第2話 卒業式の日
サキの家の目の前にある公園を挟んで向かい側にある広大な敷地。
その中心に鎮座する古風なお屋敷が、リンの家だった。
生まれはリンの方が数ヵ月早かったが、周囲の目にはいつも、活発なサキが姉で、内気なリンが妹のように映っていた。
幼い頃のサキは、およそ『正義感』のかたまりの様な少女だった。
*** サキ 小学5年 冬 ***
ある日、クラスのお調子者の男子達が、言葉の礫でリンを追い詰めていた。
「やめてよ、リンが嫌がってるじゃない!」
サキの声が教室に響く。
だが、相手の男子達はせせら笑いながら、
「事実を言ってるだけだろ。なあ、出たよ『正義の味方ごっこ』。見ろよ、こいつマジで顔怖いんですけど~。ガチギレしてんじゃん!」
「・・・笑い事じゃない。ひどいって言ってるの!」
「はいはい、ごめんねー。あー怖い、怖い。近寄らんとこ。行こうぜ、あいつマジで空気壊すからさ。」
周囲の視線は冷ややかだった。関わりを恐れて目を逸らす者、面白がってクスクスと肩を揺らす者達。
悔しさに唇を噛むサキと、その傍らでおろおろと涙を浮かべるリンだけが取り残された。
「サキちゃん、ごめんね・・・私のせいで・・・」
その日を境に、男子達はサキを『関わると面倒な奴』として遠ざけるようになった。
(どうして、正しいことをしようとするのが、こんなに苦しいんだろう?)
自問自答を繰り返す日々。
その答えを見つけられないまま、卒業式の日を迎えた。
*** サキ 小学6年 3月 ***
誰もいなくなった教室。
サキは窓辺に立ち、楽しかった記憶と、それ以上に胸を焼くような後悔を思い返していた。
「・・・私、これでよかったのかな・・・?」
滲んだ視界の先、ぽつりとこぼれた独白。
その背中に、温かな感触が重なった。リンがそっと、サキを抱きしめたのだ。
「あのね・・・私、サキちゃんのこと、ずっとすごいって思ってたの。」
耳元で、リンの震える声がした。
「いつも優しくて、冷静で、正義感を持って自分の意見を言える。私には、一生かかってもできないことだから・・・」
「・・・ありがとう。でも、私・・・みんなと普通に仲良くしたかっただけなんだ。」
サキの吐息混じりの言葉に、リンは首を振った。
「分かってるよ。でも、サキちゃんの正義感は、絶対に間違ってないから。」
その言葉が、凍てついていたサキの心を溶かした。自分の信じてきたものを、一番近くにいた親友が肯定してくれた。嬉しくて、先ほどとは違う熱い涙が頬を伝う。
やがて身体を離したリンは、ポケットから二つのキーホルダーを取り出した。
大きさも形も同じキーホルダー。違うのは、嵌め込まれた石の色だけ。
青と赤。
石の留め具の部分に『S・Y』と『R・S』とイニシャルが刻まれている。
そのうちの一つ——深い青を湛えた石が、サキの掌に載せられる。
「・・・卒業祝い。誕生石のキーホルダーだよ。」
「私に?・・・わあ、綺麗な青。これって、サファイア?」
サキはキーホルダーを掲げ、窓から差し込む春の陽光に透かした。
「きれい・・・夜が明けて、朝の光が混ざり始めた瞬間の空みたい。静かで、深い青。」
「ふふ、サキちゃんは詩人だね~」
リンが柔らかく微笑む。
「サファイアは、サキちゃんの誕生石なの。石言葉は『誠実』。サキちゃんそのままでしょ?」
いたずらっぽく小首を傾げ、左手の細い指先で自分のほほを撫でる。
そして、リンはもう一つのキーホルダーを掲げた。燃えるような真紅のルビーが鈍く光る。
「こっちは、私用。お揃いにしたんだ。ルビーは私の誕生石。」
リンも同じように、赤を光にかざす。
「指先から零れ落ちた鮮血みたい。夕日の輝きを閉じ込めた、『情熱』の赤。」
リンはサキの口ぶりを真似て、いたずらっぽく笑った。
二つの石を並べ、リンが囁くように言った。
「ねえ、知ってる?赤と青を混ぜると、綺麗な紫色になるんだって。」
「うん、知ってるよ。」
「宝石そのものは混ざり合わないけれど、私達のカラーは『交わる』ことができるの。」
リンの声は、いつになく凛として響いた。
「赤と青の光が重なった場所だけ、新しい色が輝くでしょ?自分の色のままで、一緒にいるだけで、一人じゃ作れない景色が作れる。このキーホルダーは、その『証』にしたいの。いつまでも・・・そして、いつかは紫色の宝石になるの!」
幼かったはずのリンが見せた、大人びた横顔。
サキは目を丸くして驚いた後、ゆっくりと、深く頷いた。
——しかし。
その翌日から、リンとの連絡はぷっつりと途絶えてしまった。
まるで、あの日放った光の残像だけを残して、夜の帳に消えてしまったかのように。




