第20話 赤ペン先生
「アタリさん、この表現は古すぎて現代語として意訳しようとすると誤解を与えてしまいますから使わない方が良いです。こういうときは、この表現を使うんです」
「そうなんだ、わかった。ありがとう、セティア」
俺が書いた文字のおかしなところをセティアが赤鉛筆で添削し、俺はまた書き直す。
俺のスキル【解読発功】は、この世界の言葉を自動で相互通訳し、この世界の文字を脳内で自動変換してくれる能力だ。
文字を読まなくても自動で翻訳してくれるし、俺がこの世界の文字を書こうとすると、ガイドのように文字が紙に浮かびあがる。
それをなぞって字を書けばいいので、俺はいままでそのとおり書いてきた。
だが、愚劣誌で盛大な誤訳を披露してしまったことに加え、俺の幾つか書いてきたことが、本当にこの世界で正しい表現なのか、ここにきて不安になってしまったのだ。
もし、どこか表現方法に不適切な箇所がある場合、俺自身がそのことに気づけないと、知らないうちに取り返しのつかない事態になりかねない。
セティアは俺の書く文章を見て呟いた。
「アタリさんて、言葉は気さくなのに、書く文章は古めかしい表現を使うんですね」
俺は内心、「へっ?!」と思った。
やはり、この翻訳能力は万能ではないらしい。
セティアによると、俺の文章は日本語で言うなら口語体よりも文語体に近いような、古い表現だという。
たとえば、「私は、あそこの木に咲く花を大変美しいと思いました」というのを、俺が文章で表現すると、「我は、彼の木に咲く花をげに美しきと思ひにけり」となっちゃうらしい。
修繕計画の申請書を書いた時も、普段の俺の話し方と記載文章の表現の仕方に格差がありすぎて最初は戸惑った、とセティアは言った。
俺が記載した箇所をセティアから見ると、ところどころで現代風の表現と古い表現が入り乱れた申請書になってしまい、弁務官事務所に何か言われるのではないかと内心ヒヤヒヤしていたという。
結果的にその点については特に何も指摘されなかったので特に話題にしなかったそうだ。
今回、俺はセティアに翻訳能力のことについて話し、これから文章を書いていくときにどうしたらいいかを相談した。
それに対するセティアの返答は、単純明快だった。
「練習あるのみです」
こうして朝食から昼食までの午前中、作文の特訓が始まった。
「今から私の話す言葉をそのとおりに文章にしてください」
言葉の表現と文章表現の違いは、繰り返し練習して感覚として身に着けるしか方法がない。
セティアが言う言葉を俺がそのまま文章に起こし、言葉との誤記をセティアが添削する。
赤鉛筆をヒュンヒュンと回しながら文章を添削するセティアからは、子どもの夏休みの作文の宿題を手伝う母親のような視線の厳しさを感じる。
そこに普段のゆるふわな雰囲気のセティアは、いない。
「アタリさん。私は、『路傍に打ち捨てられた老人が、自分のことを哀れだと思いました』と言ったんです。『ロバに殴殺されし翁が、自らを趣深いと思いにけり』とは言っていません」
『路傍に』を『ロバに』というのは、俺の耳コピが甘かったせいで誤認識されてしまったらしい。
文章の意味も把握して、きちんと自分で文章校正できるようにならないと、頭の中での誤認識が全く違った意味の文章として反映されてしまう。
現代語と古語で意味が少し変わっているところも気をつけなければならない。
現代語の『哀れ』を、古語の『あはれ(趣深い)』と表現すると、文章の雰囲気がまるで変わってしまう。
セティアの例文もなかなかにシュールだと思うところはあるが、俺の文章はそれの斜め上を行くものになってしまった。
たしかに自分の書いた文章を読み返してみると、文章自体の解読モードになり、ぶっとんだ感覚の老人像が思い浮かんでくる。
セティアから、ふざけてるんですか?的な視線を投げかけられ、俺は少し俯きがちになってしまう。
……そんな目で見ないでほしい。俺は別にふざけているわけではない。
「アタリさん。私の言っていたことを聴いていましたか? 『私は世界の頂点から、地上の様子を見下ろすの…なぜって? それは貴方と出会ってこの愛を見つけたから! 貴方の愛が幸せの頂点にいさせてくれるの!』と言ったんです。それが何故、『私は創造物を見下ろす世界のトップにいる者。そして私が発見し得る唯一の説明。其方が周りにいて以来、私が見つけた愛こそ其方の愛。それこそが私を世界のトップに置くのだ』、になっちゃうんですか?! 私は愛の詩を語ったのであって、傍らに愛人がいる独裁者的なナニカの発言なんてしていません!」
俺も、セティアがなぜカーペンターズの名盤である"世界の頂点”的な歌詞を知っているのか大いに疑問ではあったが、どうやら俺のスキルは無料の翻訳機能並の性能に古文的な要素を加えた奇妙奇天烈な文章を作ってしまうらしい。
それも、文章作成モードでは俺自身で気がつくことが出来ないのだ。
やはりMOBな俺にふさわしい精度のスキルなのか、とちょっとヘコむ。
ただし、ないよりはずっとマシだ。
それに、以前に書いた文章では『我』と表記されていたところが、口語体の『私』に修正されていた。
これは自分の練度が向上すれば〇ーグル翻訳機能のように進化していくということではないだろうか。
俺の頭の中に、初期設定のAIのようなナニカが入っていると思えば、何となく納得できる気がする。
セティアの言うとおり練習していくことで、そのうち違和感が解消されていくのではないか、と思った。
ただでさえ、この世界特有の不思議な能力に助けられてこうして過ごせているのだ。
あまり贅沢を言ってはいられない。
「ところで、その白衣はずっと着たままなのですか? 練習の時くらいは脱いでもいいと思うんですけど」
「ああ、これね……なんか脱いでも一定時間経つと、いつの間にか自動で装着されてるんだ」
俺の白衣は、脱いで10分くらい経つと自動で装着される。
もとの世界で着ていた白衣だと思っていたが、どうもただの白衣ではなさそうだ。
そのうち白衣自体に意思が発現して、白衣の形をした異形になられても困るが、とりあえず生活に支障はないのであまり気にしないようにしている。
「アタリさんの元の世界には、不思議な法衣が存在するんですね」
……それは誤解だ。
もとの世界に自動装着機能のある白衣は存在しない。
昼食の時間を告げる四つ鐘が鳴ると、ゲンが門扉の修繕作業の手を休めて家の中に入ってきた。
「あー、腹減った! おっ、 今日の昼飯、肉団子か! うまそうな匂いがするな! ひとつだけ味見を……」
台所で皿に盛られた昼食用の肉団子を発見したゲンが、まだ洗っていない手でお行儀悪く一つ摘まもうと手を伸ばそうとした瞬間――、
「イッ?!」
ゲンの腕が、幾筋の糸によって拘束された。
容易に断ち切れなさそうな強靭な糸がゲンの腕をギシギシと絞め上げている。
驚きのあまり、ちょっとショッカーの皆さんのような声を上げてしまったゲン。
ゲンの腕を拘束している糸を辿っていくと、その先には絹糸のような美しい髪に繋がっており、その持ち主であるセティアの鋭い眼光に出会ってしまう。
やがて糸は髪から分離してゲンの腕に絡まったところを残し、しゅるりはらはらと地面に落ちていく。
糸に絞め上げられていた箇所は、軽く鬱血したように暗紫色になっていた。
「ゲンさん! 手も洗わずにつまみ食いは止めてください!! それにもうすぐお昼にしますから、大人しく待っていてください!」
ゲンは引き攣った顔で軽く変色した腕を見下ろしながら、「お、おう。わかったよ……」と大人しく返事をした。
最近のセティアは体調が回復し、すっかり気力・体力を取り戻したようだ。
そのせいか、セティアの本来の能力、身体内から生成される糸を自由自在に操ることができるようになってきた。
この間も、世帯にゲンが加わったことにより、生活必需品のタオルが足りなくなってくると、それなら作っちゃえばいいんじゃない? とばかりにシュロシュロとタオルを口から吐出していた。
布製品が必要であれば、即座に自家生産してしまう汎用性を身につけたセティア。
この世界における家内制手工業の革命が、今まさに俺たちの目の前で起こっているのかもしれない。
そんなセティアの能力が、ちょっと行儀の悪い行動をしたゲンの制止にも生かされた瞬間だ。
透き通るような無色の糸が、目にもとまらぬ速さでいつの間にか自分の腕を拘束している状況にゲンは戦慄した。
(これって狙われたら避けられなくねえ? っていうか、これが首だったら、俺死んでねえ?)
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