6. 真っ白おばけと緑の小人
深い森の中、小さな影が二つあった。その足取りは慣れたもので、茂みをかきわけ木の根を飛び越えていく。
やがて、その先には奇妙な建物が見えてきた。
蔓が絡み合った奇妙な形をして、家と呼べるようなを見た目であった。
「ほら、いったとおりだろ。ここに変な家があるって。おとなたちが話してたんだ、森に住んでる魔女がいるって」
「魔女ってどんなやつなんだ?」
「さあ? きっと化け物みたいなやつだよ。すごく強いんだってさ」
二人が声をひそめてこそこそと話していると、不意に家を形作る蔓がするするとほどけていった。
そうして、中からでてきたのは銀色の髪をたらしたローブ姿の女性。
両者の目が合った。
「こんにちは、キミたちはこの近くの群れの子供でしょうか?」
「ぎゃあああぁ! ニンゲンだあああぁ!!」
声をかけられるとゴブリンの子供たちは叫び声をあげて逃げ出す。
女性は悲鳴に驚くが、その表情はなつかしいものを見たような苦笑に変わる。
木の陰から警戒する気配を感じながら、女性は少し考える素振りを見せて懐から干し肉を取り出した。手の平から生みだした小さな炎であぶりだすと、周囲に香ばしいかおりがただよいはじめる。
そうして、焼きあがった肉を見せびらかすように食べ始めた。
「おいしいですよ~、でも、食べ切れそうもないので誰かに食べてほしいですね~」
隠れていた子供たちは、女性の誘い文句につられてのこのこと姿をあらわす。ゴブリンの子供達は口にしたことのない味に夢中になって、焼いた肉をほおばった。
「うまかった、アリガトウ!!」
笑顔で礼をいう子供たちに女性も微笑み返す。
「おまえ、ニンゲンなのに言葉がワカル。どうしてダ?」
「それはですね~、あなたたちとお話できるようにがんばって覚えたのですよ」
「おまえ、変わったニンゲンだな!」
「まあ、そうですね。仲間たちの間でも変わり者ってよくいわれています」
女性は魔術師であったが、多くの魔術師が町で活動するのに反して辺境を渡り歩く生活を送っていた。森の住まうゴブリンの群れと交流していく姿から、ゴブリン姫などとも揶揄されていた。
森にすまうゴブリンたちはそれぞれの縄張りをもち、その住処を一箇所にきめることはない。そのため、森に入った人間とゴブリンがばったりと遭遇することがある。
そうしていさかいが起きると、女性が仲裁にはいることも多かった。ここ数年は森にゴブリンたちの縄張りについてまとめる作業を続けていた。
「森の浅いほうに住んでいる方々とは会ってきたのですが、奥の方まできたのは10年ちかく前のことでしたので、少しお話を聞かせていただけませんか?」
他のゴブリンの群れの話などをまじえながら、子供達から群れの規模や行動範囲などを聞いていった。
「ありがとうございました。最後に、このあたりでギギガガという名前の方をご存知ありませんか?」
「知ってるゾ! おいらたちのおじじだ」
「本当ですかっ!?」
子供達の答えに女性は身をのりだし、今はどこにいるかと続けて質問する。しかし、その答えを聞くと目をつむり、静かに細く長くため息を深くはいた。
「群れで一番のおじじだった。でも、この前、森の土にかえってイッタ」
「……そうですか、残念です。ゴブリンの方々の寿命は短いですからね」
それではといって立ち上がろうとする女性を子供たちが引き止める。服の裾をひく子供たちに負けて、女性は腰を降ろす。
子供たちも両隣に座ると、ニンゲンの話をきかせてほしいとせがんだ。
「あなたたちを見ていると色々と思い出してしまいますね。あの人も目をキラキラさせながら話をせがんできました……」
「アノ人?」
「それじゃあ、ひとつ昔話でも語ってみせましょうか」
「聞きタい!!」「聞きたイ!!」
こほんと咳払いすると、女性の口からゆったりとした口調で物語がつづられていく。
これはどこか遠い国の話。ふかいふかい森に囲まれた国に一人の女の子がいました。
女の子は真っ白な姿のせいで、いつも仲間はずれ。
友達をみつけようと森の中に入っていきましたが、迷子になってしまいました。
暗い森の中、ひとりぼっちの女の子は怖くてしかたありません。
木の陰に隠れてうずくまっていると、声をかけてきたのは緑色の小人でした。
女の子は助けてくれた小人のことがいっぺんで好きになりました。小人も女の子のことが気に入ったようです。
女の子は小人の仲間たちに囲まれて、森の中で暮らし始めます。
それはとても素敵な時間でした。
いっしょに遊んでくれました。
いっしょにお話してくれました。
いっしょに笑ってくれました。
少女は優しい小人のことがもっと好きになって、思い切ってその気持ちを伝えました。
でも、小人は好きという気持ちを知りませんでした。
女の子は悲しい気持ちになり森を飛び出してしまいます。
だけど女の子は気づいていなかったのです。
小人は大切なものをくれていました。それは、たったひとつのステキなもの……。
女性が語り終えると、子供たちは首をひねっていた。話が退屈だったかと頭をかいていると、子供達は交互に話しだす。
「その話はおじじから聞いたものと似てる。でも、ちょっと違ってタ」
「うん、小人はおいらたちゴブリンで、ニンゲンの女の子を好きになるんだ。でも、女の子にソレを伝えられないまま、女の子がいなくなっちゃウ」
「それから、お花を集め始めるんダ」
女性は震える声で、それはなんていう花なのかと聞いた。
子供たちは女性をつれて、とある場所にむかった。そこだけぽっかりと穴があいたように開けた場所で、日の光がまるく差し込んでいた。
「おじじはよくこの場所にきてた。すごくキレイな花だっておいらたちに教えてくれたんダ。花の名前はえっと……えっと……」
真っ白で小さな花が控えめに咲く樹を前に、女性はその花の名前を口にする。
「……マグノリア。木蓮の花ですよ」
風が吹いて彼女の前髪をゆらす。
風と呼吸が重なり、森の中で沈んでいた彼女の心が浮き上がっていった。




