第3話 事件の香りは潮の香り
森を抜けて川を越えて、イリスフロスへと到着した。王都から五時間以上掛けて到着したわけだが。
ユースティーナは景色にキラキラと目を輝かせていた。なにせ、春真っ盛りの時期、花は輝きを放っていた。
「……すてきだわ!! 後で、お散歩にいきましょうよ!!」
「そうだな……。きれいではあるよな。行かねぇよ!」
「行きましょ、きっと楽しいわよ!!」
王都よりも賑わいがありそうな気がしてならない。人も馬車も生き来し、笑顔があふれている。何せ、王弟殿下のお膝元として有名だ。父も、基本は王都にいるものの、たびたびここを訪れている。
このベルスフロスにも港はあり、その港からの馬車や魔車そして内陸からの馬車や魔車も入り乱れている。王都に入る大半がここを通っているのは、確かなのだ。
そして、森を通る道と海辺を通る道の二か所があるため、今回の魔物の発生は特に問題視はされていない。が、万が一これから増えた場合は、対応をせざる得ない状況である。
「取り敢えず、ギルドに報告して上にあげさせるで」
「わーったよ」
魔車は、ある屋敷に着いた。降りてみると、花の香が穏やかな風に乗って伝わってくる。ほっとした。
オレのそばではオパルスがいる。オレの背中に顔をこすりつけていた。
白を貴重とした屋敷は領主館だと言う。一種の城であり、美しい。教会のようなステンドグラスがはめられ、キラキラとしている。
そして、その中から出てきたのは若い男の人だった。金髪に淡い水色の目をしている。カルロスは真っ先に彼に話しかけていた。
「オライオン様から、お話は伺っております。一週間ほど滞在なさるとか」
彼は、予定を知っているらしく、驚いたものの「そうだ」と、頷いた。そもそも……オレは、滞在期間は初耳である。ユースティーナもオレの隣で「一週間も!!」と、大喜びだ。
「よろしゅう頼みますわ。カルロス・ボンドや。よろしゅう」
「領主補佐官のカイと申します。はじめまして、ウェイン様、ユースティーナ様。何かございましたら、対応いたしますので、よろしくお願いします」
「よろしく」
オレは、そっけなく返した。が、ユースティーナはオレの腕と自分の腕を組んだ。
「そんなに素っ気ないと勘違いされるわよ。もう少し笑顔を作れないかしら?」
「うるさい、ほっとけよ」
フンッと顔を背けて、隣のカルロスを見る。しかしカルロスはオレの頭に手を乗せてグリグリとしてきたのだった。
「あかんで、ウェイン。お前は、ユースティーナと仲良くしぃ」
「わーったよ、すればいいんだろ。す、れ、ば」
イラッとして、ウェインは腕を外そうともがいた。しかし、思ったよりもユースティーナの力は強い。オレは男なのに、どうしてこんなにも非力なのか。振り払いたくても、払えなかった。グッと力を入れられて抜け出せない。
「私は、貴方の心を癒してあげたいの」
まっすぐなペリドットの目が、オレを優しくなだめてくる。カイが微笑ましそうに眺めていた。
「いや、女の子は早熟ですね。こちらにどうぞ」
カイは中へと案内して、応接室にオレたちを連れてきた。
「まずは、お疲れさまでした。何か、森の中に変化はありましたか?」
まず先に、彼は森の中の変化を尋ねてくる。調査というのはそういうことらしい。カルロスはオレが書いた調査資料を彼に手渡した。
「タテムシが出てきとる。それは、注意せなあかんな。特に氷魔法が使える人を呼んでくれ」
「氷を使えるのは、第四階級ですよね。あー、分かりましたよ。配置します……でも、報告なかったんだけどなぁ」
彼は「すぐにギルドに報告してきます」と、立ち上がる。が、カルロスが待ったをかけた。
「この子らも連れて行くことにするわ。おいで」
「歩きでいきますけど。それでもいいなら……」
「オレがおるさかい、大丈夫や。ジゼルは個々の使用人と仲良くしておいて」
「承知しました」
後についていたジゼルは頭を下げる。オレは立ち上がって出入り口に向かったカイについて行った。外へと出てから、街へと向かう。街と領主館は少し離れていた。
「街の中央にギルドが存在します。そこにギルド校とギルド孤児院がありますね」
「孤児院もあるのか? 神殿の役割じゃない?」
物語において、よくそういう役割を持つのは宗教団体だろうと僕は思い素直に返してしまった。カイは、嫌な顔をすることなく話をしてくれる。
「そうですね、神殿には体の不自由な孤児や病気持ちの孤児の子が多いです。こちらは、体がある程度丈夫で健康、元気がいい子が多いです。将来的に、探索者校に入って、探索者になれる子ですね」
「なるほど、どこを目指すのか、何の支援が必要かによって場所を変えているんだな」
どうやら、少なくともここは苦しみを抱えた子どもと元気で動きたい子どもを分けて育てているらしい。
「えぇ、特にここはの話なんですがね。オライオンさまがおっしゃったのですよ、夢を持つことはいいことだ」
カイは立ち止まりオレを見て言った。
「そして、苦しみを一度抱えてしまった子たちだからこそ、何かを努力すること努力することで人に褒められたり感謝されたりすること。それを、知ってほしい。そう、おっしゃっていました」
父の優しさを、知った。カルロスは「優しい人やからなぁ」と、言葉を紡ぐ。
「教会へは支援員も増やしてあります。ウェイン様、あなた様もオライオン様のような優しさをきちんと、育んでください。私も事情は知っています。ですが、私たちオライオン様と関わる者は、あなたが父君の温もりを受け継いでくださることを信じていますよ」
父ともカルロスとも違う人からの言葉、オレはその言葉がとても痛かった。心に刺さるような、ズキリとした痛みがある。
居心地が悪い。オレは「そ、そうかよ……」と、言って黙った。黙ることが正解であるから。カルロスもユースティーナも、静かに見守っている。
「オレは、どうしたらいいんだろうな」
「私は、あなたと一緒に生きていたいわ。あなたはどう?」
「……。オレはお前を愛せない。でも、オレ……お前が、嫌いじゃない」
そう、オレはユースティーナを嫌いじゃない。知りたいと思っている。何のために知りたいのかは、よくわからない。詳しく知ればもっと嫌われることに使えると思っているのだろう。
運よく彼女の腕が緩んだ。だから、オレは腕を引き抜く。
「さっさと行くぞ!!」
「ウェイン、ちょっと、待ってよ!!」
言葉を聞きたくなくて、慌てている彼女を置き去りにしてオレは、ギルドへと向かった。
「ふふ、少しずつ成長してるんよな」
「そうかもしれませんね」
二人が、楽しそうに話してオレたちを追いかけてくる。オレは、真っ先にギルドの扉に到着したのだった。そして、ギルドの扉を開けば……。
「あぁ、これはこれは……カイ様」
「ギルド長、どうなさいました?」
ギルド長と呼ばれた人は何処か慌てているのか。
「実は……海の方で問題が起こっていて」
「海? 何かあったのか?」
オレは気になり、ギルド長へと尋ねた。
「えぇ、大きな魔物が出るようになったんですよ。ですので……」
「ほな、明日に海に行こか。取り敢えず、その初期調査の資料を見せてくれや」
「あ、あぁ。これだ……」
カルロスがギルド長から何かを受け取る。そして読み込んだ。ユースティーナが、何処か不安そうにしている。支えてやれるほどオレの心は優しくはない。
「なるほど、全長約十五〜二十メートルほどのサメのような何かやな。一般的なサメより泳ぐスピードも速いと……こりゃ、厄介な」
「二週間ほど前から現れ、どうにも困り果てていて……」
「なら、オレが仕事引き取ろか。これで処理しとき」
ギルド長と話していたカルロスはカードをギルド長へと渡す。確認したギルド長は目元を緩めた。
「あ、あぁ。これなら、許可できる。頼んだぞ」
「それと、森の調査書や。軽く調査した程度やから詳細調査は頼んだで。森より海の方が困ってるみたいやし、そっちに顔出すわ」
しかし、事件の香りは潮の匂いとともに運ばれてくるようだった。




