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深夜の理科準備室、あるいは『偽物の青』について  作者: マオ・ウミ


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第4話 水槽

 小さな熱帯魚ショップの湿り気を帯びた空気と、水槽から漏れ出す淡い光が、二人を静かに迎え入れた。

 店の奥には、壁一面を埋め尽くすように幾つもの水槽が並んでいる。

 静謐な光の中に幾種類もの熱帯魚達が、現世の重力から解き放たれたかのように、幻惑的なダンスを踊っていた。


 ユキはある水槽の前で足を止めた。


「見て、サキ。」


 ユキの視線の先に、鮮血の赤と深い闇の青を(まと)ったベタが、傲慢なほど大きな(ひれ)をなびかせている。

 その傍らを、ネオンテトラの群れが一条の光となって無機質に通り過ぎていった。


「群れて泳ぐネオンテトラには、個性がみえない。」


 ユキはサキの背後に回り込み肩にそっと手を置き、耳元で(ささや)いた。その声は甘く、けれど剃刀のように鋭い。


「ベタは一匹でしか生きられない。同種(なかま)を排除しようとする。けど、それ以外には徹底して無関心なの。」


 サキの目は、水槽の中で繰り広げられる色彩の饗宴に釘付けになっていた。

 ユキは水槽の傍らのテーブルに腰を下ろし、


「なにより、他を寄せ付けない圧倒的な強さと、孤高の美しさを持っている。」


 サキは、魅入られたようにじっと(ベタ)を見つめていた。

 ユキはサキを椅子に座らせ、その無垢な手を取った。

 触れられた指が熱くなる。鼓動が速く、大きくなってくる。


この人(ユキ)に、心臓の音が聞こえてしまいそう・・・)


「あなたには、誰にも侮らせないための『武装』が必要よ。」


 ネイルの小鬢を取り出し、まるで魔法をかけるような手つきで、爪に色を載せていく。

 ブルーからマゼンタへと移ろう、神秘的なグラデーション。


「あなたは水槽の中で、唯一無二の美しい個体になるの。」


 ユキの唇から紡ぎだされる冷ややかな毒は、サキの心を深く突き刺し、これまでの自分を形作っていた『正義感』という殻を粉砕していく。


 サキは、彩られたばかりの指先を水槽の青い光にかざし、その輝きにうっとりと目を細めた。


 単に爪を彩るだけのことではない。

 それは過去の自分を覆い隠し、新しく生まれ変わるための甘美な儀式だった



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