第4話 絵魔師の資料を得て
「入るぞ、ウェイン」
ノックをしてきたのは、父のオライオンだった。見に行ったカルロスがすんなりと、入らせる。
オレは急なことで、何をしていいのかわからなかった。ただ、ただ……ベッドのうえにいる。一応、もぞもぞと動き、ベッドの上で座った。
父はオレの近くに座る。手にはそれなりの大きさのものがあり、父は柔らかく笑っていた。
「ウェイン、体調はどうだ? 苦しくはないか」
「別に、どーでもいいでしょ。オレのことなんて」
ふぃっとそっぽを向く。まっすぐに愛情を向けてくるから父と話すのは怖いのだ。愛なんて間違いだって心は言うのに、父の行動は正しく愛情がにじむ行動ばかり。
愛されたい気持ちとその愛は嘘だという気持ち、心が二つあって余計に息苦しい。
父はオレの手を握る。あぁ、やらかしたな手を隠していたらよかったのに。震えるオレを父は握った手と反対の手で背中を撫でる。
「ウェイン、駄目だ。そんな事を言わないでくれ、逃げなくていい。甘えていいんだ。お前がユースティーナに意地悪ばかりする理由がわかった。気づいてやれなくて悪かった」
父を見ずに何とか耐える。手を振り払って、逃げたくて仕方ない。
「ウェイン、ただ……。国王は、お前を監視すると言った。すまない、私が、弱いばかりに……すまない」
「別に、どうせ、オレなんて信じられて無いだけだ」
父はキュッと手を握る。愛されているのに、それがとても辛い。逃げてしまいたくて、父の顔を見たくない。
「これからも、人として正しくあろうな。頑張ろう、一人じゃない。それに、お前に死なれては困る。愛しているからこそ、お前に魔界災害の原因になってほしくない」
背中を撫でる手はとても、温かくて、優しい。
「ただ、お前には、魔法をきちんと学んでほしい。お前が狙われては、問題になる」
「使えないほうが、都合がいいだろ。誰かを狙っても、弱いままのほうが、都合がいいじゃねーのか?」
手を振りほどこうとして、父に強く握られた。でも、ほんの少し、優しかった。
「駄目だ、ウェイン。そうやって、自分を下げて傷つけては駄目だ。お前が倒れたあと、メリル神は仰っていたよ。まだ、間に合うと、お前はまだ正しくない事を正しくない事だと認識できているから」
父が、なでる手を止める。
「ユースティーナときちんと、信頼関係を築くことができれば、間に合うと、おっしゃった。だから、諦めないでくれ」
「……。ほっといてくれ」
「カルロスから、正しく魔法を学びなさい。アーティからは魔法陣と魔法癒学を学びなさい。命令だからな、お前が楽しく学んでいる報告を楽しみにしている」
不意に、顔を上げてしまった。父と目が合う。
「学んでも……いいのか?」
「あぁ、勿論だとも。私はお前がたくさんの魔法を使うところを見たいよ」
父の期待に答えていいのだろうか、心はスンッと静かだった。何もなかった、学べということだろうか。
「学びたかったよ……」
素直な気持ちだった。学びたい、知りたい、それはずっと胸のなかにあった気持ちだった。
「勿論だとも、沢山知って、沢山失敗して、学びなさい。私は、お前の味方だ」
何度も繰り返される言葉、ほんの少しだけオレの心にも届いてくる。
「お前に渡すものがある。これが、それだ。監視目的でもある……が、私はそうは思わない、お前の成長を側で見守らせてくれ」
父の言葉に驚く、どうしてそんな事が言えるのだろう。こんな、どうしょうもない、オレを。
愛してくれるのだろう。心は嘘だというけれど、愛してくれているのだ。
もし、僕が転生していなかったら、既に手を付けられないほどに悪役王子をしていたんじゃないだろうか。そう思うほどに、僕の心は愛を感じている。反対に、オレの心は愛を拒絶している。
そして、ベッドの上に置かれたのは、少し分厚いが前世で言うスマホのようなものだ。
「多機能通信魔法具だ。開発者は、マルチ通信魔法具をマルマグと呼んでいた。まぁ、まだ研究段階なんだがな。これは伯爵以上及び二級探索者以上が保持している。あとは、イーリス王立バーベナ魔法学院の生徒会か」
父は面白いだろ、とオレに笑いかけてくる。なるほど、スマホのような何かはマルマグと言うらしい。変な名前だな。
「大切なものだからな。魔力蓄積装置がついているのと魔力波を認識する装置がついているから少し重いぞ。無くさないようにな。ギルドの登録もそこにするからな」
そして、オレにつける時計型の何かも渡してくる。そして、それは父が腕にはめた。きちんと、時計としても使えるらしい。
「腕時計の方は、お前の魔力の量や乱れなどを教えてくれる魔導具だ。その情報は特殊な魔力波を通して、私たちにも伝わる。お前の体の不調をちゃんと理解してくれるものだ。大切に扱うんだぞ」
「うん……」
「ははっ、大人しいな今日は、良い子だ。ウェイン、苦しいと伝えることも、嬉しいと伝えることも難しいんだろう。メリル神はこの呪を名も無き呪いと言っていた。名前は無いそうだ、魔神しか使えないから」
父が、ポンポンと肩を叩いて、握っていた手を解く。そんな時……。聞き覚えのある声がした。それに「お待ちください!」っと、侍女たちが追っている。この現象、昨日もあったような気がする。
そして、昨日と同じくドアがバッタンッと勢いよく開かれた。今日は濃いめのミルクティーの髪は、ハーフアップにされている。そして、青いリボンで結ばれていた。
「煩いやつだな、静かにしろよ。入ってくるな」
「あら、昨日言ったこと忘れたのかしら?」
昨日、何を言われたのかは覚えている。オレを矯正するとか、人を信じろとか、言ってきた。オレは黙った。覚えている、そう言うことができなかったから。オレは、彼女を傷つけるようなことしか言えない。
「ねぇ、ウェイン。入っていいかしら? あら、オライオン様、ご機嫌麗しゅう」
「こんにちわ、ユースティーナ」
ユースティーナは笑顔でこっちを見る。これは、許可しないとあとで酷い目に遭いそうだ。しかし、心は嫌だと叫ぶ。
「……好きにしろよ、バーカ」
「私はバカじゃないわよ、ウェイン」
むっ、と頬を膨らませた彼女がベッドに寄ってくる。彼女は少し不機嫌そうだ。原因はオレなんだけど。彼女はベッドの横にある椅子に座る。いつの間にか増えていた。
「……そうかよ」
「そうよ。まったく……ちゃんと、儀式は終えたのね?」
「お前が言ったんだろうが! 行けって」
そうだ、彼女が言ったのだ。なにか、いけば人生が変わるとか、言い出したのはこいつだ。
ユースティーナが、嬉しそうに笑う。
「そうね。言ってくれたって聞いて安心したわ、ちゃんと人の言う事聞けるじゃない」
んふふ、と笑う彼女にため息が出る。父も楽しそうに笑った。
「どうやら、相性はいいようだな。ユースティーナ、父君から話は聞いたかな。すまないが、この子のことをよろしく頼むよ」
「えぇ、勿論ですとも。この、ツンツン男子を矯正してみせますとも」
「ははっ、それは心強い。ウェイン、ちゃんと、彼女の話を聞くんだ。これから、なるべく一緒に過ごさせる」
フンッ、と鼻を鳴らしてオレはそっぽを向いた。
「どーせ、飽きるんだろ。ただの一過性の何かだ」
「でも、儀式には行ってくれて嬉しい。貴方を信じていたもの。何のギフトを得たの?」
「……絵魔師だとよ。なんなんだよ、聞いたことねーし……」
オレの心は本気で一過性だと思っている。彼女はきっと、一週間ほどで、飽きるだろうって。その時、カルロスが、本を渡してきた。
「絵魔師の資料や、読んでみぃ」
カルロスから渡されたのは、ギフト調査書だった。絵魔師と書いてある。
「……いらない」
「なら、私が読むわ」
隣からユースティーナがひょいっと本を取る。そして、本を開いた。そして、ユースティーナは皆に聞こえるように、朗読する。
絵魔師とは、自然を見て、聞いて、触れて、感じ、それを描く者。自然とともに生きるものである。
風を描く、水を描く、土の壁を描く、植物を描く、雷を描く、光を描く、影を描く。紙に布に、空に、地面に、海に……それらに描き出したものは、貴方の意思で、果たすべき役目を果たす。
絵魔師が描いたものは、実物として、現象として現れる。それは、自身の力と自然の力が合わさりなせる技。
絵の具は必要ない、常に魔力が絵の具となる。
本来ならば、地面や紙に描くべきものを、手の届かない場所に描くことができる。魔法陣などもその一つだろう。
それこそが、絵魔師の力である。誰かが複製師とも言った。しかし、それではない。なぜならば、絵魔師が描いた食べ物を精霊が食べ始めたからだ。
人が食べれば、それは魔力が弾け食べ物ではなくなる。しかし、精霊が食べれば、それは極上の味がするという。そして、精霊たちは願いを聞き入れる。
絵魔師は精霊たちとの絆を深める、とても、尊い存在であるといえよう。
貴方が持つその杖こそが筆となり貴方が描こうと思うところに、描こうと思ったものが存在するだろう。
絵魔師は貴方のイメージ次第で幾千もの可能性が広がる力だ。広く学び、深く学ぶ、常日頃から観察し、世界を理解していかなくてはならない。
絵魔師は実に少ない。故に、研究は困難さを抱えている。しかし、必要な記録である。許可が取れ次第、記載を続けていく。
書き手 ハワード・エルトン
エルトン家の人か……母の家系の人間ではないか。
その本が正しければ、絵魔師はイメージを形作るものなのかもしれないようだ。
「絵魔師は、絵を動かす魔法とイメージを具現化する魔法を使える。武器に付加したり、武器そのものを作ることも可能だな」
「イメージ力次第なのね!」
「そういうことだ……。まぁ、いい。ウェイン、これからはまずは勉強だな」
父に言われて仕方なく「わーったよ」と、返事をした。父はキョトンとしてから「素直だな」と言った。
「これで素直なのかしら? もっと頑張って、素直にさせるわ!」
「そのやる気、どこから出てんだよ!?」
「ひどい!!」
ユースティーナが、楽しそうにオレにくっついてくる。ウェインとしては、めんどくさくて何もしないことにした。あぁ、鬱陶しい。でも、彼女と触れ合うことで感じられる魔力は心地が良かった。
明日からは……勉強が待っているらしい。まぁ、仕方ないからしてやるか。




