第15話
「かあちゃ……かぁ……」
夥しい鮮血を撒き散らしながら、死にゆく男達の瞳から、精気が失せる。その屍を騎兵が踏み砕いて、敵陣を粉砕する。陣中で孤立した騎兵は引き摺り下ろされ、必要以上に打ち殺される。騎兵への加虐に耽る歩兵の上に、弓矢が雨の如く降り注ぎ、血の池で地面がぬかるむ。人と馬の臓物に塗れた大地に、いまか今かと烏の群れが、上空を舞っていた。
聖女は嗤っていた。流れ矢を受けて落馬し、愛馬に見捨てられてもなお、絶望に染まることはなかった。
それは盲目的な信仰によるものだった。だが彼女は、神などという妄想を、微塵も信じていなかった。彼女の救世主はただひとりだった。その忠誠も、ただひとりに向けられたものだった。
彼女は、聖女のために殉ずる覚悟をしていたのだ。
「……こいやぁ蛮族ども!目ん玉くり抜いて目玉焼きにしてぶち殺したるぞっ!!
うちが聖女なんじゃいっ!地上の代行者なんじゃいっ!!」
包囲は次第に狭くなり、脱出はほぼ不可能だった。
「聖女さま、万歳……」
後ろから飛び抑えられ、衣服を剥がされた彼女が、最期に尊厳を蹂躙される瞬間にこぼした言葉は、誰にも届くことなく消えていった。
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雲ひとつない晴天、吹き抜ける風に、みどりの波が揺れた。
「やっと偽者がしんだね、ママ!」
大男ははしゃいでいた。頭には薄く、髪が生えはじめ、ついに腰布を巻いている。
かつての獣じみた臭いは、かすれていた。
「ええそうね。一瞬でも聖女になれたんですもの、本望だったでしょう」
かつて聖女だった少女は、今やどこにでもいる、村娘になっていた。
戦場に散った彼女は、どこかの村娘だった。
資金を得て、ある機会に入れ替わり、平穏な暮らしを手に入れる。これが少女の望みだった。
この先の収入源も確保してある。みどりの波が、それを証明していた。
「導いたのはわたし、でも飛び込んだのは彼女なの。きっと天国にでもいけるわ。
あるかどうかは、知らないけど…」
「ママといっしょなら、どこでもいいよ!」
「そうね、ありがとう…」
微笑む少女が、大男と手を繋ぐ。
そのまま家に入ろうとするふたりに、微かに声が聞こえた。
__地に満ちよ、満ちて広がれ…
ふたりはその声に応えることなく、家にはいった。




