第25話 傭兵の男(1)
「……話は終わった? それならとりあえずセティアを解放してもらっていいかな?」
俺は、バッカスに言った。
ここに来た目的は、セティアを取り返すためだ。
組織への勧誘活動は先方の用件であって、俺のではない。
「それは、色よい返事を貰えると思っていいのか?」
バッカスが険のある笑みを浮かべて言う。
「俺は勢力拡大をする気もないし、組織に属する気もない。あんたらとは利害が一致しない。だからあんたの申し出は断る」
バッカスがやれやれと言うように、首を振って息を吐く。
「俺たちがこんなに丁寧に話しているのに、ちょっと礼儀を欠いているんじゃないか?」
「セティアを誘拐している時点で、礼儀を欠いているのはそっちだろう? 今後のことをきちんと話をするなら、こういうやり方じゃないはずだ」
バッカスが目を閉じて、ため息を一つ吐いた。
「――仕方がない。やれ」
それまで石像のように表情一つ動かさなかったモアイが、瞬時に俺の間合いまで詰めると、拳を繰り出してきた。
俺はとっさに腕で防御したが、まるで丸太を打ち付けられたような圧力を感じた。
そのまま後方まで吹き飛ばされる。
モアイは吹き飛ばされた俺に近づこうと歩みを進めようとする。
「岩流・【土流壁】!」
すると、俺とモアイの間に土壁が形成された。
「アタリ、大丈夫か?!」
ゲンが俺の方に駆け寄ってきた。
「ああ、ありがとう、ゲン」
ドゴンッ、という衝撃音がした。
モアイの拳が、土壁から飛び出ていた。
拳が引き抜かれ、数発同じような衝撃音がすると、残った壁は粉砕されていた。
ゲンの出した土壁を粉々にするだけの腕力。
俺に対する拳はひょっとしたらまだ手加減されていたのかもしれない。
「――わかっていないようだから、教えておいてやる。俺とお前たちの関係は対等じゃない。女を人質に取っている時点で、な。それにお前たちの前に立っているモアイがいる限り、お前たちは俺たちに手出しすることはできない」
バッカスの声がモアイの後方から響く。
「わかったか、お前たちの置かれている立場が。これが組織に属しているかどうかの違いなんだ。身の振り方を誤らないためには、受け答えには気をつけることだ。特に人質の女の扱いはお前の今後の言動でどうなるかわからないからな?」
バッカスが不敵な笑い声が耳障りに響く。
やはりどんなに下手に出ていても、本音では俺たちのことを対等に見ておらず、最初からただでセティアを返すつもりなどなかった。
まるで感情のない巨石のような男が、バッカスの方を振り向いて口を開く。
「……おい。俺はこの男の制圧は請け負ったが、人質の女に手出しすることは了承していない。わかっているな?」
バッカスは少し驚いたような表情を見せたが、鷹揚に頷いた。
「わかった、わかった。そう堅苦しいことを言うな、モアイ。お前は、漢の中の漢。決して無抵抗の女子供には手を出さないんだったな。だが、こうでも言わないと、そこの頑固な奴はいつまでも意固地のままじゃないか? それともお前が話をつけてくれるのか?」
「俺は請け負った依頼をするだけだ。それが俺の信条に反しない限り、反故にするつもりはない」
どうやらモアイは見た目とは裏腹に何の感情もない男ではなさそうだ。
モアイが俺たちのやりとりに身動き一つなく待機し、制圧の号令がかかれば即座に動いたのは、すべて請け負った依頼によるものだった。
だが、無抵抗の女子供には手を出さないという信条に反する場合は契約違反とみなし、契約主の命令にも反すると受け取れた。
そうであるなら、現時点ではセティアの身の安全は守られているということだろう。
「……だったら、はやく制圧してくれ。そいつはどうも痛い目を見ないとわからないらしい。もう少し頭の良い奴だと思っていたがな、残念だよ。この程度なら幹部にするまでもない。力で従わせるただの駒で十分だ」
バッカスは言葉では俺を御しえないと思ったのか、実力行使で従わせるようモアイに指示した。
「……だそうだ。もし、途中で気が変わったら言ってくれ。殺す気はないが、腕や足の一本か二本は覚悟しておいた方がいい。俺は傭兵だ。やると言ったら、やる」
モアイは俺に向き直り、淡々とした口調で言った。
威圧をかけているわけではないのに、言葉自体に重みがあるように思える。
それはモアイがプロの傭兵として嘘偽りのない実力を持ち、虚勢を張るような男ではないからだろう。
俺は目の前のモアイに焦点を定めた。
『モアイ』2229/2230Lx
[体力]700/700
[魔力]200/200
[攻撃力]200/200
[素早さ]80/80
[器用さ]50/50
[耐久力]499/500
[精神力]500/500
[麻痺耐性(強)]
モアイの性能分析数値が目の前に出現する。
なぜ確認できるかというと、初撃で殴られたときに、せめて麻痺を入れられないかと、とっさにトゲのような形状の血鞭を出しておいたのだ。
チクッとしたかもしれないが、おそらく見えてないはずだ。
だが、モアイの分析結果を見つめていると、逆に見たくなかったような気もしてきた。
[麻痺耐性(強)]という表記。これは、麻痺に対する強い耐性があるということだろう。
これまで鉄火場一派のチンピラ相手を行動不能にさせてきた神経毒の効果がまったく効いていない。
これでは俺の血鞭はただのかすり傷を与えるだけの細い鞭でしかないが、モアイにはそれもほぼ意味のないものであることが俺には診えてしまう。
俺のステータスを、ちらっと見る。
『アタリ』665/810Lx
[体力]60/100
[魔力]200/200
[攻撃力]45/50
[素早さ]30/40
[器用さ]90/100
[耐久力]40/70
[精神力]200/250
俺のステータスは確認しようと思えばいつでもできる。
そしてステータス比較をすると、傭兵とMOBの違いが数値的にも明らかだ。
先ほどのモアイの拳撃も、うまく防御すればもう一撃くらいは耐えられるかどうかというところ。
本来なら、勝負にすらならない戦いだ。
もとの世界なら迷うことなく逃げている。
だが、今はセティアが人質に取られている状況で、ここで逃げるわけにはいかない。
なんとかしてこの状況を打破する道を探さねば、と思案していると、モアイが近づいてくる。
ゲンが土流壁を俺の正面へ再度形成した。
すると、モアイは壁を避けて今度はゲンの方へ回り込んで急接近しようとする。
俺は、強力な神経毒の『サソリの根』と、強い腹痛を起こす『バラクーダの枝』の成分を付与した血鞭を二本展開し、避けられにくいように左右からモアイへ放つ。
俺の血鞭を見るのは初めてのはずだが、二本の紅い鞭に動じることなく、モアイは腕で防御した。
だが、さすがに見たことのない武器を俺が出したことに警戒したのか、モアイの足が止まり、警戒した目線を俺に送る。
その間に、ゲンはモアイから距離をとった。
接近戦ではモアイと相対するのは危険と、ゲンも考えたようだ。
俺はモアイのステータスを注視した。
『モアイ』2019/2230Lx
[体力]650/700
[魔力]200/200
[攻撃力]200/200
[素早さ]75/80
[器用さ]45/50
[耐久力]399/500
[精神力]450/500
先ほどより少し弱体化をかけられたくらいで、またもや大した効果があるようには見えない。
だが、俺はある仮説を立てた。
(麻痺耐性は高くても、毒耐性はそこまで強くないのでは?)
そこで、俺はある毒効果を血鞭に付与して再度、モアイに放った。
モアイは危険な雰囲気を感じ取ったのか、今度は防御せずに後方に跳んで回避した。
俺はここが数少ない勝機と考え、二本の血鞭を多軌道から放つ。
モアイは体格に似合わず俊敏な動きで回避し続けたが、そのうちの一条がモアイの足首に直撃した。
かすり傷程度――
――だが、その瞬間、モアイの身体がガクンと下がった。
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