第40話 悪鬼羅刹
「お、お前!? なんでこんなところにいやがる!?」
バッカスは少年を見てギョッとした表情になる。
もとは捨てられ村で一大勢力を誇った鉄火場一派の首領。
道端で出くわした少年相手に気圧されるような男ではない。
だが、少年を見て明らかに「コイツにだけは会いたくなかった!」というような表情をしている。
心なしか口調も調教後のものから、元の感じに戻っている。
「こっちのセリフだ、バッカス! 何でこんなところにいやがる!? ぶっ刺すぞっ!!」
悪鬼羅刹のような表情でバッカスを見上げる少年。
とても鉄火場一派の元首領に対するふつうの少年の態度ではない。
突いて出た言葉は、さらに尖がっていた。
相手が少年でなくても、とても朝っぱらから聞きたい言葉ではない。
バッカスもそう思ったのか、引き攣った表情で少年を見ている。
しかし、少年の視線はバッカスから部屋の中へ注がれた。
「チハ! ここにいたか!!」
チハの姿を確認した少年はずけずけとセティアの住居に入ってきた。
そして、身ぎれいにされたチハがネグリジェのような寝間着で朝食をはむはむと食べている様子を見て息をのんだ。
俺は少年の様子を見ていて、おそらくチハの知り合いの子で、チハが昨日帰らなかったから心配して探しに来てくれたのかな? と思った。
(……あ、だけどチハの様子が昨晩から変わっている。変に誤解しないと良いけど)
そう俺が思った瞬間だった。
少年の表情がチハに向ける心配そうなものから悪鬼羅刹に戻った。
「てめえらぁぁあああ! チハに何しやがったぁぁぁああああああ!?」
やはり少年は、盛大に勘違いした。
一方、心配されているチハ本人は、少年の激発に動じずにパンをはむはむしている。
「そうか、言えねえことされたんだな。よおくわかった安心しろ、チハ。この家の奴ら全員ぶっ刺して事実そのものを消してやんからよおっ!!」
おそらく一番悪い事態に曲解した少年は、朝っぱらからとても不吉なことを叫んだ。
「ちょ、ちょっと落ち着こうか」
俺が言うのと、少年がナイフをチャキッと出したのは同時だった。
目つきと気迫から、脅しではなく本気であることは疑いようがなかった。
「まずはお前からか? 望みどおり殺ってやんよぉぉーーー!」
少年がナイフをかまえて俺に襲いかかってきた。
迷いなくナイフの先端を俺に向けてくる。
(本気か……!?)
少年のナイフを持った手が、俺たちの横からぬっと出てきた手刀によって払われる。
「ちょおっと、狼藉が過ぎるわねえ?」
巨体に似合わず身軽な動きをしたイアーモが、少年の腕を掴もうとした。
だが、少年は瞬時に腕を引っ込め、反対の手で腰からナイフをもう一本取り出し、イアーモに投擲した。
「むっ!」
イアーモはバックステップで少年の投げたナイフを間一髪のタイミングで回避した。
心なしか、少年の素早い対応に若干笑みを浮かべていたイアーモの表情が真剣みを帯びる。
「こういうことはお外でやりましょうか」
イアーモが少年に迫り、ナイフを持った少年の腕を蹴り飛ばした。
少年は咄嗟にナイフを持ち替えて防御姿勢を取ったが、イアーモの蹴りの勢いで住居の外に弾かれた。
屋外に出た少年をイアーモが追撃する。
もはや若年者に対する配慮はなさそうで、体格差を生かした圧力をかけながら、少年との距離を詰めようとしている。
少年がその勢いに押されたのか、体勢を崩して地面に倒れそうになった。
少年の腕を取って地面に押さえ込もうとイアーモが迫る。
少年はイアーモの方を振り向く前に、手首の返しだけでナイフをイアーモの額を狙って放った。
「むっ、この子!」
腕利きの元傭兵だけあって、イアーモは初見殺しの額刺しを頭振り(ヘッドスリップ)で避けた。
しかし、その隙を突いて、少年はさらにナイフをチャキッと取り出し、次々とイアーモに向かって投擲する。
さすがのイアーモも次々に飛んでくる間一髪で躱しつつ、いったん態勢を立て直そうと距離を測るように軽やかにステップしながら動く。
そのイアーモに対して、体勢を立て直した少年がぎらつく笑みを浮かべた。
見ると、少年の両手の全部の指の間にナイフが挟まっている。
少年は何の躊躇いもなく、全力をもって8本のナイフをイアーモに投擲した。
ナイフを駆使した格闘技術もさることながら、言葉だけでなく人をぶっ刺すことに何ら躊躇いを感じていない様子に、さしものイアーモも引き攣った表情になる。
「固有技能【巨人硬化<部分硬化>】!」
イアーモの腕がポパイのように大きくなり、飛来するナイフを防御すると、ナイフは固い音を立てて弾かれた。
しかし、その様子に少年は臆することなく、新たなナイフを取り出すと、ペン回しのようにヒュンヒュンと軽やかな動きをさせてイアーモに迫ろうとした。
ちなみに一応、イアーモは相手が少年であることも考慮して、なるべく無傷で身柄を確保しようとしている。
だが、思いのほか卓越した少年のナイフ技術に、次第に険のある表情になっていった。
「アナタ! ホントいい加減にしないと――」
そんな状況に、不穏な世帯主の声が響いた。
「いったい朝っぱらから、家の前で何やってるんですか……?」
声のした方に振り向いた少年の顔が驚愕に揺れた。
不穏な気配を漂わせた声に、ではない。
少年はすでに無頼漢な大人たちの恫喝など犬にでも喰わせて、その犬を俺が食ってやる! と言い切るほどのメンタルで生きてきた。
今さら見知らぬ者の注意や叱責で喧嘩を止めるようなことはしない。
少年の表情を一変させ、身動きできない状態にさせたのは、その声の主の実体的な力による。
少年の両腕、両足、胴体に無数の糸がビシッと絡みつき、拘束された少年の四肢はそれ以上の行動の自由を許されることはなかった。
少年は自分の動きを封じた糸をひととおり見渡し、自分の力では断ち切ることのできないものであることを瞬時に悟った。
そして再び振り返った少年の視線の先には、不穏な気配に包まれたセティアお姉さんの笑顔があった。
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