↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雷鳴の王子と四大剣流 ~雨の理屈を解いた王子は、雷の剣で剣帝へ登りつめる~  作者: 雅龍(がりゅう)
第一部 小さな雨と失った日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/26

王冠より欲しい席

秋の庭園は、楓の赤と、刈りこんだ生け垣の緑とで、まだら模様になっていた。

 その生け垣の迷路のあちこちに、今朝早く、小さな旗が十五本立てられた。白い布に王家の紋を染めた、手のひらほどの旗だ。立てたのは庭師で、場所を知っているのは庭師だけ。兄弟三人はそれを探して、自分の籠に入れて、東屋まで持ち帰る。鐘が三つ鳴るまでに、多く持ち帰った者の勝ち。

「籠です」

 フェリクスが、背負い紐のついた籠をレオに渡した。持ってみると、思ったより軽い。

「底の枠を細くしました。紐も肩に食いこまないように幅を広げてあります」

「いつの間に。昨日まで、ただの籠だったのに」

「ユリウス殿下が来た日の夜です」

 東屋には、父と、二人の妃が座っていた。

 父アルベルトは膝に毛布をかけ、いつもどおり落ち着いた顔で庭を眺めている。その右に第一妃マルグリット。兄二人の母で、細い指で湯気の立つ杯を包み、穏やかに笑っている。左に母。今日は稽古着ではなく普段の衣装だが、身を乗り出しているので、どう見ても観客というより審判だった。

「エドガー、ユリウス、レオ。用意は」

 父の声に三人は並んで手を挙げた。

 長兄エドガーは十五歳。背が高く、肩幅も父に似てきた。籠の紐を短く結び直し、迷路の入り口をじっと見ている。次兄ユリウスは、籠の中に何か布をごそごそ詰めこんでいた。

「ユリウス兄上、それなに」

「秘密。のぞいたら、お前の負けが一つ増える」

 最初の鐘が鳴った。


  *


 レオは迷路の入り口で、両手を広げた。

 水を細かくして、風に乗せる。白い霧が足元から湧きあがり、生け垣の間を流れていく。この夏、温室で何十回も作った雲の、ずっと薄いものだ。霧が迷路の奥まで届いたところで、レオは風を止めた。

 霧の中で生け垣の形が浮かびあがる。そして、旗のあるところだけ、霧の流れがわずかに乱れていた。棒が一本立っているだけで、風の通り方が変わる。

「見えた」

 レオは走った。

 一本目、二本目、三本目。霧の中で旗を抜いては籠に放りこむ。兄たちの足音は、ずっと後ろのほうだ。

 ――いける。

 四本目を抜いたところで、レオは迷路の出口へ向かった。籠を東屋に置いて、また戻ってくればいい。

 出口の手前にエドガーが立っていた。

 迷路から東屋へ抜ける道は、生け垣の切れ目が一つあるだけだ。長兄はその切れ目の真ん中に、籠を足元に置いて、腕を組んで立っていた。

「兄上、どいて」

「どかない。旗取りに、通せんぼをしてはいけないという決まりはない」

「ずるい!」

「去年、霧で私の籠を隠したのは誰だった」

 エドガーは真顔で言った。でも目が笑っていた。

 レオは迷路の中へ引き返した。別の出口を探さないといけない。走りながら角を曲がると、生け垣の上に、白い旗がひらひら揺れているのが見えた。

 五本目だ。

 レオは籠を下ろし、生け垣をよじ登って旗をつかんだ。

 布の手ざわりが、なんだか違う。

 広げてみると、ただのハンカチだった。端っこに、ユリウスの名前の頭文字が縫ってある。

「……兄上!」

 どこか近くの生け垣の向こうで、ユリウスの笑い声がした。

 レオは生け垣から飛び降りた。籠を置いた場所に戻る。

 籠がなかった。

 いや、あった。ただ、霧が濃すぎて、どこに置いたか分からなくなっていた。三つ目の角だったか、四つ目だったか。自分で作った霧の中で、レオは籠を探して、ぐるぐる回った。

 二つ目の鐘が鳴った。


  *


 籠はやっと見つかった。四本の旗はちゃんと中にあった。

 レオは生け垣の陰にしゃがんで、息を整えた。残りは鐘一つぶん。エドガーはまだ出口に立っているはずだ。ユリウスの偽の旗は、きっとまだあちこちにある。

 もっと霧を濃くして、残りの旗を全部取ってしまおうか。

 そう考えて、レオは首を振った。濃くすれば、また籠をなくす。取っても、持ち帰れなかったら数えない。

 レオは霧を薄くした。

 それから、迷路の角を一つ曲がるたびに、生け垣の根元の石に、水で小さな丸を置いていった。丘でセシリアに言われて置いた、あの印だ。来た道と、出口へ向かう道。印を置きながら、旗は二本だけ取った。

 六本目を探していたとき、生け垣の上に、また白い旗が揺れていた。

 レオは手を伸ばしかけて、止めた。

 布が乾いている。

 庭師が旗を立てたのは、夜明け前だった。今朝の庭には露が降りていた。本物の旗は、どれも端が少し湿っていて、指にひんやりした。でもこの旗はさらっとしている。ついさっき誰かが立てたのだ。

 レオはその旗を見送り、生け垣の向こうをのぞいた。

 ユリウスが、籠を抱えて別の旗に手を伸ばしていた。こちらは端が湿っている。本物だ。レオは風を一筋、ユリウスの足元に送った。落ち葉がぱっと舞い上がる。ユリウスが顔をそむけた隙に、レオは旗をひったくって走りだした。

「あっ、お前!」

 水の印をたどった。右、左、右。迷わない。迷路の裏手の、狭い切れ目から外へ抜ける。エドガーが立っている表の出口からは、ずっと離れていた。

 東屋に籠を置いたのと、三つ目の鐘が鳴ったのは、ほとんど同時だった。


 旗の数は、エドガーが六本、ユリウスが五本、レオが七本――ではなく、五本だった。

 霧の中で籠を探しているあいだに、二本落としていたのだ。迷路の中で拾った庭師が、にこにこしながら東屋に届けてくれた。落とした旗は数えない。

「エドガーの勝ちだな」

 父が言った。

 レオは籠の縁をぎゅっと握った。悔しい。霧の使い方は、絶対に自分がいちばんうまかった。

 それでも、最後にユリウスからひったくった一本だけは、籠から出して、手に持っていた。端がまだ湿っている。

「母上、これ。偽物は乾いてて、本物は湿ってたんだ。露で」

「見てたわよ。身を乗り出しすぎて、マルグリット様に三回も袖を引かれたわ」

 母は旗を受け取り、指先で布の端に触れて、目を細めた。

「ユリウスのハンカチを一度見送ったでしょう。あれがいちばん良かった」

「でも負けた」

「負けたわね。七本のつもりで帰ってきて、五本」

 母はくすっと笑った。隣でマルグリットも笑っていた。

「レオ、旗を落としたのは、霧のせい?」

「……籠を置いたのが、僕のせい」

「正直でよろしい。霧のせいにしたら、その一本も取り上げるところだったわ」

 エドガーが籠を東屋の床に置き、レオの頭に手を乗せた。

「来年は、同じ手は使わないぞ。お前、水で道に印をつけていただろう。裏の出口から出てきたときは、さすがに驚いた」

「兄上だって、来年も出口に立ってるつもり?」

「さあな。来年考える」

 ユリウスは、籠の底からハンカチを五枚も出して並べていた。

「一枚も引っかからなかったの、レオだけだぞ。兄上は二回引っかかった」

「ユリウス」

「事実です、兄上」


  *


 お茶の時間になって、マルグリットが甘い湯気の立つ杯をレオに渡してくれた。蜂蜜を溶かした、温かい林檎の汁だった。

 父が杯を置いて、レオのほうを見た。

「レオ。一つ聞いてもいいか」

「うん。……じゃなくて、はい」

「火も水も風も使える子は、この国にはお前しかいない。いずれ、お前を王にしたらいいと言う者が出てくるかもしれない。お前は、どう思う」

 東屋が少し静かになった。エドガーは杯を持ったまま、黙って父を見ている。

 レオは考えた。王冠のことなんて、ほとんど頭に浮かべたこともない。

 でも、欲しい席のことなら、もう知っていた。

「王冠は、いらない」

 レオは言った。

「僕、水の賢者の席がほしい。師匠の机の隣くらいの。王様の仕事は、兄上のほうがずっと上手だよ。今日だって、出口に立ってるの、すごく王様っぽかった」

 ユリウスが吹き出した。エドガーは困ったような顔をして、それから、笑った。

 父はゆっくりうなずいた。

「そうか。この国の王位は、上の子から順に、議会の承認を受けて継ぐ。属性の数で順番を変えることはない。それを、お前の口から聞けてよかった」

「父上、最初から決まってたなら、聞かなくてよかったじゃん」

「決まっていることでも、本人の気持ちは聞いておくものだ」

 母がレオの肩を軽く叩いた。マルグリットは杯の向こうで目を細めていた。


 帰り道、迷路の生け垣の根元には、まだレオの水の印が残っていた。日の当たらない側だけ、薄く輪になって。

 レオは立ち止まって、その印を見下ろした。

 霧の中で旗を一番早く見つけたのは自分だった。でも勝ったのは、帰り道を押さえていた兄上だった。取ることより、持って帰ることのほうが難しかった。

「フェリクス、ちょっと聞いて」

「聞いています。さっきから、ずっと」

「冬にさ、家族のみんなに、雨を見せたいんだ。この一年で作った雨、全部」

「実演ですか」

「うん。で、今度は、見る人がどこに立つか、先に決めておく。どこから見たら、何が見えるのか。そこから図を描く」

 フェリクスは少しだけ眉を上げた。

「旗取りで学んだんですか」

「兄上に、出口で教わった」

 レオは庭園を振り返った。東屋では、母がエドガーの籠をのぞきこんで、何か言って笑っていた。

「冬の実演会。一番の席は、もちろん母上だ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。