第5話 異世界転移
――俺は、全てを思い出した。
俺は老婆にもらったペンダントをつけた途端、光に包まれて意識を失ったのだ。
だが、ここが“異世界”であるかどうかは別問題だ。
無実の罪を着せられ、事実上辞めさせられた俺だ。
それを思うと、今さらドッキリに嵌められることなんて大したことではない。
本当にドッキリであってくれるなら……。
必死に頭を冷静にしようとしつつ、俺はもう一度、木の看板をしげしげと見る。
実は顔を傾けて見ると、『ドッキリでしたー!』とか読めるのではと期待して、色々な角度からその甲骨的な文字を眺める。
なんせ、それに気づけばドッキリが解除されるかもしれないのだ。
俺は真剣だ。
そもそも同意なしに意識を失わせこんなところに置き去りにされたら、いくら温厚なMOBの俺でも訴訟を起こすかもしれないと、この企画の主催者は考えなかったのか――
……ていうか、訴訟を起こさないであげるから、
今すぐドッキリを解除してください!
夢なら覚めて、と頭を拳でガンガンやってみたり、
ほっぺたをつねってみたりするが、
変な汗が出てくるだけで状況は一向に改善されない。
粒子の細かい紅砂がやたらと目に入り、
イベント会場で親とはぐれて迷子になってしまった幼児の如く、涙も自然と出てくる。
そのうち、俺の内面で奇妙な変化が起きる。
最初は、涙で目がかすんだだけだと思った。
――だが、違った。
知らない文字の羅列ということは変わらないのだが、
同時通訳というか、テレビの副音声のように
単語の意味が自然と理解できるようになった。
『捨てられ村』
――看板には、そう書いてあった。
きわめて縁起の悪い言葉のように思えるが、
『捨てられ村』という場所があるらしい。
そして、この摩訶不思議な“現象”についても、
自分の“能力”として認識できるようになっていた。
固有技能【解読発功】
俺は、自分に起きた“現象”に、恐れおののいた。
……違う!……俺は、違う!
……俺は、”厨二病”なんかじゃないっ!!
非現実的な状況のせいで、
頭の節度が何個か飛び、
「超常的な能力に目覚めてしまった!」的な
テンションになったのではないか、と自分を疑った。
だが、いくら考えても、何の解決にもならなかった。
いよいよ現実感がなくなってきた俺は、
「もういいや、これはタチの悪い夢だ」と結論づけ、
ひとまず看板の先の道を進むことにした。
兎にも角にも、身を落ちつけられるところに行かねば。
このままここに居ては身体に差し障る。
明日も、仕事はあるのだ。
夢から覚めるのは、それからで良い。
異常事態に対する危機感と、現実逃避したい感情に揺れる俺は、30分くらい道を歩いた先に、ようやく施設らしきものが見えてきた。
おそらく、あそこが『捨てられ村』なのだろう。
高さ三メートルほどの石造りの塀で施設全体が囲われており、まるで収容施設のようだ。
だが今の俺は、一時的でも身を落ちつけられる場所が欲しい。
ひとまず、ここに入らせてもらおう。
近づいていくと、街道から続く正面の塀に幅3メートルほどの閉ざされた門があった。
俺は、その門をノックした。
反応はない。誰もいないのか?
今度は強めに門を叩き、大声で「誰かいませんか!」と叫んだ。
「ちょっと待ってろ」
中から男の声が聞こえた。
――よかった、言葉が通じそうだ。
門がわすかに開き、門番と思われる男が顔を出した。
だが、その目には明らかな警戒が宿っていた。
その視線を受けた瞬間、俺は気づいた。
――どうやって入れてもらえばいいんだ?
もし、本当にここが異世界だとしたら、
俺には身分証明書に相当するものが何もない。
というより、この世界の常識を何ひとつ知らない。
この世界の制度も、法律も、通行のルールも分からない俺が、どうやって施設に入る許可を得ればいいのか。
通行許可証が必要だったら、その時点でアウトだ。
そして――俺の事情をどう説明すればいい?
今の俺は、この世界の外から突然現れた正体不明の異端者。
治安を守る側から見れば、
間違いなく取り締まるべき“危険人物”だ。
普通なら取り調べのうえ、隔離され、監視されるだろう。
下手をすれば、異端者というだけで即座に排除対象になるかもしれない。
そう考えると、俺は自分の正体をどうにかして隠しながら生きていくしかないのだろう。
不器用な俺に、そんな器用な真似ができるのか?
だが、やらなければ――
この世界では、簡単に命を落とす可能性がある。
――ええい、もう!夢なら早く覚めてくれ!!
心のなかに大きな葛藤を抱えつつ、
俺は頭をフル回転させて考える。
とにかく、この門番の男に不審者と思われないような言動をしなければならない。
だが、過度に精神的に負荷がかかったせいか、俺の頭の中の節度が、ひとつどこかへ飛んでいってしまったようだ。
……ふっ、俺は自他ともに認めるMOBの中のMOB!
そう!俺ならば、相手の空気と呼吸を読み、
相手の言葉尻を捉えてその意図を予測、
それどころか相手の脳波を受信して
その一手先を読み、うまく話を合わせるための
最適解を導き出せるはずだ!
さあ、来い、勝負っ!!
MOB能力を突き詰めると、超常的交信者のような存在になってしまうわけではないだろうが、”夢の恥は搔き捨て”とばかりに、”厨二病的”な顔を覗かせてしまった俺は、変なテンションになりながらも、なけなしの頭を総動員して、異端者と悟られないような対応をするべく門番の男に相対する。
密入国者の気持ちを、いまハッキリと実感した。
その瞬間、相手がギョッとした表情をした。
「なんだ、その格好は…?」
俺は、自分の身体を見てみた。
――白衣を着ている。
あれ?白衣って薬局に置いてきて、自宅では脱いでいたような……
そう思っていた俺の内心はともかく、相手の反応からすると、俺はこの格好で、すでに不審者っているらしい。
この世界では白衣が見慣れないものなのか、門番の俺を見る目つきがいよいよ険しくなり、不審者レベルが急上昇していくのを、俺のMOBセンサーが感知した。
……ダメだ。うまく言い逃れできる自信がない。
速攻で詰んだ――
内心、絶望の闇に落ちていく自分を感じながら、
徐々に目線が下がっていく。
「――さっさと入れ」
門番によって、人が通れるくらいまで門が開かれる。
……はい?あれ、入ってもいいの?
――え、なんで?どうして?!
――わかんないっ!!
俺は内心頭を抱えながら、呆然と開いていく門を眺めていた。
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