第21話 商品交換所(1)
「今日の午後、『市場』に行きませんか?」
セティアが昼食中に提案した。
この世界では、生産物は納税品として弁務官事務所で価格、納品量が一括評定され、評定された生産物は、商品問屋を通じて小売人の出店する『商品交換所』、通称『市場』で一斉販売されるらしい。
物価の評定権は弁務官事務所が統制しているので、それぞれの品目の価格はすべて均一であり、値引きされることはない。
「うん、じゃあ俺も行こうかな」
「俺はパスするわ。発注しておいた部品を鍛冶工房に取りに行く用事があるんだ」
俺は同意したものの、ゲンは住居の修繕に必要な部品を鍛冶工房に取りに行くのだと言った。
新規に発注は勘弁してくれと先日大工工房からは言われたが、すでに発注してある物については、完成次第順次取りに行くことになっている。
「じゃあ、二人で行きましょうね」
絶世の美少女に二人でお買い物に行きましょうと笑顔で言われたら、悪い気はしない。
むろんデートというわけではないが、少しだけ頬が赤くなってしまった。
だが、離婚届を送ってしまっているものの、俺には妻がいる身。
ふと逸花の顔が思い浮かぶ。
もしこのことが逸花にバレたら……。
怖い笑顔の逸花が頭に浮かぶ。
一瞬で顔から血が下がり、貧血気味に顔が青白く変わった。
「あ、アタリさん。いま顔色が瞬時に変わりましたけど……。大丈夫ですか? 今朝も毒草にアタッてましたよね? 体調が悪いならムリにとは言わないですけど……」
セティアが俺の顔面の二色変化の様子に戸惑った表情を浮かべた。
『商品交換所』は、一週間のうち、【月】の日と【火】の日と【金】の日の三つ鐘から六つ鐘が鳴るまで中央広場で開かれているらしい。
この世界の一週間は、もとの世界と同じく7日間だ。
ただし――
「一週間は、【日】の日、【月】の日、【木】の日、【火】の日、【土】の日、【金】の日、【水】の日です」
セティアが教えてくれた一週間の曜日は、なんかもとの世界と違っていた。
……えーと、
【日】の日が、日曜日
【月】の日が、月曜日
【木】の日が、火曜日
【火】の日が、水曜日
【土】の日が、木曜日
【金】の日が、金曜日
【水】の日が、土曜日
……って、わかりにくいわっ!!
しかし、この世界の曜日の配置、どこかで聞いたことのある響きだと思ったら、東洋医学の元となっている『五行説』の構成要素である「木火土金水」と同じ配列ではないか?
「日・月」の配置についても、太陽を象徴する【陽】・月を象徴する【陰】ととらえれば、『陰陽説』に基づくものととらえられる。
つまり、この世界は『陰陽五行説』に沿って定められている世界ということだ。
東洋医学の原理にもとづいて薬剤を調合・処方する漢方医の俺には、思わぬところで馴染みのある世界だった。
「この世界にも『陰陽五行説』の理論が活用されているんだね!」
思わず俺がそう言ったら、セティアはキョトンとした顔をした。
「なんですか、それは?」
……どうやら『陰陽五行説』という言葉自体は知らないようだった。
ひょっとして月別は『十二支』が使われているのでは、と思い、
「月の呼び方は、子月、丑月、寅月、卯月とかだったりする?」と、訊いてみると──
「……アタリさんの世界の月の呼び方は変わってますね。こちらの世界では1月から数えて12月までです。12月の次は1月に戻ります」
……そこは同じだった。
なんか、変に考えるだけ無駄のような気がした。
曜日とは違って、一カ月は決まって30日など、基本的に元の世界と同じような感じだ。
(あれ? もとの世界では、一か月は30日ピッタリではなかったような気が……まあ、細かいことはいいや。郷に入っては郷に従え、ということか)
俺はややこしい思考を止めて、この世界ではそういう事だと割り切って覚えることにした。
「それで、なんで『商品交換所』は、【月】と【火】と【金】の日に開かれているの?」
セティアによると、一週間のうち、
【日】・【木】・【土】・【水】は『農耕の日』、
【月】・【火】・【金】は『収穫の日』とされている。
『農耕の日』には、
太陽を象徴する【日】、
田植えや剪定を象徴する【木】、
土づくりを象徴する【土】、
水やりを象徴する【水】があり、
『収穫の日』には、その収穫物を味わうための日として、
夜を象徴する【月】、
食事を象徴する【火】、
恵みを象徴する【金】がある。
『商品交換所』では農夫たちが昼から酒を飲んで騒ぐことも多いそうなので、職業にもよるだろうが、農耕に勤しむ者たちからすると、収穫の日を週休日ととらえるのではないだろうか。
中央広場の方に近づくにつれて人が多くなり、活気に満ちた空気が広がっている。
パンや穀物類、野菜や肉類などの食料品を扱う店が並んでいたり、料理した食べ物や日々の生活用品を並べている店もある。
まさしく市場と言える光景だった。
しかし、市場には欠かせない店員の呼び込みなどの掛け声などがない。
女性がほとんどで、ただ店番で座っているだけだ。
こういうところでは、八百屋の店主などが「へい、いらっしゃい!」と言うように、威勢の良い声が飛んでいるもんだと思っていたが、男の姿は生活用品や雑貨用品を扱う店で老人の男が座っているだけだ。
老人の男が扱う物を見物していても、客に対する興味はないようだった。
愛想の一つもなく俺の方を一瞥すると、再び虚空を見るように視線を逸らす。
通りにいる客たちは活気があるのと対照的に、どこの店の店員も無表情なのが気になった。
「店員は仕事ですからね」
「客にとっては休日だが、店員にとっては仕事だから、そういうものじゃないですか?」と、セティアは言って商品の品定めに目線を戻した。
言われてみればそうだが、市場というと店員も含めて活気のある場所、と思ってしまうのは俺だけだろうか。
そして、陳列された商品にはどれにも値札がない。
価格が決められているので、商品を選ぶとその商品の価格を教えてくれるそうだ。
セティアはパンや肉、野菜などの食料品を中心に精力的に買い進めていく。
商品は店員によって、紙袋に入れてくれる。
俺はセティアから購入済の商品の入った紙袋を受け取っていく。
俺に持ってもらえると思ってなかったのか、セティアが嬉しそうに「ありがとうございます」と俺に礼を言った。
何個か買っていくと俺の両手は紙袋で一杯になった。
セティアは少し思案した後、雑貨屋で背負籠を購入した。
以前のセティアなら、籠を購入するお金もなかったそうだが、今は懐に多少の余裕がある。
俺の紙袋を籠に次々に入れていき、俺は籠を背負った。
籠にはまだ積める余地があるので、リンゴなどの果物類も買おうとセティアは言い、欲しいものを次々と買い進め、ポイポイと籠に放り込んでいく。
元気を取り戻し、極貧生活から脱出したセティアが自由に買い物を楽しんでいる様子に、俺も嬉しい気持ちになった。
ただ、もう一人の俺が、そろそろ引き上げ時だと心の中で声を上げる。
どうやら商品を満載しているのに全く軋む様子もない丈夫な籠とは裏腹に、俺の肩の耐久値が削られ始めたようだ。
「あ、そういえば、小麦粉の袋がもうすぐ切れそうだったような……」
ここに来て、セティアが重量級の追加積載を敢行しようとする。
俺はセティアに対して、深刻な事態を知らせる警告信号を出す必要があると感じた。
――某有名ロボット3Dアクションゲームと同様に、『汎用人型機動兵器MOB』の脚部にも積載限界があり、上半身の装備の総重量が上回ると足が折れて出撃できなくなる。
これ以上の加重は非常に危険です、とセティアに哀願の視線を向けたとき、広場の奥の方で悲鳴が上がった。
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