第22話 商品交換所(2)
「配給金をそんなに持っていかれては困ります!」
店の店主とみられる中年の女性が声を上げた。
「今月のみかじめ料は少し値上がりしたんだよ!」
二人組の男が店の売り上げが入っていると思われる小袋を掴んでいた。
「そんな……商品の一部もこの間少しお渡ししましたのに!」
「うるせえ! 鉄火場一派に逆らうってのか!? この店をめちゃくちゃにしてやってもいいんだぞ!?」
「……わかりました。お支払いします」
「わかりゃいいんだ。いいか、鉄火場一派のおかげで毎日安全に暮らしているってことを忘れんじゃねえぞ? 農奴一派の連中と仲良くしやがったら許さねえからな!!」
チンピラのような二人組の男が笑いながら店を去る。
「おい、てめえ! うちの縄張りでずいぶん好き勝手やらかしてくれてんじゃねえか!」
二人組のチンピラが振り返ると、3人の酔っ払った体格の良い男たちが立っていた。
「なんだ、文句でもあんのか?」
「俺たち農奴一派が気持ちよく酒を飲んでいるなかで店を荒らすたぁ、いい度胸だ。やっちまえ!!」
「農奴一派なら遠慮はいらねえ、ぶっ潰してやる!!」
たちまち男たちは殴り合いの喧嘩を始めた。
喧嘩に巻き込まれた店は、商品棚が壊されたり商品が跳ね飛んだりしたりしている。
周りの店の店主たちは関わり合いにならないように遠巻きにその様子を見ていた。
しばらくすると、双方はそれぞれ退きどきと見たのか、めちゃくちゃになったその店回りの場を後にして去っていった。
それぞれの男たちは去り際も周辺の店の商品や荷物を蹴り飛ばしたりしていた。
だが、店主や通行人たちは、文句を言わず、足早に去ったり、目を伏せるばかりだった。
男たちが去って行くと、ようやく周りの店員たちは狼藉の惨状を見ながら互いに話し始めた。
「おい、また鉄火場一派と農奴一派の小競り合いかよ……」
「巻き込まれるのだけは勘弁してほしいよ…」
「先日も鉄火場一派に荒らされた店があるらしいわよ?」
「やるなら農奴一派の連中だけ狙えばいいのに…」
「農奴一派だって酒や食い物の代金を払わずに行く奴はいるわよ!」
「いつでも泣きを見るのは何の関係もない私たち表の交換所よ……。どうせなら闇市の方でやってくれればいいのに!」
「もう今日は私達も店を閉めた方がいいんじゃない? これ以上、嫌な気分になるのはまっぴらよ」
殺伐とした空気は、客たちよりもむしろ市場に出店している小売人たちから発せられている。
俺は店員たちの無表情の違和感にようやく気づいた。
俺が感じていたのは、この殺伐とした雰囲気だったのだ。
状況はよくわからないが、この広場で市場が開いているときにたびたび騒動があって、店員たちは神経を尖らせているのではないだろうか。
「こういうことが頻繁にあるんですか?」
俺は穀物店の店員の女に訊いた。
「またどうせ鉄火場一派と農奴一派の小競り合いだと思うけど、なんか鉄火場一派の奴ら、最近ピリピリしてるのよ。なんでも鉄火場一派と最近トラブルになった奴がいて、そいつをどうするかで内部で揉めているとか、って噂を聞いたわ。本当に、とばっちりを受けている店はたまったもんじゃないわよ……!」
(最近、鉄火場一派とトラブルになったって、ハリーの件じゃないよな……?)
俺はセティアをちらっと見る。
セティアはふっと目線を逸らした。
その背中は、「私には関係ないし、興味もない」、と言っている。
セティアも自分と違う世界の出来事として、あえて関心を持たないようにしている。
俺も無用のトラブルに遭遇するのは避けたいし、すでに脚部も限界に近い。
「今日はもう帰ろうか?」とセティアに水を向けた。
「もうちょっと見ておきたい所もあったんですけど……」と、言いつつセティアも帰ることを了承した。
「アタリさん、大丈夫ですか? 荷物少し私も持ちましょうか?」
「いやいや、セティアはまだ体調も完全なわけじゃないんだし、ここは男の俺がしっかりしなきゃね!」
もとの世界で、肉体労働にあまり縁がなかった俺は、買い物の重い荷物を背負いながらの帰り道というハードワークな家事にも縁がなかったことを思い知った。
だが、だからといって、病み上がりのセティアに荷物を預けるわけにはいかない。
この世界で生きていくには、こういうことにも慣れなければならないのだ。
「あ、石鹸が少なくなっていたことを忘れていました!」
――なん、だと……?
俺は驚愕の表情でセティアを振り返る。
「ふふ、心配しなくてもアタリさんにこれ以上の負担はかけませんよ。私、ちょっと戻って買ってきます!」
「いや、でも体調も心配だし……」
「大丈夫ですよ、これくらい。アタリさんは先に帰っていてください、私もすぐに追いつきますから」
「わかった。じゃあ先に行ってるね」
「はい、今日は食材もたっぷり買ったので、心も体も温まる美味しいシチューを作りますね!」
セティアの可愛い言い方に、思わず照れた表情になってしまった。
「ふふふ、アタリさんの方こそちょっと顔が赤くなってますよ。じゃあ、ちょっと行ってきますね」
少し小走りに商品交換所の方に戻っていくセティアを俺は少し振り返った。
どうやら、体調も回復傾向だし、だいぶ体力もついてきた。
これなら少しの時間で戻ってくるだろう。
そう思い、俺は安心して、帰途についた。
だが、俺が家に帰ってしばらくしても、セティアは戻って来なかった。
セティアは思ったよりも買い物に凝りそうな感じがしたので、選んでいるうちについでにアレもコレもとほかにも買い込んでしまうのでは、と思っていると、ゲンが勢いよく扉を開けて家に飛び込んできた。
「アタリ、セティアは無事か?!」
何のことかわからず、俺の視線が彷徨うと、ゲンが愕然とした表情をした。
そして、決意のこもった目で俺の肩をガっと掴んだ。
「いいか、よく聞けよ! ハリーが俺に伝言を寄越してきやがった。女の身の安全と引き換えに、アタリを鍛治工房の第八倉庫まで連れてこい、と」
俺は、頭の後ろが冷えていくのを感じた。
――女……、女とは誰のことだ?
──セティアはどうして帰ってこないのか?
――女とは、まさか……?!
「セティアのことに決まってんだろうがっ!!」
ゲンは、俺の肩を強く掴んで怒鳴った。
――なんで、どうして、セティアが……?
俺はまだ現実味を感じられないでいると、頬に衝撃が走り、俺の視界が右に移った。
俺の頬を張ったゲンが、改めて俺の両肩を強く掴む。
「しっかりしろ! セティアを攫ったのは、鉄火場一派の奴らだ!!」
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