お披露目パーティ③ 皇子殿下との出会い
ハーヴェント大公の誕生日を祝う宴の場で、大公女としてお披露目を迎えたミレイユ。彼女を虐げてきたオルフィア伯爵家の者達は、子供達がミレイユを襲った容疑で拘束されている事を周囲に暴露され、貴族達から孤立する事になる。
大公女となったミレイユが皆に祝福される中、伯爵家夫妻と長兄ノヴァはホールの外へと連れ出されていった。
ミレイユは大公夫妻と共に招待客から挨拶を受け、そのたびに彼女は笑顔で応えていく。隣で大公妃が彼女を支えるように寄り添い、大公もまた時折ミレイユの肩にそっと手を置き、彼女をさり気なく励ましていた。彼女は大公家の家族として、大勢の貴族達と交流を深めていく。その光景を満足げに見つめていたセルヴェン大公子の元にカイゼン辺境伯が近づいてきた。
「若様、ご指示通り伯爵家とその周囲の者達に、あの狼藉者どもの所業を広めてきました」
「ご苦労、面倒な役を任せたなカイゼン辺境伯」
「なんのなんの、大公家のお役に立てるのなら、この老骨、喜んで働きますぞ」
カイゼン辺境伯はセルヴェンの指示で、伯爵家の子供達がミレイユを襲った事を大っぴらに語ったのだ。その結果は覿面で伯爵家は完全に孤立していた。
今は退出させられた彼らには、パーティが終わった後でたっぷりと息子達が犯した罪を追及してやるつもりだ。
「エルランド・アークトゥルス皇太子殿下、並びにマリアーナ皇太子妃殿下、フィルンハルト皇子殿下、ご入場です!」
朗々たる声と共に開かれるホールの大扉、談笑していた人々が皆そちらを向く中、二十代後半と思われる男女と、ミレイユと同じ年ごろと思われる少年が入ってくる。
アークトゥルス帝国皇太子エルランド、そしてその妻であるマリアーナ皇太子妃、そして二人の長子であるフィルンハルト皇子だ。
皇室の血統の証であるプラチナブロンドの美男子である皇太子と皇子、柔らかな水色の美しい髪を結った皇太子妃。彼らの為に道を開けるべく貴族達は両脇に移動し深々と頭を垂れる中、皇太子一家は大公夫妻の元へと向かう。
「叔父上、お誕生日おめでとうございます。父上の名代として参りました」
「ああ、ありがとうエルランド。マリアーナ君もフィルもよく来てくれた」
「ご無沙汰しております、大公殿下」
「大叔父様、お久しぶりです」
大公の前に来た皇太子が礼をして祝いの言葉を述べ、その後ろで皇太子妃も優雅に礼をとった。大公が皇太子の肩を軽く叩きながら嬉しそうに頷いている。
「紹介しよう。この子はミレイユ、我ら夫婦の養女として大公家に迎え入れたのだ」
大公がそう言ってミレイユを皇太子一家に紹介する。するとミレイユはドレスのスカートを摘まみ優雅に一礼した。
「初めまして皆様。ミレイユ・アーグランドと申します。お会いできて光栄です」
「君がミレイユ嬢か、アシェラに関しての事は聞いているよ。従兄弟の妻を助けてくれて感謝する。私はエルランド・アークトゥルス、そして妻のマリアーナと息子のフィルンハルトだ」
「フィルンハルトです、どうぞよろしくお願いします、ミレイユ嬢」
エルランドは端正な顔に柔らかな笑みを浮かべてミレイユに挨拶をすると、隣の皇太子妃も微笑み、長男のフィルンハルトも胸に手を当て恭しく挨拶をする。ミレイユは緊張しながらも笑顔で返した。
「貴方がアシェラを救ってくれたのね、私からもお礼を言わせて頂戴」
「も、勿体ないお言葉です、皇太子妃殿下」
「ふふふ、可愛らしいわね。皇宮に連れて帰っちゃいたいわ」
「ふ、ふぇぇっ?」
「ちょっとマリア姉様、私の可愛い義妹を連れていかないで欲しいです」
大公子妃が冗談交じりに言うとミレイユは素っ頓狂な声を上げてしまい、真っ赤になってうつむいてしまう。そんな彼女を大公子妃がそっと抱き寄せて頬を軽く膨らませ、抗議するように皇太子妃に言う。
エルランド皇太子とセルヴェン大公子は従兄弟であり、その妻であるマリアーナとアシェラの仲も良く姉妹の様に接しているのだ。
「ふふ、ごめんなさいね……元気そうで良かったわアシェラ。今日の貴方肌がとても綺麗ね、大公妃殿下も若返られたみたいにお美しいし……手紙に書いてあった特別な化粧品のお陰かしら?」
「ミレイユのお陰ですっかり良くなりました、心配かけてごめんなさい……ええ、これを使うとお肌が凄く状態が良いんです。今度登城する時に持って行きますね」
「嬉しい、楽しみに待っているわ」
ギュッとアシェラに抱き着き、本当に良かったと安心した様に声を漏らす皇太子妃。第一子が難産の末に死んでしまい、心無い誹謗中傷、そして大公子妃の座を狙う者達の悪意によって、心身を病んで臥せっていたアシェラの事をずっと心配していたのだ。あのままでは彼女は死んでいたのではとマリアーナは思っていた為、こうして華やかな場に出られるまで回復した事が嬉しかった。
「父上からはパーティーに参加できず申し訳ないと、叔父上に伝えて欲しいと言付かっております」
「それほど具合が悪いのか? 義姉上の具合は……」
「ええ、この数日はベッドから起き上がる事も出来なくなってしまいました。医者達も対処法が分からず……」
「……ならばミレイユの力が役立つでしょう」
「ああ、近く兄上に紹介する為に登城しよう。その際に義姉上の所にも行き、ミレイユの力を試してもらおう」
「感謝します叔父上、セルヴェン。どうかお力をお貸しください」
皇太子と大公親子の間で話されている内容、それは皇后の体調についてだ。しばらく前に病に倒れた皇后の体調は悪化する一方で、その為皇帝は弟である大公の誕生日を欠席し、皇太子を名代に立てたのだ。
珍しい症例を発しており、皇室の医者達も原因も対処法も分からず苦慮していると語る皇太子に、他者の心身、そして病にも効果があるミレイユの癒しの力ならとセルヴェンが提案し太公も頷く。
アシェラ大公子妃が回復した顛末を詳細に聞いている皇太子は、どうかお力をお貸しくださいと大公に頭を下げる。
(あれ……? この世界って、スターライト・ロンドの世界だったよね? 待って、フィルンハルト皇子って……まさか攻略対象のっ!?)
大公一家と皇太子一家のやり取りを大公妃と共に眺めていたミレイユは、ふとある事に気付いた。ここがゲームの世界である事、そして同時にフィルンハルトの名を思い出す。
そう、彼は生前ミレイユがプレイした恋愛ゲーム、『スターライト・ロンド』のメイン攻略対象、フィルンハルト・アークトゥルス第一皇子なのだ。
その事実に気付き彼女が愕然としていた時、楽団が演奏を開始した。ゆっくりとしたワルツが流れ、まずは大公夫妻がホールの中心へと進み、ファーストダンスが始まった。
大公が大公妃の腰に腕を回し、優雅にステップを踏む姿はまるで絵画のようだった。大公子夫妻が続くと、周囲の貴族達も次第に踊り始め、ホール内は楽しげな雰囲気に包まれた。
「ミレイユ太公女、貴方の初めてのダンスを共にする栄誉を、僕に与えていただけませんか?」
先程気付いた事実に呆然としていたミレイユへとかけられる声、その主は他でもないフィルンハルト皇子だった。
年相応の可愛らしさの残る笑顔を浮かべ片手を差し出してくる彼を前に断る事など出来なくて、ミレイユはぎこちなくその手を取った。
その時彼が一瞬何かに驚いたように目を見開くが、やがて彼にエスコートされながらフロアへと進むのだった。
ミレイユはダンスを踊りながらも正気を保つのに必死だった。自分と共に踊る彼はどこからどう見ても恋愛ゲームのメイン攻略対象である。まさに光の粒を散りばめたような王子様ビジュアル、その彼がファーストダンスの相手なのだ。これは一体どういう状況なのかと混乱する彼女。
(ヒ、ヒロインが登場するのは、八年後だよね!? ど、どどどどうしよう! ゲームの展開お、おかしくなっちゃう!?)
思いもよらぬ状況に頭がおかしくなりそうだ。ミスなく踊れているのが奇跡というレベルだ。どうしよう攻略対象と下手に親しくなったら、ゲームの展開おかしくなっちゃうよねと心中で声を漏らす彼女だが、既にこの世界の未来は彼女自身と精霊王達の行動によって大幅に変わっているのだが、彼女がそれを知る由もない。
「ミレイユ嬢、僕をちゃんと見てください」
「す、すみません殿下。は、初めてのダンスなのでき、緊張してしまって……」
「大丈夫ですよ、僕がリードしますから任せてください」
考えすぎてしまいダンスの最中だというのに心ここにあらずといった状態だったのを、フィルンハルトから声を掛けられミレイユは焦り謝罪する。そんな彼女をフォローする様に優しく微笑み、彼は自分の存在を意識させるべく耳元で囁いた。
多くの女性が見惚れる美しい容貌の皇子と、美しい銀髪と幻想的な光を帯びたドレスを纏う大公女。幼い二人が踊る姿はまさにお伽噺のように見えるのか、人々の視線は二人に集中している。
その視線に気付き緊張してしまう彼女をフォローする様に、フィルンハルトは彼女の手を軽く引き寄せ、背中に手を当てて支えた。
そして曲が終わり二人が優雅な動作で礼を取ると、周りから大きな拍手が湧き起こった。
「初めてとは思えないくらい上手でしたよ、ミレイユ嬢」
「そ、そんな、褒めすぎです……でもありがとうございます」
「貴方とダンスを出来た事を光栄に思います。またいつか踊りましょう」
大公家の子女としての教育が功を奏したのか、ミレイユは特にミスすることもなく最後まで踊ることが出来た。フィルンハルトに誉められて顔を真っ赤にするミレイユに対し、皇子は彼女の手を取り甲に軽い口付けを落とす。あまりにも自然で、それでいて魅力的な仕草にミレイユは思わずドキッとしてしまった。
「あ、ありがとうございました……失礼します」
お辞儀をして逃げる様に去って行くミレイユ。そんな彼女の背中を見送りつつフィルンハルトは苦笑を零すと、母の元に戻り話しかける。
「……母上、セルヴェン叔父様やアシェラ叔母様が仰っていたミレイユ嬢の不思議な力、本当のようですね」
「あら、どうしたのフィル?」
「彼女の手を握った時、何か暖かいものが僕の中に広がっていくのを感じました。今はとても気分がすっきりしています……あれがミレイユ嬢の持つ癒しの力なのでしょう」
フィルンハルトにはとある事情からその身に負の感情を溜め込みやすい。それを和らげるようなマジックアイテムは持っているが気休めの程度だ。
だが彼女の手を取った直後、暖かい力が身体に広がっていき、自分の中に溜まっていた負の感情が薄らいでいくのを感じ取った。
「あの子、欲しいな……」
あんな愛らしく、そして素晴らしい力を持っている子が側に居てくれればと考えると胸が高鳴る。
彼女は大公女、身分的にも十分に釣り合いは取れている。是非自分の伴侶にしたいと、フィルンハルトは自分にしか聞こえない声で呟く。
その視線の先には、大公妃の元にフラフラと戻って行き、抱き支えられているミレイユの姿があった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
仲の良い従兄弟である皇太子とセルヴェンですが、ゲーム本編ではセルヴェンが闇堕ちし、帝国の実権を巡って対立する事になります。そして本編では皇太子になったフィルンハルトは、彼のルートでは反乱を起こした叔父をヒロインと共に討ち倒す事になります。
この話を気に入って頂けたら、評価やブックマーク、ご感想を頂けましたら執筆の励みになりますので是非お願いします。




