第10話 エアーポンプ
リンの冷ややかな声が、サキの独白を無慈悲に遮る。サキは震える指先でボックスの底から新たな封筒を取り出した。
その時だった。
ゴボッ、ゴボボボッ・・・!
巨大な水槽のエアーポンプが、のたうち回るような異音を立て始めた。慌てて封筒の中を確認する。
『静かに刻まれるリズムを聞き取れ。それが鍵となる』
しばらくして暴れたような音を立てていたエアーポンプが、呼吸を整えるように、一定のリズムを刻み始めた。
あまりに規則正しく、あまりに不自然な打音。
サキが顔を上げると、リンが静かに『観察日記』の最終ページを差し出した。そこには、モールス信号と思しき一覧表が記されていた。
「サキ、集中したいでしょう?あなたの嫌いな『ノイズ』を消してあげる。」
リンがスイッチに手をかけると、室内の灯が落ちた。再び、世界は深い青に塗り潰される。
この部屋の中で、静かにリズムを刻んでいるものは、エアーポンプの音のみ。
しかも、モールス信号の一覧表まである。
サキは意識のすべてをポンプの打音——その一点に集中させる。
プク、プク、プク、ゴボッ・・・プク、ゴボッ・・・プク、ゴボッ・・・ゴボッ・・・・・・・・・
短音と長音の組み合わせを、『観察日記』のモールス表と照らし合わせていく。
「そうか・・・3、1、1、0。これが答えだ!」
サキは緊張の糸が切れたように、乾いた笑い声を漏らした。
その瞬間、緊張の連続でのひどく喉が渇いていたことに気が付いた。
「え、ここ『齋藤学園』だからって、暗証番号が3110なんて安直すぎない?」
冗談めかしたサキの言葉を、リンは冷たい眼差しで見つめるのみ。
「私も『齋藤』よ・・・」
リンが微かにつぶやく。
しかし、そのつぶやきは、サキの耳には届かない。
「答えは見つかったようね。その暗証番号を使って、ここから出ていきましょう・・・」
その突き放すような物言いは『ユキ』の物だ。
サキは思わず叫んでいた。
「ねえ、リン・・・あなた本当はユキなんでしょ!?」
「いいえ・・・あなたはただ、そう思いたいだけじゃないの?」
リンらしくない声が響く。
目の前にいるのは『リン』なのか、それとも『ユキ』なのか。
サキは何を見ているのか混乱という名の渦の中に落ちていく。
じんわりと手のひらに汗がにじむ。
ゆっくりと彼女に背を向け、曇り一つない鏡の様な扉の前に立った。
今のサキの動作は、まるで油の切れた人形のように緩慢だった。
鏡のようにピカピカに磨き上げられ、不純物を一切含まない『完璧すぎる』扉。
サキは背中に刺さるリンの視線を感じながら、ゆっくりと電子ロックのボタンへ指を伸ばした。
この扉の向こうにあるのは、約束された自由か、それとも・・・。




