第6話 初めての魔物狩り
白馬の口元に手を持っていくと、咥えていたものを落としてくれる。そこには、手に持つ宝石と同じものがはめ込まれたガラスペンのようなものがあった。魔法の杖だと言っていいだろう、一般的なガラスペンよりも長いだろう。
その馬は「ブルゥ」と、鼻を鳴らす。何だか、まん丸な目は狂気を持っている気がする。精霊は話せるはずだが、話してくれない。
「おい、お前。これは何だよ」
「世界神からのお詫びのプレゼントだってさ、伸びるらしいよ」
漸く話してきた。オレは探ってみる。その杖に魔力を流し込むとワンドからスタッフにまで伸びる。
「ふむ、氷を絡ませたら、槍にでもなるだろうな」
「確かに、そうだ。絵魔師って、結局はイメージを具現化するものだろ?」
「まぁ、現実にあるものや見たことがある物の方が、成功はしやすいらしいがな。第七……にあたるものもイメージ次第では、一つの術式で扱える利点がある」
ならば、オレはマスカットを思い浮かべてみる。ブドウの房、丸々とした黄緑の粒。ふと、頭の中の映像の中に言葉が浮かんだ、それをオレは口に出す。
「魔法の素よ、自然のキャンバスに描け」
呪文は確かな効果を示し、それを形作る。オレは、魔力の粒がマスカットになった所を見て安心した。しかし、自分の魔法に何の感想も抱かなかった。使えるのか、と言う感想は抱いたが。喜びだとか、そう言うのはなかった。
「それ、頂戴。お礼に頂戴」
「仕方ねぇな、毒見でもやってろ」
その馬は、オレの手から口で奪い取った。そして、もしゃもしゃと食べ始める。
「本当に食べるのね。私達が食べたら、どうなるのかしら」
「味はしない上にただの魔力補給薬となるらしいな」
父とユースティーナは、勝手に話している。その間に食べ終えた馬は「ブモッ」と鳴いた。美味しかったのか、まずかったのか。考えているうちにそれはオレに鼻を押し当てた。
「もっと、もっと」
「やんねぇよ、めんどくせぇ!!」
それに、心は仲良くなるなと言ってくるし。それに抗う気力は今はない。なんせ、ダンジョンに来ているんだ、こんなことに気力を使ってられるか。オレは切り替えて「お前、名前は何だよ」と、尋ねた。すると、諦めたらしく
「オパルス、よろしく」
「ウェインだ、精々がんばれよ。で、そろそろ行こう」
「私の子は、駒鳥なのよ可愛いでしょ。小さいのに、とても勇敢なの」
駒鳥のロビンらしい、可愛らしいものだ。そろそろ、行きたいなと思い「さっさと行く!」と、主張した。父は苦笑いをして、オレの肩を叩く。
「さて、では。お前達、第一階級は使えるか?」
「私は、使えるわ。第二階級までは、ある程度教えられているもの」
「問題はウェインか? 絵魔師は自然由来の物だから、そっちで補え。水も、飲まなければ一般的な水だしな。自然現象なら、ある程度は起こせるはずだ。ただ、お前の魔力内で起こせる範囲内という注釈がつくが」
どうも、父はあちらこちらで絵魔師について、調べたのだろう。オレは関心する。でも、それを素直には伝えられない。だから、ふいっと父のローブを引っ張る。
それを見てカルロスが手を叩き、この部屋からダンジョンの内部に入る場所を指す。
「杖も持ったし、丁度えぇ感じや」
「ふむ、そうしよう。ウェイン、行くぞ」
ウェインは父に連れられて行く。ユースティーナは「よろしくお願いします」と、カルロスに話しかけていた。それには「まぁ、気楽にいこや」と、カルロスが返している。
父がドアを掴んだとき「ここは、ダンジョンの中でも安全地帯と呼ばれる場所だ」と、教えてくれた。
「入り口、出口、両方あるな。下の階に降りる所も安全地帯や」
「なるほど、そういう所にキャンプを張ったりするのね」
「そう言う事やな、今回は一日で帰るで。社会勉強や。さぁ、進もう」
ドアを開けた時、狭い廊下に耳を生やしたプルンとした何かが居た。それが、何体もプルプルとした集団を形作る。
「あかんなぁ、一段階上がっとるわ」
「そうだな、行くか」
父は腰に着けていた剣を引き抜き「ピュッ」と鳴くプルンとした何かを切る。それは、パシャンと水をぶちまけて消えた。何か、小さな鉱石を落とす。
「魔力鉱石とも言われている。魔物が持っている鉱石だが、魔力に何らかの圧力がかかり自然にできる場合もあるからな、魔物鉱石とは言われていない」
「なるほど、宝石とかとは異なるんだ」
この世界の勉強をするのは楽しい。言葉には出来ないけれど。心の中にはきちんと楽しいと感じる部分はある。それがまだあることに安心した。いつか消えてなくなるのだろうか。そんな不安が背後に迫る。
「四級ダンジョンには、本来丸々としたスライムが多い。動物の姿を真似たスライムは居ないはずなんだ。これは、確かに魔物災害の兆候だな」
「オレが産まれたから?」
オレは、悲観的で苦しい心から膨れ上がる言葉をブレーキかけることなく吐いた。急に膨れ父は、目の前のスライムを片付けてオレの目を見た。カルロスが代わりに前に出る。
「そういう問題ではない、こういう災害は数百年ごとにある。いや、起こるからこそ世界神はお前を要石として選んだろう。たまたま、魔神もお前を選んでしまった。それは、お前の力が素質が優れているからだからだ。そうじゃなければ、被らない」
「そうかよ」
真剣な父の目から目をそらす。分かっている。本当に思っていなければ、危険な場所でこんな風に、目を見てゆっくりは話してくれない。
「世界の為に、生きることができる道があるのかな」
「あるとも、ウェイン。大丈夫だ、お前は本当は良い子なんだからな。私たちの大切な息子だ」
その言葉を嘘だと、心は叫ぶ。しかし、僕の心はほんの少し信じたかった。いつの間にか、オレの近くにスライムが居て父はためらいもなく剣を突き刺した。血のかわりに水……が流れる。
「さぁ、進みましょう。ウェイン、大丈夫よ。貴方が生まれてきたことが原因じゃないもの」
彼女が手を差し伸べてくるが、オレはそれを掴めなかった。ふいっと手で避けて、そのまま手を地面に向ける。
「そ、そうかもしれねぇけどさ」
「あら、意外と前向きね。行きましょ」
彼女は、さっき拒まれたのに、今度は楽しそうに父を追いかけていく。オレのこともダンジョンのことも怖くないらしい。
オレは……溶けたスライムから流れ出た、その内容物を見て、心にざわつきを感じていた。そしてなにより、ダンジョンに恐怖を感じていた。
初めての魔法は、オパルスに食べ物をやっただけ。もし、魔物に刃を向けていたのなら、オレは……どんな感情を抱いたのだろうか。
不安に押しつぶされそうになり、頭を振り、足を進めた。
魔法が使えた、魔物やダンジョンについて覚えた。それで、一つ、足を進めることができたのだ。そう、思いたい。
「待てよ、置いてくな!!」
「来なさい、ウェイン。早く行くぞ!!」
「そやで、はよ進もか!!」
父とカルロスの言葉に頷いて、ウェインは駆け出す。オパルスは後ろからついてくる。言えはしないが、頼もしい仲間だろう。
一階から二階に降りることができた頃。
父は違和感を感じたらしく、手でオレらを止めた。
「嫌な予感がする、臭わないか?」
「あぁ、こりゃ……グサクサでも咲いてるやろな」
グサクサ? と、首を傾ける。カルロスは「あぁ」と声を上げて、オレに教えてくれる。
「グサクサはな、歩く植物の魔物や。それがな、息が臭いんだよな……。まぁええわ、ウェイン。やってみぃ。大丈夫やから」
ただ、数分前に考えたことが……。今、現実になった。生きているものを殺す、それを肯定しようとする心がある。
どうせ、魔物はやられる未来しかないのだ、生きている意味はないと、心が誘ってくる。
オレは……魔物を狩ることを楽しんだら人として終わるんじゃないかと恐怖を感じている。なにより、魔物を殺すことを、僕がストップを掛けている。
それでも、父やカルロスに誘われれば仕方なかった。それを、拒めるだけの力はないのだから。
ドアを開けた父と一緒に見る。
確かに、根っこを足のようにして歩く魔物がいた。ヒマワリのような姿をしていて、まぁるい口がある。それは歯がギザギザしていて、涎が垂れている。その涎から異臭が漂っていた。ビロンビロンと前後ろに動かしているが、酔わないのだろうか。
しかし、確かに臭い。息が臭いというか、生臭い匂いがするのだ。
「魔法の素よ、自然のキャンバスに、魔物の周りに炎を描け」
オレは……、魔物に纏わりつく炎を描いた。すると、すぐにその炎が燃え上がる。今、着火したという程度ではなかった。最初から、燃え上がっている姿になった。
「キィッ!!」
燃え上がり、変な声を出す。植物と言っても生きている植物らしかった。
叫び声が耳に痛い。耳を塞ぎたくなって、オレは……杖を落としかける。それを、強く握り何とか耐えた。自分の魔法の結果だ、オレは……きちんと見なくてはならない。
「魔物を狩ることは間違ったことではない。人のためにだ。馬や牛、鳥……それらの命を頂き食べること、それと似ていること。まぁ、すべてが一緒ではないがな。これは、どうしようと食べられない」
「食べられるやつもあるのか?」
オレは、素直に尋ねる。こういう質問は、心は邪魔してこないらしい。
しかし、焼け焦げしなびた植物のような何か、それを見て、これが正しい行動だと褒める言葉が聞こえる。いつもなら、叱り、悪い行動を促すだけなのに、今回は「正しい」と、心が訴えてくる。
「あぁ、食べられるよ。三級ダンジョンから出てくるかな。また、行ってみよう……。もしかしたら、いるかもしれないが……」
「はい!!」
オレは、返事をして歩き出す。まだ、ユースティーナの手を握っていたほうがマシなのは分かっていた。でも、手を握ることなんかできなかった。
「あら、ウェイン。握ってもいいわよ!」
「うっせぇ!! 黙ってろよ!! バカァ」
「ちょっと、貴方!! バカって何かしら!!」
ユースティーナが怒ってくるが、別にいい。と、思った。まだ、こうして怒ってくれるうちは安心だ。大丈夫、まだ、オレは大丈夫。そう、言い聞かせて、オレらは父を追った。
「今日は、お前が魔法を使えた記念だ。気楽に私たちに任せて、ダンジョンというものを学びなさい」
「分かった」
ウェインはユースティーナと手を握っていれば、少しは呪がマシになる。それは、感覚で理解してしまっていた。オレは嫌だが、僕の意識がそうしろと言ってくる。
でも、手は握ることができなかった。




