↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雷鳴の王子と四大剣流 ~雨の理屈を解いた王子は、雷の剣で剣帝へ登りつめる~  作者: 雅龍(がりゅう)
第一部 小さな雨と失った日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/47

同じ街で会おう

願書の紙は思っていたより薄かった。

 セシリアはそれを父の机の上に置いた。近衛の宿舎の、父の部屋。秋の夕方で、窓の外の練兵場は、もう半分くらい影に沈んでいた。

 ――アステリア学園 剣術科 入学願書

 名前の欄には、もう自分の字で書いてあった。推薦者の欄だけが、空いている。父がそこに名前を書かなければ、この願書はただの薄い紙だ。

「夏に話したことの、続き」

 セシリアは言った。

 父は願書を手に取った。左手で。右手は膝の上に置いたままだった。

「宿舎の奥さんたちに、言われたの」

 セシリアは、父の顔を見ないで、窓のほうを見た。

「レオ殿下がアステリアへ行くなら、護衛としてついていけばいい。そう書けば、推薦も通りやすいって。親切で言ってくれてるのは分かってる」

 父は何も言わず、願書の縁を左の親指でなぞった。

「でも、それは書かない」

 父の目が願書から上がった。

「私、レオの護衛になりたいんじゃない。自分で道を見て、自分の隊を連れて、知らないところへ行きたいの。地図のない迷宮とか、誰も通ってない山道とか。前に立って、全員を連れて帰ってくる人になりたい」

 言ってしまうと、喉が少し乾いた。

「緑井戸で、そう思ったの。あそこの帰り道、私の目印で、全員帰ってこられたから」

 父はしばらく黙っていたが、やがて願書を机に置いて、立ち上がった。

「練兵場へ来い」


  *


 練兵場はもうほとんど暗かった。

 父は、白い小石を拾っては、砂の上に置いていった。くねくねと曲がる一本の道。二十個ほど置いて、道のいちばん奥に、小さな旗を一本立てた。

 道の途中に、ロルフが木剣を持って立った。たまたま当番明けで通りかかって、父に呼び止められたのだ。

「光で、道を照らせ」

 父は言った。

「照らしながら、旗まで行け。ロルフは道をふさぐ。抜けろ」

「照らしながら、剣も振るの?」

「探検隊の先頭は、そうなる」

 セシリアは木剣を握った。

 指先に光を灯した。道の上に、白い小石が浮かび上がる。一つ、二つ、十、二十。全部の石をくっきり照らした。旗まで、道がはっきり見える。

 歩きだした。

 光を途切れさせない。二十の石の全部を、同じ明るさで。道の途中で、ロルフが木剣を構えて待っている。

 ロルフが打ちこんできた。

 受けた。光は揺れなかった。

 受けて、払って、ロルフの横を抜けようとした。

 足が出なかった。

 重い。光を保つのに、体のどこかから、ずっと力を吸い取られている。腕は動く。剣も振れる。でも、脚が、思ったより一歩遅い。ロルフが、すっと横へ動いて、道をふさいだ。

 抜けられない。

 二度、三度、試した。光は最後まで揺れなかった。でも、ロルフの横は、一度も抜けられなかった。四度目で、足が砂にもつれて、膝をついた。

 光がふっと消えた。

 暗い練兵場に、セシリアの荒い息だけ。

「無理しないでください、セシリア嬢」

 ロルフが木剣を下げて言った。意地悪な声ではなかった。

「光を保ったまま俺の横を抜けるのは、近衛の先導役でも半分は抜けません。俺、新人の足止め役を三年やってるんで」


 膝をついたまま、セシリアは考えた。

 もっと強く照らせば、と最初に思った。もっと明るくすれば、もっとよく見える。ロルフの動きも、足元も。

 でも、それは、違う気がした。

 緑井戸の窪みで、苔は、強い光では開かなかった。光を強くしたとき、レオの足元まで暗くなりかけた。全部を一度に照らそうとすると、どこかが削れる。

 セシリアは立ち上がった。

「もう一回」

 指先に光を灯した。

 今度は、二十の石の全部は照らさなかった。目の前の、三つだけ。旗は見えない。ロルフも半分くらい暗がりの中だ。

 三つの石がくっきりと浮かんだ。

 照らしている間に、走った。三つの石を一気に。光が軽い。脚が、さっきより、ずっと軽い。

 三つ目の石を踏んだところで、次の三つを照らす。前の三つは消す。また、走る。

 ロルフが暗がりから出てきた。

 受けた。照らしている三つの石のうち、ロルフのいない側へ、足を運ぶ。石が見えているから、迷わない。見えている間に、足を動かす。ロルフが道をふさぎ直すより先に、照らした石の上を、すっと抜けた。

 ロルフの声が背中で聞こえた。

「あっ」

 振り返ったロルフの木剣は、さっきまでセシリアがいた場所の空気を切っていた。

 次の三つ。次の三つ。ロルフが追ってくる。追いつく前に、もう次の石が照らされている。

 十五個目の石で、脚が、また重くなってきた。

 まだ走れる。旗までなら、たぶん届く。でも、旗の手前で膝をつく隊長に、隊はついてこない。

 セシリアは止まった。光を保ったまま、振り返った。

「父さん。ここで、交代する」

 父は、暗がりの中で、腕を組んでいた。

「誰に」

「ロルフさんに、先頭を渡す。私は、二番目に下がって、ロルフさんの足元だけ照らす。そのほうが、旗まで早く着く」

 セシリアは息を整えながら続けた。

「探検隊の先頭は、ずっと私じゃなくていいの。疲れたら、誰に渡すか。それを決めておくのも、隊長だと思う」

 ロルフが木剣を下げた。

「……え、俺が先頭ですか」

「ロルフさん、足、遅くないもん。市場のとき以外」

「市場のことは、もう勘弁してください」

 父の眉が動いた。暗くて、よく見えなかった。でも、たぶん、動いた。


  *


 父の部屋に戻ると、父は願書の推薦者の欄に、左手で名前を書いた。

 その下の、推薦の理由の欄にも、短く書いた。

 ――照らす区間を自分で絞り、見えている間に足を動かす。先導を誰へ渡すかも自分で決める。セイランの足運びを学ぶ理由が、剣と光の両方にある。

「セイランは、流れる足の流派だ」

 父は筆を置いて言った。

「止まらずに、足場を選び続ける。お前の光と、合う」

 セシリアは願書を受け取った。

 推薦の欄に、レオの名前は一度も出てこなかった。殿下の護衛とも、従者とも、書いていなかった。

「……ありがとう。父さんの左の字、前より読みやすくなったね」

「礼は、受かってからでいい」

 父は、そう言って、窓の外を見た。

「それから、セシリア」

「なに。まだ課題があるの?」

「ロルフを先頭にするなら、市場には連れていくな」

 セシリアは、願書を胸に抱えたまま、吹き出した。父の眉が、さっきよりはっきり動いていた。


  *


 王宮へ寄ったのは、帰り道の途中だったからだ。と、自分に言い聞かせた。

 西の塔の三階。研究室の扉を叩くと、レオが顔を出した。指が墨で真っ黒だった。作業台の上に紙が何枚も広がっている。

「セシリア! ちょうどよかった、見て、これ」

 レオが一枚の紙を突き出した。

 字がでかかった。紙からはみ出しそうな字で、こう書いてあった。

 ――八十八個目は、半分までしか割れなかった! 外からじゃなくて、内側から先に、ゆっくり冷ましたの。割れ目が真ん中で止まった。止まったところの絵、描いた。見て!

 その下に、割れかけた器の絵。上手かった。割れ目が途中で止まって、その先に、まだつるりとした器の肌が残っているのが、ちゃんと分かった。

「……誰?」

「ベルカのA.。前に話した、器の人」

 レオは目を輝かせていた。

「二通目の返事。僕が描いた冷え方の図で、試してくれたんだって。半分まで! 割れ目が、半分で止まった!」

「ふうん」

 セシリアは紙をレオに返した。

 字がでかい。図が、上手い。それから、レオの図で試してくれた人。

 ふうん、と、もう一度心の中で言った。

「それより。私、これ」

 願書を作業台の上に置いた。推薦の欄の、父の名前が見えるように。

 レオがそれを読んだ。読んで、顔を上げた。

「剣術科。……え、剣術科?」

「うん。二回言わなくても、剣術科」

「アステリア」

「うん。父さんが、推薦書いてくれた」

 レオの顔がぱあっと明るくなった。

「じゃあ、一緒に――」

「連れていって、じゃないからね」

 セシリアは先に言った。

「私は、私の科に行くの。レオはレオの科。毎日一緒にいるわけじゃない。でも」

 言葉が少し詰まった。

「同じ街で、会おう」

 レオは目をぱちぱちさせて、ぱっと笑った。墨で真っ黒な指で、頭をかいた。

「会おう。絶対、会おう。……あ、そうだ、装備、買いに行こう! 剣と、靴と、地図の筒と――」

「自分で選ぶから」

「え、靴も?」

「自分の装備は、自分で選ぶの。隊長だから」

 セシリアは、そこで少しだけ視線をそらした。

「……でも、お店は、一緒に見たい」

「うん!」

 レオは、作業台の端から、古い紙を一枚引っぱり出した。四つ折りの跡がついた、端の擦り切れた紙。九つの初夏に物見の丘でセシリアが描いて、あとで写しをくれた地図だった。双子の樫と、レオが迷子になった場所に、小さな印がついている。

「まだ持ってたの。……それ、線が曲がってて恥ずかしいのに」

「持ってるよ。アステリアって、どんな道があるんだろう。迷宮の入口が、街の真ん中にあるんだって」

「入口、いくつあるんだろうね。数えたい」

 二人で古い地図の上に顔を寄せた。丘の道を指でたどりながら、まだ見たことのない街の道の話をした。

 窓の外は、もうすっかり暗い。

 レオが、ふと思い出したように言った。

「フェリクス、明日、実家に帰るんだって。進路のこと、家族と話してくるって」

「一人で?」

「一人で。僕は、ついてくるなって言われた」

 レオは、地図から顔を上げて、少しだけ不満そうに口をとがらせた。

「なんでだと思う?」

 セシリアは、少し考えてから、答えた。

「フェリクスの話だからでしょ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。