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深夜の理科準備室、あるいは『偽物の青』について  作者: マオ・ウミ


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第3話 出会い

 卒業式の翌日から、サキの世界は音も立てずに消滅してしまった。

 メッセージを送っても、既読はつかず、公園の向こう側のお屋敷を訪ねても、呼び出し音は空虚に響くだけ。


「急な事情で引っ越したそうよ。」


 サキの両親の言葉はあまりに素っ気なく、納得などできるはずもなかった。


(あの日、二人で交わしたあの『証』は何だったの?一人だけでどう景色を作れっていうの?)


 もう二度と会えないと分かっていたから、あんなに美しい言葉を並べたのだろうか?


(裏切られた・・・)


 どす黒い感情が胸を焼く。

 怒りと悲しみの濁流に飲み込まれそうになりながら、サキは幾度もサファイアのキーホルダーをゴミ箱へ投げ捨てようとした。

 けれど、どうしても最後の一歩で手が止まる。石に込められた記憶(おもいで)だけは、どうしても捨て去ることができなかった。


 進学した中学でも、サキの居場所はどこにもなかった。

 突然消えた親友への憤りを抱え、周囲から浮いた存在として日々をやり過ごす。

 それでも、ふとした瞬間に掌の中の青い光を見つめれば、リンの声が蘇る。


 ——『優しくて、冷静で、正義感を持って自分の意見を言える』


 そのリンの思いだけは裏切りたくないと、サキは震える奥歯を噛み締めて、独り、嵐の中を歩くように踏ん張っていた。


 *** サキ 中学2年 夏 ***


 リンのいない、2度目の夏が来た。


 連日、ニュースでは最高気温の更新で騒がれていたが、その日だけは奇妙なほどに過ごしやすい、涼やかな風が吹いていた。

 話し相手もいない夏休み。持て余した時間を埋めるため、サキは一人、街へ出ようと駅へ向かった。


 階段を降り隣のホームに目をやると、見覚えのある横顔を見つけた。


(あれは・・・リンだ!・・・今までどこに行ってたの?)


 枯れ果てたはずの期待が、一気に熱を帯びて喉までせり上がる。


 しかし、彼女は、サキの知るリンとは様子が違っていた。

 派手ではないが、シンプルで洗練された佇まい。

 揺るぎない自信を湛え、夏の陽射しさえも凍らせるような、クールでミステリアスな雰囲気をまとった『圧倒的』な少女だった。

 彼女の首に巻かれたチョーカーには、赤のカラコンに合わせた、血のように赤い石が光っていた。


 募りに募った孤独がサキの理性を追い越した。

 リンであってほしいという切実な願いが、怒気を含んだ声となった。


「リン!あれから全然連絡取れなかったけど、一体どうしてたの!?」


 声を掛けられた少女は、ゆっくりと振り返る。


「・・・誰?」


 低く、突き放すような声が返ってきた。


 その瞳はリンのものによく似ていたが、温度が全く違った。

 彼女は小首を傾げ、左手の細い指先で自分のほほを撫でながら、サキを品定めするように、上から下まで冷ややかに眺める。


 サキは声と瞳の冷たさに背筋が凍りついた。

 人違いをしてしまった羞恥心と、求めていた面影が『偽物』であったという絶望が混ざり合い、視界が歪む。


「ごめんなさい・・・友達に、あまりに似ていたから。・・・間違えました。」


 サキは一秒でも早く、この冷たい視線から逃げ出したかった。


「ふうん・・・」


 少女は軽く瞼を閉じ、サキへの無遠慮な視線を解いた。

 サキの目を強く見つめ、柔らかく語り掛けた。


「あなた、すごく・・・寂しそうな目をしてる。」


 サキは思わず言葉を失った。

 柔らかな声に凍り付いた緊張感がほどける。


「・・・時間ある?ちょっと付き合いなよ。」


 断る間もなかった。

 リンに似た少女は、サキの困惑などに構うことなく、その細い指先でサキの手首を強く掴んだ。


「私はユキ。・・・おいで。」


 ユキと名乗った少女は、サキの困惑を置き去りにしたまま、ちょうど滑り込んできた下り電車の中へと誘う。

 リンの面影を(まと)いながらも、その足取りには有無を言わせぬ強引さがあった。

 サキは導かれるまま、車両へと足を踏み入れた。


 窓の外を流れる見慣れぬ景色が加速していく中、二人の間には濃密な沈黙が横たわった。ユキはただ前を見据え、サキの視線を無いもののようにして立っている。


 何駅過ぎただろうか、


「・・・降りるわよ。」


 不意に投げかけられた言葉に従い、降り立ったのは一度も足を踏み入れたことのない、見知らぬ駅だった。

 乾いたホームの空気が、ヒリヒリと肌に刺さる。サキの不安を静かに煽る。

 けれど、その不安以上に、数ヶ月ぶりに『誰かと共にいる』という微かな充足感が、サキの足を前へと進ませた。


 背を向けて歩き出すユキを追いながら、サキは堰を切ったように話し始めた。


 卒業式の日のこと、親友のリンが忽然と姿を消してしまったこと。

 裏切られたような、捨てられたような、胸を刺す痛み。

 そして、中学でも自分を曲げられず、正義感を盾にして孤立してしまったこと・・・。


 ユキは相槌を打つことも、振り返ることもなかった。

 迷いのない足取りで複雑な住宅街をサキを従え、進んでいた。


 路地の静けさが、サキの告白をすべて吸い込んでいく。


「・・・ここよ。」


 辿り着いたのは、入り組んだ住宅街の突き当たり。

 街の喧騒から切り離された、小さな熱帯魚ショップだった。


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