第6話 捨てられ村
とぼとぼと門の中に入り、集落の中を見渡してみる。
紅砂の砂煙が視界を曇らせ、遠くまでは見通せない。
それでも、石造りと思われる平屋の建物が規則正しく並んでいるのが分かる。
『捨てられ村』という名前のだったわりに、
規模としては“村”というより、むしろ“街”に近い。
なぜわざわざこんな不吉な名前がついているのかは分からない。
だが、薄汚れた外観の家々や、どこか荒んだ雰囲気からすると、スラム街のような場所なのかもしれない。
だが、まるで区画整理したかのように碁盤目調に伸びる道の雰囲気と、それに沿って整然と立ち並ぶ平屋建ての街並みに、俺は不思議な既視感を覚えていた。
……ただ、それにしては妙だ。
まるで区画整理されたかのように、碁盤目状に道が伸び、その両脇に平屋が整然と並んでいる。
異世界といえば中世ヨーロッパ風の街並みを想像していたが、この集落は石造りの建物でありながら、どこか和風の雰囲気すらある。
このまま中からちょんまげの人でも出てきたら、異世界ではなく過去にタイムスリップした可能性も考えなければならない――
そんな馬鹿げた想像すら浮かんだ。
そのとき、先ほどの門番の男が俺の前に立ち塞がった。
門番という仕事にふさわしく、屈強そうな強面の男だった。
ちなみにちょんまげではなく、スキンヘッドだ。
「あ、ありがとうございました。それであの……」
「ん? お前、ここは初めてか?」
門番の男は俺の顔をじろりと見て、続けた。
「なら言っておく。ここは基本的に共同生活だ。この先に住居区画が広がってる。戸建てから長屋までいくつか種類はあるが、どれも先住者がいるはずだ。どこか許可をくれるところに加入させてもらえ」
それだけ言うと、男は踵を返し、門の奥へと戻っていった。
どうやら、この集落に入るのに許可証などは必要ないらしい。
住居は既存の建物に“入れてもらう”方式。
いわば、見知らぬ住人に頼み込んで入居するシェアハウスのようなものだ。
道なりに歩きながら、立ち並ぶ家屋を見渡す。
石造りや土壁の建物が多く、なかには屋根が一部崩れ、壁が欠けているものもある。
全体的に老朽化が進んでいる印象だ。
――この世界の生活水準は、思っていたより厳しいのかもしれない。
俺は、戸建ての中でも比較的状態の良さそうな家の前で足を止め、深呼吸をひとつしてから、扉をノックした。
だが、反応がない。
やっぱり、もう少し強めに叩いた方がいいのだろうか。
思い切ってガンガンと扉を叩くと、中から怒鳴り声が返ってきた。
「うるせえな!」
扉が勢いよく開き、人相の悪い中年男が顔を出した。
入居希望だと伝えると、
「ウチは満員だ。ほかを当たれ!」
と吐き捨てるように言い、すぐに扉を閉められた。
……やはり、状態の良い住居は人気物件ということなのだろうか。
だが、ランクを落とした戸建てでも、長屋タイプの住居でも、返ってくるのは同じ言葉だった。
「満員だ」
「空きはねえよ」
「ほか行け」
ひょっとして、この集落は人口が過密状態なのか――
そんな考えが頭をよぎる。
しかし、だいぶ状態の悪い長屋まで回ってみて気づいた。
二人用の住居に一人で住んでいるような物件でも、
俺が男だと分かった瞬間に「満員だ」と断られる。
女性が一人で暮らす住居なら、危険回避のために断るのも理解できる。
だが、男が一人で住む住居で、
「なんだ、男かよ!」
とあからさまに嫌な顔をされると、
女性なら受け入れていたのかと疑いたくもなる。
「満員って……あなた一人しか住んでいないんじゃないですか?」
つい、キツめの口調で言ってしまった。
男は鼻で笑い、
「ここでは先住者が優先されるんだ。
ここは俺一人で満員だ。ほかを当たれ」
と言い放ち、扉を閉めた。
その瞬間、俺の中で何かがぷつりと切れた。
体力も気力も、もう限界に近かった。
「お願いします! ひと晩……ひと晩だけでも泊めてもらえませんか!」
必死に食い下がる俺に、返ってきたのは冷たい怒声だった。
「うるせえ! ダメだったらダメだ! どっか行け!!」
まったく話が通じない。
ただただ、悲しくなってくる。
すごすごとその住居を離れ、
壁がひどく傷んだ長屋の扉をノックした。
開いた扉の向こうには、夫婦と思われる中年の男女が立っていた。
二人の目には、部外者に対する怯えがはっきりと浮かんでいる。
……この家に俺が入れてもらえる可能性は、限りなく低い。
「すみません。入居を希望したいのですが……
もし無理なら、一晩だけでも泊めていただけませんか?」
中年の女は申し訳なさそうに眉を下げた。
「悪いんだけどねえ……」
その声に悪意はなかった。
むしろ、断ることを心苦しく思っているのが伝わってくる。
それでも、こう何度も拒まれると、胸の奥にあったかすかな希望すら、最初から信じてはいけなかったのではないかと思えてくる。
「……住居区画のはずれにある大きな建物なら、入れてもらえるかもしれない」
立ち去ろうとしたとき、中年の男が背中に声をかけてくれた。
俺は振り返り、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
そのまま歩き出したとき――
「あんた、あそこは……」
背後から、中年の女の声がかすかに聞こえた。
だが、俺は振り返らなかった。
聞き返す勇気も、もう残っていなかった。
そして、俺はその建物の前にたどり着いた。
石造りの平屋建て。
大きさからして民家というより、倉庫に近い。
だが、壁はところどころ破れ、屋根は朽ちかけている。
外観だけでこれなら、内側はさらに酷いだろう。
住居とは名ばかり。
むしろ廃屋と呼ぶ方が正確だ。
ここの中でも、最下層のヒエラルキーに位置する――
そんな空気がひしひしと伝わってくる。
果たして、どんな人間が住んでいるのか。
破落戸の溜まり場かもしれない。
薬物が蔓延している可能性もある。
それどころか、「ぶっ刺してやる!」という怒号が響き渡ったり、仲間なのに毒を盛ったり、縛り首にしたりするようなやさぐれた環境かもしれない。
死体の一つや二つ転がっていることも覚悟しておいた方がいいのでは、と思えてくる。
……それでも、俺にはもう後がなかった。
震える手で、俺はその家の扉を慎重にノックした。
返事はなかった。
……やはり、ここでもダメか。
そう思いながらも、ひょっとしたら住人がいない可能性も考えて、もう一度ノックし、ゆっくりと扉を押してみた。
鍵はかかっていなかった。
ギギッ、と軋む音を立てて扉が開く。
中は薄暗く、空気は重く澱んでいる。
間仕切りのない倉庫のような造り。
その奥に、仄かな灯りが揺れていた。
……人は、いる。
だが、次の瞬間、俺の嗅覚が警鐘を鳴らした。
――この家の住人は、重病だ。
伝染性かどうかは分からない。
だが、長く病に臥せり、死が近い者に特有の、
あの“死の匂い”がはっきりと漂っている。
病院でも、薬局でも、余命わずかの患者から漂っていた、あの匂い。
これが、中年の男が言っていた、
「入れてもらえるかもしれない」という意味であり、
中年の女が懸念していた理由なのだろう。
ここは――
どんな住居にも入れなかった者が
最後に流れ着く場所。
死病に取り憑かれ、
ただ静かに死を待つだけの者が住む、
“最下層の終着点”。
そんな場所に、俺は立っていた。
「……だれ?」
か細い声が、部屋の奥の方から聞こえてきた。
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