第5話 迷惑な人と綺麗な馬
「ウェイン、朝が来はったで!」
カルロスは朝から眠いと言わせないほどに勢いよく、布団を剥いでくる。朝は丁寧に言わなくてもくるだろ。と、思いながら、カルロスを睨んだ。まだ、日が昇り始めた頃合いで、眠いったら眠い。まだ、心は静かだが別の意味でイラついている。
「煩いな! なんだよ、朝といってもまだ暗いだろ。寝かせろよ!」
「いや、ちょっといい見学先を見つけたんよ。行くで、はよ準備しぃ」
単純に眠いだけのオレはカルロスに抱え起こされ、着せ替えされた。最後には防塵や防火、防水の術式がかかったローブを着せられる。どうやら、何か事件でも起きているのだろうか。
「何かあったのかよ」
「困ったことに……ダンジョンや、森におる魔物の能力が一段、上がっとるんよな。その調査に、オライオン様と一緒に行こか」
正直、面倒だが行くしかないだろう。そんな事で困る事なんかないだろうに、と思う事は口にはしなかった。
「わーったよ。でもな、面倒な事を、朝から、言ってくるな!」
「悪いの俺ちゃうんやけど。まぁ、えぇわ」
カルロスは人懐っこい顔を見せて、俺の手を掴んで引っ張る。これは、行くしかないんだろうなと思いながらも「行かねぇから!」と、腕を外そうともがいた。
「まぁ、行かんでもえぇけど。お前が、勉強したくないって言うんやったらな」
「なんだよ、授業するのかよ」
「そうやなかったら、俺はまだ寝てるわ。俺かて、叩き起こされてるんや」
オレは「ふん、ざまぁ」と、笑ってやる。しかし、カルロスはグイッと引っ張って歩いた。行きたくねぇし、行く必要もねぇじゃないかという心の声に従おうとしたとき、カルロスは立ち止まる。
「ユースティーナも一緒やから、安心しぃ!」
「ぜってぇ、父さんの指示だろ、これ!」
「せやで、それやから連れて行くんや。いくで、何事も勉強や」
仕方なく歩けば、カルロスは「それでいい」と、笑った。彼と向かった宮殿の出入り口で、固まっている集団を見る。真っ先に気が付いた父がオレを見る。
「オライオン様、連れてきましたで」
「カルロス、お前はウェインとユースティーナを頼むぞ」
父が近づいてきて、撫でようとしてくる手をかわして「ふんっ」と、鼻を鳴らす。父は仕方ないなと言う顔をしてオレの背中を撫でた。
「守りながら指導はしますわ。ぶっつけ本番で、えぇんですか?」
「絵魔師の多くが、基本的には頭に浮かんでくる形で術式を理解している。故にギフトは神の贈り物と言うんだがな。なにせ、初めて絵魔師の記録があるのはイーリス王国の初代女王だ」
カルロスは「了解です」と、応えてオレの手を離す。そして、オレを馬車に押し込んだ。カルロスが乗り込み、カバンから甘辛く焼いたチキンとレタスを挟んだパンと水を渡してきた。それを、奪い取って、朝食を済まそうとパンを口に入れた。
「今回、調査するダンジョンはそう離れていない。王都から一番近く、アスター魔法学院の実習ダンジョンにも認定されているほど、安全は高いダンジョンだ。しかし、どうにも一段階、レベルが上がっているんだな」
「なるほど、分かりましたわ。俺も行っていたし、協力はしますわ」
オレが渡されたものを食べ終わった頃。馬車は一度停まり、父はユースティーナを馬車に乗せた。彼女は「ありがとうございます」と、お礼を言っている。彼女は、ズボン姿で動きやすい姿だ。ある意味、新鮮な姿かもしれない。絶対に、オレは褒めたりしないが。
「よろしくお願いします。カルロスさん」
「任せとき、まぁ。こいつが、大人しぃしてくれたらえぇんやけど」
「うるせぇ、そんな事を言うなら行かないからな!」
カルロスが頬をつついてくるので、手を振りはらって睨みつける。カルロスは、オレの側にいるときはいつもこんな風に軽いし慣れ慣れしい。それは、父にも同じらしい。でも、怒られている所は見たことが無い。
「ご機嫌斜めやわ、どないしはります?」
「行かせるに決まっているだろ、ウェイン。これは命令だからな」
「へいへい、仕方ねぇから行ってやるよ」
ユースティーナは「素直なのね、今日は」と、楽しそうに眺める。確かに、今日は楽しんでいるのかもしれない。今日に限って、心は随分と静かだ。目を瞑り、そのまま静かな心でいてほしいと願っていた。
王都から出た馬車は暫く道なりに進み、到着した。父に「早く降りなさい」と、急かされて降り立った。そこには、まるで小さなピラミッドのような場所があった。ただ、入り口が大きく存在している所がピラミッドとは違うかもしれない。
そして、ダンジョンから少し離れた場所には、町があり人の生活があった。
「これが、第四級ダンジョンだ。ダンジョンは上から第一級から第五級となっている。第五級は今まで魔物が居なかったが、発見されている」
「まぁ、予見はされていたことや、一つ一つ解決していかなあかんな」
父とカルロスはダンジョンを見ながら、説明してくれる。オレは、朝は落ち着いていた悪い心が膨れて来るのを感じていた。勉強には前向きな心は生きる事には後ろ向きだ。
「ふん、どうせ。オレなんかお前のせいでそうなっているんだと、捨てられるだけだろ」
「ウェイン、お前を見殺しにしたりはしない。人を信じろ、信じようとしてみろ」
「死んだら、困るんだろ。生きてはやるよ」
前を向いて、オレはダンジョンを指し「中に入るのか?」と、問う。父は頷き、そのダンジョンの扉に触れた。すると、ドアは開く。
「ダンジョンは魔力で開ける。さぁ、行くぞ。お前たちは周辺の調査をしろ」
連れて来た人たちに指示を出し、父は中に入って行った。オレはユースティーナをほって向かおうとした。しかし、彼女はぎゅっと握って来る。
「握るなよ、カルロスと手を繋いでおけ」
「嫌よ、貴方が良いもの。だって、護ってくれそうだし」
ユースティーナは嬉しそうに手をぶんぶんと振ってくる。彼女の魔力の温もりが、オレが持つ彼女や周りの人を傷つけようとする心を落ち着けてくれる。
「仕方ねぇな。行くぞ」
「えぇ、どんなのか楽しみね」
彼女を引っ張り、父の後を追った。その中へと入るとき、水に入ったような何かに包まれるような感覚がした。そのまま、進み父の背中を見つけた。外から見たら、狭いような空間は何かを隔てて大きな空間へと様変わりしていた。
「あぁ、来たか。お前達、契約精霊は準備したか?」
父はワシを従えていた。大きな翼をもぞもぞと動かしている。父は愛おしそうに、その子を眺めている。
「ウェインはまだ会っていないのか? そうだったな、これだ。覚えているか?」
「あぁ、覚えてるよ、そんなすぐ忘れねぇよ⋯⋯」
オレは「我、自然との対話を求めるものなり」と、唱える。すると、それは堂々と姿を現した。
カラフルな淡い七色の翼、ピンッと立った耳、ひくひくと動くピンク色の鼻先、何より真っ白な体。前足は、何かを催促するかのように、動いている。そして、口元には⋯⋯何かある。
「あら、可愛らしい。天馬よ、ウェイン、とっても、とても可愛らしいじゃない!」
「しかも、珍しぃ、白馬やなぁ。綺麗な子や、あれなんか持ってるわ。受け取ってみたらえぇんちゃうか」
オレは恐る恐る、その白馬へと手を伸ばしていった。これが何かの手違いで贈られてきて噛まれたらどうしようか、と悩みながら。




