お披露目パーティ① 元家族達との遭遇
季節は巡り、ついに大公ハーヴェントの誕生日が近づいてきた。帝都のタウンハウスで開かれるそのパーティの場で、大公女としてのミレイユのお披露目も行われる。
フレイによる指導で、ミレイユは立派な淑女としての礼儀作法とダンスを身に着けており準備は万端だった。
それに合わせて仕立て上げられたドレスは最高級のシルクで作られ、淡いピンク色に金糸の刺繍が施された豪奢なものだった。美しい銀髪と菫色の瞳に良く映えるそのドレスを纏うと、ミレイユの愛らしい容姿は一層引き立って見えた。
「ミレイユ、とっても綺麗よ。まるで妖精みたいだわ」
「お姉様こそ、とてもお美しいです」
アシェラは深紅のドレスを身に纏い、美しい藍色の髪を結い上げ、その成熟した美しさで周囲を魅了している。大公夫妻はそんな二人の娘の姿に目を細めた。
お披露目までにはまだ時間があり、緊張してきたミレイユは姉達に外の空気を吸って来ると告げて外に出た。
「ふぅ……き、緊張してきちゃったぁ」
『大丈夫ですよミレイユちゃんっ』
広い庭園に一人出たミレイユ、彼女が大きくため息を漏らすと、側を飛んでいる精霊ユーリィがきっと大丈夫ですと励ます。
ホールをチラリと見たが、既に沢山の貴族が集まっており、皇帝の名代として皇太子殿下も今日は来られるとの事なのだ、緊張しない筈がない。
大丈夫だろうか、上手くやれるかな、そんな不安に駆られギュッと胸を抑えていたミレイユへと数人の人間が近づいてくる。
「っ!? だ、誰ですか!?」
気配に気づき驚いて振り向いたミレイユの前に立っていたのは、彼女を虐げてきたオルフィア伯爵家の子供達だった。
「本当に大公家に居るなんて……死んでなかったのね」
「パパは大公子殿下の実験材料にされてる筈だって言ってたのに、どういう事なのこれ?」
「こらお前っ、何を突っ立ってる、いつもの様に這いつくばれ、生意気だぞ!」
何で生きているのよ、とでもいうように睨みつけてくる長女エリザと次女サーリャ。彼女達の間に立つ末弟のラアイズは、今すぐ這いつくばれとミレイユに言い放つ。
実験材料として買い取られた、父であるオルフィア伯爵からはそう聞いていた筈の出来損ないのミレイユが、大公領から来た馬車の車列で確認された。それを長兄であるノヴァから聞いた彼女達はパーティに乗じて大公邸内を探し、偶然中庭に一人で居たミレイユを見つけたのだ。
「ひっ……」
『ミ、ミレイユちゃんしっかりっ、い、今人を呼んできますっ!』
「っ……お、お願いユーリィっ」
ミレイユの身体にあの頃の恐怖が蘇る。冷たい石の床、食事も満足に与えられず、いつも腹を空かせ寒さに震えていた日々。少しでも彼らの機嫌を損ねれば、容赦のない暴力が待っていた。奴隷同然の扱いに、泣いても喚いても誰も助けてはくれなかった。
姿を消したままのユーリィは、大公家の人間を呼んでくるから時間を稼いでとミレイユに告げる。自分が姿を現し魔法を行使すれば彼女達を追い払う事も出来るかもしれないが、部外者に姿を見せるのは極力避けるようにと大公から言われているのだ。ミレイユが頷くと彼女から離れユーリィは飛んでいく。
「い、嫌ですっ……わ、私はもう……」
「何よその態度!出来損ないが生意気よ!」
「それより何そのドレス、すっごく綺麗じゃない、アンタみたいなゴミには似合わないわね。ひん剥いてやるわ」
「きゃっ!? や、やめてっ! これはダメっ!」
そのドレスはアンタには似合わないと嫌な笑みを浮かべて言い放ったサーリャがミレイユを押し倒し、彼女のドレスを無理矢理脱がせようとする。
しかしミレイユも必死に抵抗し、抵抗したのが余計に腹が立ったサーリャは彼女の頬を容赦なく叩く。頬が熱くなりジンジンと痛むが、それを堪えてミレイユはドレスを守る様に後退った。
「ゴミの癖に生意気よ! ラアイズ、コイツ押さえて、ドレスを剥いでから痛めつけて分からせてやるんだから!」
「わ、分かったよ姉さん。こいつめ、大人しくしろっ!」
「いやっ、やめ、やめてっ……!」
ミレイユは必死に抵抗するが、男の子であるアライズの力に敵わず拘束されてしまう。そしてドレスを剥ぎ取ろうとするサーリャに対しミレイユは叫び声を上げる。
エリザはその様を腕組みして愉快そうに眺めていたが、不意に背後から地面へと押し倒された。
「いぎぃぃっ!? な、何よっ!?」
「大公女殿下へのそれ以上の狼藉は許さない。そこの二人、今すぐ殿下から離れなさい」
地面に叩きつけられる勢いで倒れ込んだエリザ、彼女を抑え込んだのは大公家騎士団の鎧を纏う若い女性だった。
金髪を結い上げた彼女は、炎の様に赤い瞳に鋭い殺気を宿らせ、今すぐミレイユから離れろと言い放つ。
「ひ、ひぃぃぃっ!?」
「くっ……ぶ、無礼だぞ! き、騎士風情がぼ、僕らにこんな事をしてタダで済むと思うのか!? ぼ、僕らはオルフィア伯爵家の……」
凄まじい殺気を向けられ情けない声をあげてミレイユから離れるサーリャ。ラアイズは騎士風情が無礼だぞと叫ぶが、それを無視して女騎士はミレイユの側へと向かう。
「公女殿下、遅くなり申し訳ございません。もっと早く駆けつけるべきでした」
『ミレイユちゃん、大丈夫ですか!?』
「ユ、ユーリィ、この人を、連れて来てくれたんだ……あ、ありがとう」
芝生の上に倒れていたミレイユを抱き起す女騎士は、遅くなり申し訳ございませんと頭を下げてくる。
姿を見せずに側まで来たユーリィが大丈夫ですかと声をかけ、女騎士の登場は彼女のお陰だと知り感謝する。
「ウ、ウソでしょ!? コイツが大公女!?」
「何が大公女よ! その出来損ないは私達の奴隷よ!」
「コイツは我が家の汚点でゴミなんだ、死ぬまで僕らの玩具なんだ! 邪魔をするな!」
三人が騒ぐ中、更に騎士達が集まってきた。彼らは皆同じ鎧を身に着けており、大公家騎士団の団員だと分かる。
女騎士はその中の一人に目配せをし、それに従い騎士達はオルフィア家の三人を取り押さえたが、三人は未だに抵抗を続けている。
その最中に騒ぎを聞きつけた大公一家が護衛を伴ってこちらに向かってきた。
「何事だ……っ!? ミレイユ!」
「お、お義父様……」
「よくも私の娘を……この者達は誰だ!?」
真っ先に駆け寄ってきたハーヴェントは、ミレイユの腫れた頬と乱れたドレスを見て、その表情を怒りに歪ませる。彼は娘を守るように抱き寄せ、騎士達に鋭い視線を向けた。
「大公殿下、この者達はオルフィア伯爵家の者でございます。この中庭で公女殿下に暴行を加えておりました」
女騎士の報告を聞き、ハーヴェントの怒気が更に増す。彼の周囲の空気が重くなり、彼の強大な魔力が威圧感となって辺りを包んだ。
オルフィア伯爵家の三人は、大公が現れた事に今更ながら自分達の置かれた状況を理解し始める。
あの女騎士の言う通りなのだ、どういう経緯があったかは分からないが、ミレイユが養女として大公家に迎えられている。
その上で実の娘に対するように溺愛されているのだ。そしての溺愛する娘を傷つけられハーヴェント太公が激怒している。彼の眼は明確な殺意を宿していた。
「お、お待ちください大公殿下、私達は……」
「黙れ、貴様らの戯言など聞きたくもない! この者達を部屋に閉じ込めておけ、あとで沙汰を下す」
エリザが弁解しようとしたが、ハーヴェントの一言で遮られる。彼の言葉には有無を言わせぬ力があった。
一睨みで彼女達を射竦めた大公は、随行していた騎士団長へと告げると、騎士達はエリザ達を立ち上がらせ連行していく。
「すぐに治癒魔法の使える魔法使いを呼べ……セルヴェン、何故あの連中を招いたのだ」
「申し訳ありません父上、自分達が切り捨てたミレイユが、大公女になるという様を伯爵に見せつけてやろうと思ったのですが、まさかここまで愚かな行動をするとは予想していませんでした」
「……全く、厄介事を起こしおって」
早く手当をと指示を出す大公は、息子であるセルヴェンにどうしてオルフィア伯爵家を招待しのだと睨みつける。
その質問に対し、セルヴェンはミレイユが大公女として注目を浴びる姿を見せてやりたいと思ったと答える。しかしミレイユを虐げて来たオルフィア家の子供達が、この大公邸内で騒動を起こしミレイユに危害を加えるとは想像もしていなかった。
実に愚かな行いをしたと謝罪するセルヴェンを見て、ハーヴェントは呆れたように溜息をつくが、逆にこれは伯爵家を排除できるいいチャンスかと考え直す。
大公女を襲ったのだ、それ相応の報いを受けさせ、必ず没落させてやると彼は拳を握り締める。
「ご、ごめんなさいっ、せ、せっかく作って貰ったドレスが……」
「謝らなくていい、悪いのはあの愚か者達だ」
「で、でもっ、パーティの開始までもう時間もないのに……」
魔法使いに頬の怪我を癒してもらっているミレイユは、菫色の瞳からポロポロと涙を零しながら何度も謝罪する。
この日の為に仕立てたドレスは酷い有様で、これではお披露目など出来る筈もない。今から着替えるにしても間に合うのか分からない。大公家の皆が頑張って用意してくれたお披露目の舞台だというのに、台無しになってしまったと嘆く彼女の側にユーリィがそっと寄り添う。
『大丈夫ですミレイユちゃん、ユーリィにお任せですっ』
「え……? わわっ」
泣かないでと、涙に濡れる頬を撫でた精霊は片手を掲げて魔法を行使する。その直後ミレイユの纏うドレスが光り輝く。そして次の瞬間、彼女のドレスはまるで新品同様に戻っていた。
ドレスだけでなく乱れた髪も整えられ、全て元通りになっている。ユーリィの魔法で修復されたのだ。それだけではない、ミレイユのドレスは神秘的な輝きに包まれキラキラと輝いている。まるで星屑を集めたような壮麗な姿に、この場にいる誰もが目を奪われた。
『わ、私助けを呼びに行く事しか出来なかったのです。ぜ、全然足りないと思うけど、これで許してくださ……』
「ううんっ、足りなくなんて無いよっ、ありがとうユーリィ、私をいつも助けてくれてっ」
『ふにゃにゃっ!? ミ、ミレイユちゃん』
「これは素晴らしいな……ユーリィ、感謝する」
自分にはこんな事しか出来ないけど、と申し訳なさそうに俯くがミレイユに抱きしめられあたふたとするユーリィ。
ハーヴェントが驚嘆の声を上げると、ユーリィは照れくさそうにミレイユの肩の辺りに隠れた。その様子にアシェラも微笑みを浮かべる。
「まるで星を纏ったみたいだわ。ミレイユ、本当に綺麗よ」
「あ、ありがとうございます姉様」
「さあ、もうすぐお披露目の時間よ。皆が待っているわ」
メルヴィアが優しくミレイユの手を取る。頷く少女の顔にはもう先程の涙の跡はなく、代わりに決意の色が浮かんでいた。大公家の一員として、皆の期待に応えたい、その想いが彼女を強くしていた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
大公家のパーティーでやらかす元家族の子供達。トラブルから始まったお披露目は無事終わるのでしょうか……。
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