第7話 深夜の理科準備室
理科準備室の扉の前に立ち、二人は重い静寂と対峙する。
「どうしたの、サキ?・・・扉を開ける。中に入る。電気を消す・・・ただそれだけの事よ。」
リンが低く、囁くように促す。
「あんたに言われなくても、分かってるわよ!」
サキはおびえを隠すように、わざと乱暴な口調で言い放った。
それはギャルとして、そして『強くなった自分』としての、崩れ落ちそうな最後の矜持だった。
『フゥー』と深く息を吐きだし、理科準備室へと足を踏み入れる。
教室は天井の蛍光灯に光はなく、刺すような強い青色の光が満ちているばかりだった。
背後から、影のようにリンが続く。
——ガシャンッ!
静寂を切り裂き、背後の扉が猛烈な勢いで閉まった。無機質なロック音が響く。
「きゃぁ・・・!」
サキは、思わず飛び上がり悲鳴を上げた。
あまりの恐怖に額に嫌な汗がにじみ、うっすらと涙が浮かぶ。
縋るような思いで振り返ったサキの目に飛び込んできたのは、予想もしなかった光景だった。
リンはまったく驚く様子もなく、ただ静かにそこに立っていた。
青白い光に照らされたその唇の両端が、微かに、愉悦を孕んで吊り上がっているように見えた。
理科準備室の空間を青く染め、また彼女の顔を青く染めていたのは、巨大な水槽から漏れるLEDの光だった。
「ねえ、サキ。どうやってここから『出れば』いいかな?」
リンの声が、冷たい水槽の中に沈んでいくように響く。
「リン・・・あなた、何を言っているの?」
サキは入り口のドアノブをひねったが、扉はびくともしない。
ドアを激しくたたいたところで、深夜の学校で誰かが助けに訪れることなどなかった。
(閉じ込められた!)
その事実が、逃れようのない現実としてサキにのしかかる。
青い光に縁取られたリンの横顔は、サキが守りたいと願った『幼馴染』のそれではなく、サキを塗り替えたあの冷徹な『ユキ』そのものであった。
ボコ・・・ボコ・・・ボコ・・・ボコ・・・
エアーポンプが刻む規則的な重低音は、サキの心臓の鼓動にシンクロするかのように、徐々に大きく響いているようだった。
恐怖の限界に達したサキは、手探りで壁にあるスイッチを叩いた。
ブーン、という音と共に、無機質な蛍光灯の白い光が室内を埋め尽くす。
急激な明転に、二人は思わず目を細めた。
「ねえ、サキちゃん・・・どうしたの?」
そこには、先程までの冷ややかな微笑など嘘だったかのように、不安げにサキを見つめる『いつものリン』がいた。
部屋が明るくなったことで、サキはどうにか呼吸を整え、落ち着きを取り戻すことが出来た。
「・・・なんだか私達、この部屋に閉じ込められたみたい。」
震える声で告げながらも、サキの目は、リンをただ見つめることしかできなかった。




