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神アタリ先生の異世界調合  作者: 氏子かぞく
第1章  異世界転移編

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第7話 病床の少女




「だれなの……?」



部屋の奥から激しく咳き込む音とともに、か細く不安を感じさせる声が再び聞こえてきた。



若い女性……いや、少女か?



どうやら重病な上に、少女一人で住んでいるようだ。



俺は、相手を驚かせないように、注意深く声をかける。



「すみません。断りもなく入ってしまって。

泊まるところがなくて困っています。

一晩だけでもここに泊めていただけませんか?」



「……私はこのとおり動くこともできませんので、

お好きに過ごしてください」



少女は逡巡する様子を見せたが、力なく言った。



俺は出ていけ、と言われなくて、とりあえずホッとした。



俺はありがとうございます、と礼を言い、

疲れ切った身体を一つだけ置かれた椅子に落ちつけた。



俺が座ると、椅子は軋んだ音を立てた。



さて、これからどうしようか、と考えている間にも、

少女は絶えず咳をしていた。



この咳き込む様子からして、呼吸器系の疾患、つまり肺が侵されている病気なのでは、と思った。



こんな時でも目の前の患者の様子が気になってしまう。



他人を気にしてる場合じゃないだろう、

と思っていても、ついつい考えてしまうのだ。



こういうのを職業病というのか。



「……あの、何かの病気にかかっているみたいだけど、大丈夫ですか?俺は漢方薬剤……漢方医で、身体の状態を診て薬を調合したりできます。もし良かったら、泊めてもらったお礼に状態を診させていただけませんか?」



俺は漢方薬剤師という言葉より、患者が安心して相談に乗ることができるという翁先生に倣って、通称の“漢方医”という言葉を使った。



床に布を敷いて伏せっている少女に声をかけると、咳き込みながら考える様子が見てとれた。



恐らく、自分にとって危険な存在でないか考えているのだろう。



だが、少女の口から出てきた言葉は、

俺の全く想像していなかった言葉だった。




「……好きにしてください」



診察を受けることに対する恐れや不安、自分の病気が治るかもしれない期待感のような雰囲気は全くなかった。


その代わりに察せられたのは、自分の生命が消えていくことは変わらないという絶望感だった。



近づき、少女の目を見て、それは確信に変わる。



年頃は、20~25歳くらいだろうか。



頬はこけ、生気が失せた表情に若々しい雰囲気はなく、手首は骨と皮しか感じさせない。



少女の顔は高熱で紅潮している一方で、唇は青白い。


息づかいも荒く、呼吸がしにくいようだ。


時折その口から覗かせる舌の色は苺の果実のように濃い赤色をしていた。


これは感染症患者などにみられる”実熱”の典型的な症状。


体温も40℃はあるのではないかと感じられた。




俺は脈を取ろうと、少女の左手首を慎重に持ち上げた。



少女はわずかにビクッとなったが、それ以上動くこともなくなすがままにされていた。



俺は、左手、右手の順に少女の脈拍を取った。



脈は弱いのに、異常なほど速く、しかも不規則だ。



脈が弱いのは、血圧が低下している証拠だ。


炎症性物質が血管を拡張させ、血圧を落としているのだろう。


そして脈が極端に速いのは、炎症反応に対抗するために心拍数が跳ね上がっているためだ。



少女の様子と合わせて、俺はひとつの結論に至った。



―――敗血症。



感染が全身に広がり、炎症反応が暴走した状態だ。



だが、どれほど身体の機能が弱っているかによって、処方すべき薬も、治療の順番も変わってくる。



そこで俺は、手の脈の見方を、現代医学の評価から、中医学の脈診へと切り替えた。



五臓六腑ごぞうろっぷの経脈を診る。



東洋医学における『五臓六腑』とは、身体の中にある物理的な臓器そのものではなく、生命活動と精神活動を統合的に司る“機能体系システム”を指す概念だ。


物理的な内臓が実体的な器官ハードウェアだとすれば、五臓六腑はそれらを動かすためのOSソフトウェアのようなものだ。


その代表的なものが

かん』、『しん』、『』、『はい』、『じん』の五臓であり、

これらは 『』、『けつ』、『すい』の通り道である『経脈けいみゃく』を通じて、全身をネットワークのように結んでいる。



この経脈の強弱の具合を脈診から読み取ることで、病根の所在と病勢の深さを詳細に把握できる。



俺がまず感じたのは、

『肺』の気が極度に弱っているということだ。



高熱による炎症と、体内に蓄積した毒素が原因だろう。


そのせいで、肺が本来持つ“気を巡らせる力”が著しく低下している。



さらに、身体全体の気の流れが滞り、

血の巡りにも影響が出ている。



気が滞れば血も滞る。


その結果、肺の働きだけでなく、

腎や肝にも負担が及んでいる。



肺の失調による呼吸の乱れ、

腎の弱りによる水分代謝の破綻、

肝の働きの低下による解毒機能の衰え――。



中医学的には、複数の臓腑が同時に弱っている状態。


現代医学で言うところの、多臓器障害に相当する。





俺は焦燥感に、思わず歯を噛み締めた。



高熱を下げるための解熱薬や、感染を抑える抗生物質といった“現代医学の解毒薬”を投与したところで、すでに機能不全に陥りかけている身体が、その負荷に耐えられるとは思えない。



この状態では、単に熱を下げたり菌を殺したりするだけでは足りない。



全身の機能を同時に支える“総合的な対処”が必要だ。



適切な医療措置がされなければ、

この少女は、間違いなく──死に至る。



「ここらで病院や診療所のような場所はないのですか?」



少女は力無く首を横に振り、

もうこれ以上声を掛けないでほしい、

と言わんばかりに、そっと目を閉じた。



胸の奥がざわつき、焦燥が喉元までせり上がる。



このままでは、この少女は死んでしまう。


俺はただ、死にゆく者を見送ることしかできないのか。


本当に――俺に出来ることはないのか。




そのとき、俺の身体の内部に変化が生じた。



「な、なんだ?……これは?!」



目の前の空間に、

(かん)』『(しん)』『()』『(はい)』『(じん)

と刻まれた表示された五つの真円が浮かび上がり、

その下に赤い文字列が現れた。




固有技能スキル解読発功(げどくはっこう)五行診療(ごぎょうしんりょう)>】




異常事態に対する耐性がついたのか、

あるいは、これはもう夢だと割り切ったのか――



俺のメンタルは、目の前の夢のよう(ファンタジー)な現象を驚くほどあっさり受け入れていた。



どうやら、この五つの真円は、

少女の体調を五行に分類した“数値盤(パラメータ)”らしい。



俺のスキルは、脈診を通して対象の状態を読み取り、

その情報を五行のパラメータとして可視化する能力――

どうやら、そういうものらしい。



少女のほとんどの真円は、

燃え上がる炎のような赤色に染まっていた。



俺が少女の手を離すと、

真円はふっと消えた。



脈診を取っている間だけ、

パラメータが表示される仕組みらしい。



俺は試しに、自分の脈を取ってみた。



すると、少女の時と同じように、五つの真円パラメータがふわりと目の前に浮かび上がった。



ただ、その色合いはまったく違う。



『肝』は青、『心』は赤、『脾』は黄、『肺』は白、『腎』は黒――

どれも本来の五行を象徴する、鮮やかで澄んだ色をしている。



見ると、

【体温】36.3、【脈拍】60-80、【呼吸】12-18、【血圧】120/80


と表示されていた。



どうやら、中医学の脈診だけでなく、測定機器で計測する健康状態(バイタルサイン)も可視化してくれるらしい。



再び少女の脈を取る。


【体温】41.8、【脈拍】120-150、【呼吸】30-40、【血圧】74/42



やはり、バイタルサインからしても、

全身炎症反応が暴走──

その結果、血管が拡張し、

血圧が維持できていない──

心拍と呼吸が限界まで上昇──

これは酸素供給が追いつかず、

臓器障害が始まる段階──



そして、先ほどは気づかなかったが、

少女のパラメータはどれもくすんだ色に濁っている。


特に『肺』は、赤黒く淀んだ色をしており、

その深刻さが一目で分かった。


心なしか、真円に()()のようなものが入っているようにも思える。



俺は、もう片方の手の人差し指で、

空中に浮かぶ『肺』の真円に、そっと触れた。



その瞬間、真円に“何か”を吸い取られるような感覚が走った。



まるで身体に溜まっている栄養素を根こそぎ抜かれていくようだ。



すると、次第に()()のようなものが消え、

赤黒い濁りがほんのわずか薄くなった。



少女の呼吸が、心なしか落ちついたように見える。


【体温】が、“41.3”に変わっている。



ひょっとしたら、それぞれのパラメータを通じて、

少女の症状を緩和することが出来るのではないだろうか。



ものは試しとばかりに、

『肺』の真円に”力を注ぐように”指を当て続ける。



濁りがどんどん取れていき、

炎のように赤かった色が徐々に薄まった。



【体温】40.0



それと同時に、少女の苦悶の表情が和らいでいった。



――効いている。



俺は思わず息を呑んだが、


その直後、俺の全身から力が抜け落ちた。



視界が揺れ、膝が勝手に地面へ落ちる。



まるで生命力そのものを吸い取られたかのような、強烈な脱力感。



どういう原理かはわからないが、

俺の生命力を糧にして少女の治癒が行われているらしい。



このまま続ければ、少女の状態は改善するかもしれない。



──だが、俺の身体がもちそうにない。



額から流れ出した汗が床に滴り落ちるのを眺めながら、俺は思った。




少し経つと、少女のパラメータに再び変化が現れた。



薄れていた濁りが、またじわじわと戻り始めている。


赤黒い色が、再び肺の真円を侵食していく。



【体温】40.3



この程度の緩和では、焼け石に水だ――


そう思い、俺は室内に症状を効能のありそうな薬はないか探した。



物入れらしき箱を漁っていると、

薬液らしきものが入った小瓶がひとつ出てきた。



俺は中身を指先に取り、一滴だけ舐めてみた。



その瞬間、身体の奥で“スイッチが入る”ような感覚が走った。



固有技能(スキル)解読発功げどくはっこう生薬分析しょうやくぶんせき>】




目の前に、五つの柱状のパラメータが発光して現れた。



それぞれ青・赤・黄・白・黒――五行の色をしている。


右上には『回復薬』の文字。


どうやら、この薬液の成分を五行に分類して表示しているらしい。



青は『肝』、赤は『心』、黄は『脾』、白は『肺』、黒は『腎』。


それぞれの柱は五段階のメモリで構成されており、

含まれる成分量に応じて淡い光が満たされている。



表示された効能は――


『回復薬』

効能:裂傷回復(弱)・腫瘍消散(弱)・血液増大(微弱)

[肝]1[脾]1[心]2[肺]1[腎]2



どの柱も1~2メモリ程度しか光っていない。


どうやら、あまり効果のあるような薬ではないようだ。



最後までご覧いただき、ありがとうございます。

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