養蜂をやってみよう
大公城の敷地内に完成した温室、そこは貴重な薬草や美しい花が各地から集められ育てられている。
ミレイユの光魔法の力で活力を得た花々は美しく咲き誇り、薬草の一部は早くも収穫され大公家から皇室に献上され高い評価を得ていた。
「いつ来ても素敵な温室ね」
「ええ、ミレイユが魔法をかけて元気を与えてくれてるから、どの花も美しく咲き誇ってるわ」
「そ、そんな風に言われると照れちゃいますフレイ先生、お姉様……」
温室内に設けられたテーブルで茶会を開く姉である大公子妃アシェラとカヴァネスであるオルソン伯爵夫人の言葉に恥ずかしそうに頬を染めるミレイユ。
テーブルの上では精霊ユーリィが、ミレイユに分けてもらったケーキの欠片に自分で集めた花の蜜をかけ幸せそうに頬張っている。
この温室は大公家の憩いの場としても使われ、メルヴィア大公妃やアシェラは派閥の貴族達を招いて茶会を開いたりしていた。
茶会を終え城内へと戻ろうとしたミレイユ達だったが、入り口付近が騒がしくなっている事に足を止める。
「アシェラ様、ミレイユ様、こちらは危険ですっ!今入り口付近に蜂が集まっています!」
扉前で右往左往していた庭師の人が、ここは危険です、近づかないでくださいと両手を振って彼女達に呼びかける。
ミレイユが目を凝らして見れば、温室の入り口の近くに無数の蜂が集まっていた。前世で本で読んだ事がある、あれは分蜂中の蜜蜂だろうかと彼女は蜂達を見つめていた。
「蜂もここには入れないのでしょうか」
「その様ね、結界にそこまでの判定があるなんて」
遠巻きに騒ぎを見つめながら言葉を交わすフレイとアシェラ。この温室は貴重な薬草を育てている為、許可の無い者は入れない結界が施されているが、その判定は蜂達にも有効だったらしい、何度も入ろうとしても押し返されている状況だ。
『ミレイユちゃん、あの子達の話を聞いて来てもいいですか?』
「ユーリィ、蜂と話せるの?」
『はいですっ、あの子達困ってるみたいです』
「うん、じゃあお願いね」
庭師達が蜂達を捕まえてしまおうかと相談している最中、ミレイユの肩に乗っていたユーリィは蜂達と話をしてくると告げて飛んでいった。
蜂の群の側まで行った彼女は、しばらくするとミレイユの元まで戻って来る。
『あのねミレイユちゃん、あの子達ここに入って巣を作りたいって言ってるです』
「ここに? なんでかな」
『ここの花はミレイユちゃんの魔法のお陰で美味しい蜜をいっぱい出してるんです。それが欲しいって言ってます』
「そっか……どうしたらいいのかな……」
ミレイユは顎に手を当てて考え込む。蜂たちがここに入りたい理由は、温室の花々の蜜が特別に美味しそうだからという。それは光魔法の力で植物たちが活力を得ているからだろう。ユーリィもここの蜜が良いと常に言っているし、外の花々と比べれば温室の花の蜜は格別なのかもしれない。
「まぁ、この温室の花の蜜を求めて来たのね」
「はい、ただこのままだと庭師さんたちが蜂を追い払おうとしているみたいで……」
共にユーリィの話を聞いていた姉と言葉を交わすミレイユ。
庭師たちはすでに蜂を捕獲するための網や、煙を出す道具を用意し始めている。ミレイユは蜂達が傷つけられてしまうのではと胸を痛めた。
「蜂はまだ人を攻撃したりしてないし、むしろ花の受粉を手伝ってくれる益虫よ。追い払うのは惜しいわね」
「そうですよね……でも温室内に入らせちゃうと、交雑が起きちゃうかも……貴重な薬草が沢山あるしダメだよね」
「交雑?それは何なのかしらミレイユ」
「あ、いえっ、な、何でもないですっ!」
(あ、危なかったぁ……そっか、この世界にはそういう知識はまだないんだ)
内心で冷や汗をかきながら、ミレイユは苦笑いを浮かべる。前世の知識で蜂が花の受粉を手伝っている事、そして異なる花々が受粉した結果雑種が生まれてしまうと話してしまいそうになったのを堪えた。
そこでふと閃く、この温室には入らせてあげられないけど、中庭の花々にも少し魔法を使えば美味しい蜜が取れるかもしれない。そしてもう一つアイデアが閃いたのだ。
「この子達はここにある花の蜜が欲しいだけなんです。追い払う前に、私達に話をさせてください」
ミレイユは庭師達にそう伝えると、温室外に出てユーリィと共に蜂の群れの前に立った。庭師達は顔を真っ青にしてミレイユを止めようとしたが、アシェラが首を振って止めさせる。
「ユーリィ、この温室内は大事な薬草が沢山生えてるから入らせてあげられないの、でも貴方達が私との約束を守ってくれるなら、お城の庭で美味しい蜜が出る花を育ててあげるって伝えて」
『分かりましたですっ!あのね……』
ユーリィが身振りも交えながら蜂達へ説明を始める。すると騒いでいた蜂達が静かになり、代わりに一匹の大きな女王蜂がミレイユの目の前にやって来る。
くいっと身体を前後に揺すり、何かを伝えようとするその動きに、ユーリィが代わりに話をしてくれた。
『ミレイユちゃん、守れる約束なら受け入れるって言ってます』
「そっか、じゃあまず人を攻撃しないで欲しい。それと今から巣に適した箱を作ってもらうから、そこに住んで欲しいの……あとは蜜を幾らか分けて欲しいわ。それが守ってもらえるなら、巣箱の側に花も育ててもらえるようお願いするよ」
ユーリィがその内容を伝えると、女王蜂は羽音を震わせて何度か頷くように動いた。
『その約束なら守るから、住ませて欲しいって言ってます』
「ありがとう、ようこそ大公家の庭へ。巣箱を急いで準備してもらうね」
ミレイユが微笑むと、女王蜂はミレイユの鼻先に一瞬だけ近づき、また群れの元に戻っていく。そして蜂の群れは秩序を保ったまま、近くの木の枝へと固まり始めた。
「お姉様、すみません、勝手に決めてしまって……」
「いいえ、そんなことを気にする必要はないわ。ミレイユが蜂達と約束をしてくれたお陰で誰も傷付かずに済んだもの。でも、どうしても聞きたいの……一体何を話して来たのかしら?」
興味深そうに目をキラキラさせながら問いかける姉に、ミレイユは自分が蜂達とした約束を丁寧に説明した。
蜂達は温室の特別な蜜を求めていたが、その代わりとして中庭に彼女の光魔法で育てた特別な花を植え、巣箱を作って住まわせてあげる。その代わり蜂達は人を攻撃しない、そして蜜を分けてもらう約束をしたと伝える。
ミレイユはこの世界に養蜂という技術が無い事を知っていたので、それをあの蜜蜂達に手伝ってもらって再現しようと考えたのだ。
彼女は文官の一人を呼んで大まかな図面を書き、急ぎこの箱と枠を職人に作らせて欲しいと頼んだ。
大公子妃が彼女に協力するよう命じた事もあって、巣箱と巣枠はすぐに作られ、それを見て問題無いと判断したミレイユは、ユーリィを通じてそこに住んでいい事を伝えると女王蜂を中心に蜂達は新しい巣箱に移動してくれた。
「ありがとうございます姉様。新しく花畑を作るよう指示までしてもらって」
「気にしなくていいのよ、貴方のやりたい事を応援してあげたいの。それに、どんな蜂蜜が採れるのか楽しみなのよ」
蜂達の為に小さな花畑まで用意され、ミレイユはそこや大公家の中庭の花に光魔法を使って活力を与えた。
彼女に魔法をかけられた花々は成長すると美しく咲き誇り、巣箱に巣を作った蜂達がその蜜を求めて飛び回るようになる。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
この話を気に入って頂けたら、評価やブックマーク、ご感想を是非お願いします。




