者が居ないかなど確認して、製造販売を中止するよう命を出しましょう」
「ああ、直ちに調べさせよう。礼を言うぞハーヴ、お前があの子を連れてきてくれたお陰で助かった」
「私からもお礼を言わせて。本当にありがとう。貴方が居なければ私は死んでいたかもしれないわ……」
皇帝と皇后から礼を言われ、ミレイユは少し照れながらも嬉しく感じる。彼女が前世の知識を活かせた瞬間だった。
自分が自由を得る為に必死に学んだ得た前世の知識、それが役に立つのが嬉しくて堪らない彼女へと顔を近づけた皇帝が、彼女が手にする虫眼鏡を興味深そうに見つめる。
「して、それは何なのだミレイユ? それで白粉を見て毒があると其方は見抜いたようだが」
「あっ……え、えっと、その……こ、これは鑑定魔法の効果がある虫眼鏡で、お友達の精霊から貰った物なんです。だ、だからその……」
「なんと、話には聞いていたがまこと精霊と友誼を結んでいるのか! 其方は素晴らしい才を持つ娘だな! 安心せい、取ったりなどせぬよ」
お願いだから欲しいだなんて言わないで、そんな風に祈りながら虫眼鏡について語るミレイユだったが、安心しろと笑って皇帝は彼女の頭を撫でる。
「その知識といい、力といい素晴らしいものだ。どうだハーヴ、我が孫フィルンハルトとの婚約を結ばせぬか?」
「あ、兄上!? い、いきなり何を言うのですか! うちの可愛い娘は嫁になど出しませぬぞ!」
「陛下、ミレイユ様は我が大公家の宝です! どうかそれはお許しを!」
皇帝が突然告げた婚約話に大公夫妻が揃って慌てふためく。その姿に彼はお前らは親バカかと小さく呟くも笑って、この話はまたの機会にと諦めた。
「しかしお化粧品に毒が入ってる物があったなんて……私も少しですがこれを使ったんです。あまり合わなくて、すぐやめてしまったのですが」
「使用を重ねなくて良かったです。多分作った人も気付いてないかもしれません。以前詠んだ本にそれに関する記述があったんですが、これで見ないと私も確信が持てませんでした」
「お手柄よミレイユ。私もアシェラさんも大公家で作った化粧水で肌の調子が良くて、こんな物を使う必要がなかったのよね」
皇帝や大公達が白粉に関する調査を指示する為に出ていった後、皇后の部屋に残った皇太子妃は自分も多少使っていたと表情を青褪めさせるが、少量なら問題ない筈ですとミレイユは微笑む。
白粉が流行っている事は聞いていたが、大公家で栽培した薬草で作った化粧水のお陰で肌の調子はすこぶる良く、興味も湧かなかったのと大公妃は語る。
「今日持ってきて正解でしたね。マリア姉様、今日からはこれをお使いくださいな。病状が回復次第、皇后陛下にも使って頂けるよう定期的に献上する手配を致します」
「感謝するわアシェラ……お義母様、早く良くなってくださいね」
「また治療にお伺いさせていただきます、お大事になさってください皇后陛下」
「ええ、ありがとうマリア。そしてミレイユ、ありがとうね……貴方のお陰で助かったわ」
皇太子妃の為に持ってきた化粧水などが早速役立って良かったと微笑むアシェラ。今日はここで失礼しますと声をかける義娘やミレイユ達に微笑む皇后、その表情は安らいでおり、ミレイユの癒しの力の効果を物語っていた。
「ミレイユ嬢、ありがとう。おばあ様の病の原因を突きとめてくれて、君は本当に凄いね」
「で、殿下……も、勿体ないお言葉です」
皇后の部屋を出たところで、ミレイユへと声をかけその手を握りありがとうと微笑むフィルンハルト皇子。ミレイユが謙遜するが、皇子はそんな事はないよと首を横に振る。
「ところで、前にお願いしたよね。フィルって呼んで欲しいと」
「で、でもっ、それはお、恐れ多いというかその……」
「そんな事ないよ、君は大公女でおばあ様の恩人なんだから……呼んで欲しいな」
「わ、分かりました……フィル、様」
「僕としては様も付けなくていいんだけどね。まぁいいや、一歩前進という事で、僕もこれからは君の事をミレイユと呼ぶね」
フィルンハルト皇子の熱のこもった眼差しに、ミレイユはたじたじと後ずさりしたくなるのを必死に堪えた。握られた手から伝わる温もりが、どうにもむず痒い。
「フィ、フィル様……あの、お手を、その……」
「ああ、ごめん。つい嬉しくて」
名残惜しそうに手を離した皇子だったが、距離は詰めたままだ。ミレイユの顔を覗き込むようにして、にこやかに笑いかける。
それを見つめている皇太子妃は微笑ましそうに見つめ、大公妃は露骨に顔を顰めていた。
「ふふふ、あのフィルがここまで積極的になるなんて」
「マリア姉様……でもミレイユがフィルの事を好きになったら祝福しなきゃ……」
「へ、陛下だけではなくフィルまで乗り気……? ダ、ダメよっ、うちの子はお婿さんを取らせるのっ」
いつになく積極的な態度を見せる息子に、ミレイユのような可愛い子が義娘になるのは大歓迎だと微笑む皇太子妃。
妹がそれを受け入れるのならとアシェラが考え込む中、縁談を持ちかけてきた皇帝だけでなく、皇子まで乗り気な事に危機感を覚える大公妃は、うちの娘はダメっとフルフルと首を左右に振っている。
大人達がそれぞれの反応を示す中、幼い皇子はミレイユに微笑みかけ、彼女は赤面しながら俯いていた。
次の日から始まった皇后の治療、体外への鉛の排出を促す方針で進められたそれはすぐに効果を出し始め、ミレイユも定期的に登城して癒しの力を使う為に、そして社交界のシーズンでもある為、大公家はしばらくの間帝都のタウンハウスに滞在する事になった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
次回からは数話セルヴェン視点でのミレイユとの出会いを投稿していきます。
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