お披露目パーティ② 大公女のお披露目と孤立する伯爵家
「父上、エリザ達が拘束されたというのは本当ですか?」
「な、なんでっ、なんでそんな事になったんですか貴方!?」
「わ、私にも分からんのだ! 大公家の方に無礼を働いたとの事で、部屋で拘束されているそうだ」
「そ、そんな……!」
大公家のタウンハウスで開かれたハーヴェント・アーグランド大公の誕生日を祝うパーティ、そのホールの隅に立つ三人の男女。
オルフィア伯爵家嫡男であるノヴァは、父親である伯爵へと妹達が拘束された事について尋ねていた。つい先程知ったのだが、ノヴァの妹であるエリザとサーリャ、そして弟のラアイズが大公家に無礼を働いたとの事で拘束されてしまったのである。
「何故大公家に無礼など……」
「ご来席に皆さまにお知らせ致します、大公殿下ご一家、そしてミレイユ様のご入場です!」
それはノヴァが口を開きかけた瞬間だった。朗々たる声と共に会場奥にある大扉が開かれ、ハーヴェント大公と大公妃、そして大公子妃夫妻が会場に入ってくる。
豪奢な礼服に身を包むハーヴェント大公と共に歩く大公妃は、長く美しい銀髪を結い上げ深い藍色のドレスは夜空を思わせ、銀糸の刺繍が星のように煌めいていた。
何より目を引くのが、彼女の輝くばかりに美しい肌だ。五十半ばの年齢の筈の大公妃は、十歳以上若返ったといっても過言ではない程美しく瑞々しい肌をしており、同年代の貴婦人達は若返ったかというような彼女の姿に釘付けだ。
続いて若き大公子夫妻が姿を見せる、セルヴェン大公子は白を基調とした礼服を纏い、プラチナブロンドの髪はシャンデリアの灯りを受け神秘的でさえある。
大公子妃であるアシェラは長い藍色の髪をポニーテールに結い上げ、真紅のドレスを纏いながら夫ともに微笑みながら歩いて行く、大公子妃の座を狙う貴族に命を狙われ、病の床に伏していたとは思えぬ美しいその姿に見る者は思わず息を吞む。
皆美しい大公家の人々に目を奪われていたが、もう一人歩いてくる少女に気付く、大公子夫妻に手を引かれ歩く少女の年の頃は七歳くらいか、背の半ば程まである美しい銀髪をリボンで纏め、最高級のシルクで作られただろう淡いピンク色のドレスを身に纏っている。そのドレスはまるで星空の光を集めたかのように淡く美しい輝きを帯びていた。
幻想的ともいえる輝きを帯びたドレスを纏う、美しい銀髪と宝石のような菫色の瞳を少女を前に招待客の一人が呟く、まるで妖精のようだと。
「ミ、ミレイユだと……? ま、まさかっ、ア、アイツは……!?」
「貴方っ、な、なんであの小娘が大公家の方々と居るのっ!?」
「な、何故、お前がそこに居るんだ……わ、我が家の出来損ないの癖に……!」
皆が美しい少女を見つめる中、ミレイユと呼ばれた銀髪の少女を見て、会場の外れで驚愕に顔を引き攣らせる伯爵家の三人。
銀髪に菫色の瞳を持つあの少女は伯爵がメイドに産ませた庶子で、魔法の実験に協力してもらいたいと提案した大公子に売り払った筈の娘だ。
魔法の才の欠片すらなく、出来損ないの烙印を押して嬲り虐げてきた少女が、何故大公家の方々と共に会場に入ってきたのだと彼らは動揺を隠せない。
彼らが混乱する中、ホールを見渡せる場所まで来た大公一家。ハーヴェント大公は集まった招待客を見回して口を開く。
「皆、忙しい中私の誕生日パーティに来てくれた事を感謝する。そしてここで私は一つ発表をしたい。ここにいるミレイユを、私たち夫婦の娘として大公家に迎える事にした」
大公の発表に、ホール内はざわめきに包まれる。しかしそれは決して不快なものではなく、むしろ好意的な驚きと好奇の入り混じった空気だった。
「ミレイユは卑劣な輩のせいで病に臥せっていた、我が義娘アシェラ大公子妃の回復に尽力してくれた。その恩義に報いる為に私は彼女を養女に迎える事にしたのだ。これは皇帝陛下からも承認を得ている。新たなる大公女、ミレイユ・アーグランドの誕生を共に祝って欲しい」
「大公女殿下、万歳!」
「なんと可愛らしく、そして美しいお姿か」
ハーヴェント大公の言葉が終わるや否や、ホール内は堰を切ったような拍手と歓声に包まれた。人々は口々に称賛の言葉を紡ぎ、グラスを掲げて新たな大公女の誕生を祝った。
当のミレイユは、その突然の熱狂に少しだけ驚いたように菫色の瞳を瞬かせたが、やがて大公夫妻に手を引かれながらゆっくりと前に進む。一歩一歩進むたびに、幻想的な輝きを帯びたドレスが波打ち、周囲からはため息が漏れた。
一方、ノヴァたち三人はと言えば、まるで心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃に、顔面を蒼白にして立ち尽くしていた。
「ば、馬鹿な……! あの無能が、大公女だと……!? あの小娘が、俺たちよりも高い地位に就くなど、あってはならない……!」
ノヴァは奥歯を噛み締め、震える声でそう吐き捨てた。伯爵夫人もまた、扇子を持つ手をわなわなと震わせ、憎悪に満ちた目で大公女となったミレイユを見つめていた。
「あの、下賤な平民の娘が……! 何かの間違いに決まっておりますわ。そう、大公家の皆さまはきっと、あの子の小賢しい嘘に騙されておられるのです。私が、この私が真実を伝えなければ……あの子がどんなに愚かで、出来損ないで、伯爵家の名を汚す存在かという事を……!」
伯爵夫人は周囲の喧騒に紛れるようにして、低く呪詛を吐き出した。彼女の目は、ミレイユがまとう妖精の如き輝きを帯びたドレスと、それを当然のように身に纏う姿を、どうしても現実として受け入れられないでいた。隣ではオルフィア伯爵もまた、青ざめた顔で何事かぶつぶつと呟いている。
「何故……何故なのだ? あの娘は大公子殿下に魔法実験に使われて、使い潰されて死んだとばかり……なのに、何故あの娘が大公女に……!? あんな無能が、た、大公家に養女として迎えられるなど、あってはならぬこと……! 我が伯爵家は、これからどうなってしまうのだ……?」
伯爵家の三人が会場の端で立ち尽くしていると、いつの間にか彼らの周囲の貴族たちがじわじわと距離を置き始めていた。先ほどまでにこやかに会話を交わしていた紳士淑女達は、今はヒソヒソと内緒話を交わし、オルフィア伯爵家に対して奇異の目や軽蔑の目を向けている。
近くで彼らの有様を愉快そうに眺めていた見事な口髭を蓄えた辺境伯がニヤニヤと笑いながら伯爵へと声をかける。
「君も大変だなオルフィア伯爵、事もあろうにこのめでたい祝宴の前に、大公女殿下を襲った容疑で娘と息子が拘束されたそうじゃないか? よくこの場に出れたものだ」
「は……? た、大公女殿下を……?」
「んん? ハハハッ、これは傑作だな! 自分の子供達が大公殿下のお怒りに触れるような事をしでかしたのに、それすら知らないとはなぁ!」
大公家に連なる貴族の重鎮であるガイゼン辺境伯の言葉に、オルフィア伯爵は血の気の引いた顔を更に青ざめさせた。ノヴァもまた、その場に縫い止められたかのように動けない。周囲で冷ややかな視線を浴びせてくる貴族達、それは皆大公家に連なる貴族達だった。
「ど、どういう事ですかガイゼン辺境伯殿……我が子らが、大公女殿下を襲った容疑……?」
うわごとのように尋ねる伯爵に、辺境伯はこれ見よがしに肩を竦めて見せた。
「本当に知らんようだなぁ、このパーティが始まる前に、君の子供達は中庭に一人で居られた大公女殿下に口汚い言葉を浴びせ、暴力まで振るったそうだぞ」
「ば、馬鹿な……! そ、そんなことはありえない……!」
「残念だが事実だよ。それで大公殿下のお怒りを買い、騎士団に拘束されているんだから」
いくらあの出来損ないを蔑んでいたとはいえ、大公城で騒ぎを起こすまで考えなしだったとは、ノヴァはあまりにも愚かで軽率な行動を取った弟や妹達に罵声を浴びせてやりたい気分だ。
父も母も辺境伯の言葉に信じられないと言う表情で顔面蒼白になっている、この状況は不味い。辺境伯の語る言葉を聞いた、太公派閥以外の貴族達まで自分達に冷ややかな目を向けてきている。
特に大公家と交流の深い貴族達から向けられる視線には侮蔑、そして明確な敵意すら感じられた。すぐにでもこの場から逃げ出したい、だがそれは出来ない。妹や弟達がまだ拘束されたままなのだから。
その時、ホールの中央から柔らかな、それでいて芯のある声が響き渡った。ミレイユの声だ。会場の視線が再び彼女に集中する。彼女は両親や義兄夫妻に促されるようにして一歩前に出て、観衆に向かって凛とした声で語り始めていた。
「皆様、ミレイユ・アーグランドと申します。突然のことで驚かれたと思いますが、私は今日より大公家の一員となりました。未熟ではございますが、皆様との繋がりを大切に、そしてアーグランド大公家の名に恥じぬよう努めて参ります。皆様、よろしくお願いいたします」
そう言って彼女は招待客に優雅な動作で一礼する。そのあまりにも堂々とした、しかし可憐な所作にホールは再び割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
大公妃が愛しげに娘の肩を抱き、大公子夫妻も微笑ましくその姿を見守っている。ハーヴェント大公は満足げに頷き、家族を見て柔らかい笑みを浮かべた。
「そ、そんな……いったい我が家はどうなってしまうのか……」
「さて、私は大公女殿下にご挨拶をしてこなければな、ハハハハッ」
その光景を目の当たりにしたオルフィア伯爵は、もはや足元が崩れ去るような心地だった。彼は会場の熱気から一転した冷たい孤立の空気の中で、声にならない呻きを漏らす。
魂が抜け去った様な有様の伯爵を愉快そうに眺めていた辺境伯は笑いながら歩き去っていき、三人は周囲の貴族から遠巻きに囲まれ非難や侮蔑の視線に晒される事になった。
立ち尽くす彼らへと、会場の警備の騎士が近付いて来る。
大公家に家族として迎えられたミレイユが幸せそうに微笑み皆から祝福される中、没落への道を転がり落ちていくオルフィア伯爵家の三人は、そっとホールの外へと退出させられたのだった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
大公女としてお披露目され、人々から祝福を受けるミレイユ。
彼女を虐げていたオルフィア伯爵家は苦しい立場に追い込まれ、没落への道を進む事になります。
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