第23話 セティアの誘拐
俺は、ゲンの言葉を理解できずにいた。
「え? どうして、『鉄火場一派』がセティアを……?!」
ゲンは悔しげな表情を浮かべた。
「俺の責任だ。俺がお前たちを巻き込んじまったせいだ」
どうやら、修繕作業で俺たちを陥れようとして返り討ちに遭ったハリーが、『鉄火場一派』を動かして俺たちに仕返しをしようとしているというのだ。
ハリーから事情を聞いた『鉄火場一派』の首領は、金の成る能力を持ったセティアの存在、そしてセティアを守る俺の存在を目障りな存在として対処することにしたそうだ。
「『腹を割って話をしたいから、女の身の安全と引き換えにアタリを鍛治工房の第八倉庫まで連れてこい』、と使いの者が俺に伝達してきやがった。だが、それは表向きの話だ。おそらくセティアを人質にして何もできないアタリを数の暴力で屈服させる気だ」
ゲンはこれまで鉄火場一派の被害に遭った者たちの噂から、俺たちに対してどのような手段に出るのか予想をした。
「セティアが人質になっているとしたら、とりあえず行くしかないね」
「だが、お前。何か策はあるのか?行ったところでまともな話ができるかどうかはわからねえ。ひょっとしたら袋叩きに遭うだけになるかもしれないんだぞ?」
「……セティアの身の安全には代えられない」
「……もう一つ、良くない噂があるんだ。鉄火場一派の幹部の方針に従わない跳ねっ返りがいて、幹部の意向とは別に動いているらしい」
「どういうこと?」
「そいつらは幹部が組織の力を使ってお前を服従させようとすることが気に食わない。たかが女とその同居人に何をそんな怖がってるんだってな。別に呼びつける必要なんてない。引っ捕まえればいいじゃないか、と」
「つまり、指定された場所に行く前に、襲撃される危険もある、と?」
「ああ、そう思っておいた方がいい。だからそいつらにとっては、誰がお前の首を取るかっていう対立勢力の抗争レベルの話になっちまってる。」
「どんな奴らなのか、知ってる?」
「ひとりひとりは別に大した能力もないただのチンピラだよ。ただ、普段は組織の手足にこき使われてるだけだから手柄を立てたくて仕方がないんだ。数がまあまあいるとなると意外と厄介だ。まずは、こいつらをうまくかわしながら第八倉庫に向かわなければならない」
「当然、弁務官事務所に通報すれば──」
「――ああ、セティアの身に何か起こることを覚悟しなきゃいけなくなる」
「わかった。どちらにしても行かなければならないことに変わりはない。そこに連れて行ってくれるか?」
「ああ、もちろんだ。元は俺が招いてしまったことだ。最悪、俺がお前たちの身代わりになってでも、なんとか事を収めようと思ってる」
ゲンの顔が死を覚悟するくらいの悲壮感を漂わせている。
「ゲンだけの責任じゃないよ。ハリーを返り討ちにしたのは俺なんだ。俺の能力でどこまでできるかわからないけど、全く対抗できないわけじゃない。とりあえず、まずは一刻も早くセティアのために動こう」
六つ鐘が鳴り、辺りが暗くなってくるにつれ、表には人影が少なくなっていく。
見かけるとしても、片づけが遅くなって家路につこうとする者たちがほとんどだ。
そんな黄昏時のなか、闇に潜むように建物などの物陰に立つ二人の男たちがいた。
手にはナイフや棍棒を持ち、標的が通りかかるのをじっと待っている。
気性が荒く、普段は暴力衝動に身を任せることしかできなくても、手柄を立てるためには待つことを厭わない者たちだ。
「本当にこの道で間違いないんだろうな?」
「あの要塞みたいな建物から第八倉庫に向かうには、この道を通るのが一番の近道だろうが」
「襲撃を警戒してほかの道を回ってくる可能性もあるじゃねえか」
「その場合はほかの道に待ち伏せている奴らが見つけるさ」
「馬鹿か!? そうしたら、奴を捕まえるのをほかの連中に盗られるかもしれないじゃねえか!」
「大丈夫だ。噂によると奴は奇妙な鞭を使うらしい。あの腕自慢のハリーが泣きっ面で帰ってきたって話だ。そう簡単には倒せない。ほかの連中が接触したら向かえばいい。上手くすれば、ほかの連中とやり合っているところを俺たちが横取りできる」
「そいつぁ、良い! とにかく奴を捕らえれば大手柄だ。いつまでたっても下っ端扱いなんて御免だからな!」
歪んだ表情を、夕暮れの明かりが仄かに照らす。
この男たちにあるのは、義侠心でも仲間意識でもなく、ただただ、己の立場への不満と破壊衝動、歪んだ心だけだった。
そんな男たちが獲物の訪れを今か今かと待ちわびていたその時、男の一人のふくらはぎにピリッとした痛みが走った。
(ちっ、虫にでも刺されたか?)
男がふくらはぎを見ると、そこには虫に刺されたとは思えない、血が僅かに滲む程度のかすり傷がついていた。
「なんだこの傷は?」と、男が思ったのと身体の感覚がおかしいことに気づいたのは同時だった。
だが、身体の自由が効かなくなった男は呻き声を上げることもなくその場に倒れ込んだ。
意識はあるものの、舌が麻痺して上手く声も出せない。
男は、異常事態をもう一人の男に知らせようとした。
だが、実は全く同じタイミングでもう一人の男にも同じ症状が起こっていた。
男たちが異常事態に困惑している間に、俺とゲンは男たちの脇を駆け抜けていった。
俺は、走りざまに男のステータスを確認する。
『チンピラ①』189/280Lx
[体力]90/100
[魔力]50/50
[攻撃力]0/30
[素早さ]0/20
[器用さ]0/20
[耐久力]39/40
[精神力]10/20
[全身麻痺][舌麻痺(強)] [痙攣]
男の名前は、チンピラ①となっている。
どうやら名前のわからないうちは、自分の認識したイメージなどがステータスの対象名になるようだ。
やはりダメージは大したことないが、うまく状態異常の[全身麻痺][痙攣]、そして[舌麻痺(強)]の効果が入っている。
状態異常の効果に連動してステータスへのデバフも入り、戦闘不能状態になっているといえる。
『音切草』
効能:神経麻痺(大)・痙攣(大)・舌麻痺(特効)
[肝]1□■■■
[心]0■■■■
[脾]1□■■
[肺]1□■■
[腎]0■■
地下茎に強烈な神経毒を蓄える極めて危険な毒草だ。
摂取すると、まず舌の運動神経が麻痺し、さらに四肢の痙攣から全身の神経麻痺へと症状が進行するのだ。
よほどのことがない限りは致死量を摂取する者はいないだろうが、誤食すれば四肢の痙攣までは起こり得る。
医療用としてはごく微量を外用することにより、痛覚を一時的に遮断できるため、局所麻酔効果が期待できると考えているが、今回の場合は純粋に“毒”としての効果を存分に発揮させている。
俺が初めて摂取した時も、全身にうまく力が入らずに倒れてしまい、
セティアに、「大丈夫ですか!?」と駆け寄られたが、
うまく舌が回らずに「は、はひ、はひふへほ~~」と、
バイキンマンのような声を上げてしまった。
そして俺の血鞭は、以前よりも練度が向上したせいか、
射程距離と操作性が上がるとともに、二本まで同時に出せるようになった。
今の攻撃でも、一度の発動でチンピラ①、②を同時に制圧できた。
第八倉庫までの道のりになるべく接敵せずに済ませたいので、
敵を音もなく無力化できる『音切草』を、血鞭の効果に付与している。
だが、大通りに出たところで、3人のチンピラに遭遇した。
「いたぞ!白衣の奴がアタリだ!奴を押さえろ!!」
俺の方にチンピラが群がろうとする。
血鞭は同時に二本までしか操作できない。
戦いが得意とは言えない俺で捌ききれるかと思った瞬間、ゲンが俺の前に立った。
「お前らなんかに付き合っているヒマはねえんだよ!」と言いながら、ゲンが両手を地面についた。
俺はゲンの行動の意図を掴みかねた。
ゲンの姿勢は、揉め事の現場を納める
日本人の伝統奥義『DOGEZA』の構えに酷似しているが、
今回は言葉と噛み合っていない。
ゲンの身体から魔力の光が発現した。
「岩流・【拳】!」
歴史的に有名な某剣豪と同じ流派のような名前の技を繰り出したゲンの前方数メートル先、三人の男の目の前の地面が盛り上がり、腕のような形をして飛び出した。
三人の男は、それぞれ地面から一直線に伸びた拳によって、顎を打ち抜かれ、背後に吹っ飛んだ。
技の雰囲気としては、某錬金術師が地面を錬成させて敵を攻撃するアレのような感じだ。
ゲンはてっきり技術職の固有技能を持っているだけかと思ったら、ゴリゴリの戦闘向きな技も発揮できるタイプだった。
これなら、こちらの人数が相手より少数であっても張り合うことができる。
――てか、地面から岩石のような拳がいきなり生えてきて殴られるなんて、素で考えても超怖い。
……俺だったら、絶対に食らいたくない。
白目を剥いて仰向けに倒れている男たちを横目で見て、俺は心の底からそう思った。
それから何人かの暴漢たちが同じように俺たちの行く手に立ち塞がろうとしたが、俺の血鞭とゲンの岩拳で突破することができた。
そして俺たちは、目的の施設である鍛治工房第八倉庫に辿り着いた。
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