第19話 ドクダミと愚劣誌
朝食の並ぶ食卓に、俺は湯気の立つ湯呑み用の木椀を三つ並べた。
ほんのりと薬草の香りが漂い、部屋の空気が少しだけ清涼感を帯びる。
「お、なんだこの匂い……?」
ゲンが鼻をひくつかせながら席につく。
「……初めての香りです。アタリさん、これは?」
「ドクダミ茶。この間、集落の外れで『ドクダミ』を見つけたんだ」
俺は木椀を二人の前に置きながら答える。
ゲンは椀を覗き込み、眉をひそめる。
「どく……だみ、だと? 名前からして毒がありそうなんだが。ついにお前、俺たちにも毒チャレをさせようと思っているわけじゃねえよな?」
「毒じゃないよ、むしろ逆だ。薬草としても使えるんだけど、こうしてお茶にしても身体に良いんだよ。まあ飲んでみてよ」
セティアはそっと一口すすると、ぱちりと目を見開いた。
「……あ、思ったより飲みやすいです。香りは少し強いけど、後味がすっきりしてます」
ゲンも恐る恐るほんのひと口飲んでみる。
「お? 意外とうまいじゃねえか。匂いからしてもっとクセがあると思ったわ」
俺は二人の反応に、ちょっとほっとした。
毒はないが、『ドクダミ茶』独特の風味が苦手かどうかは気になっていたのだ。
数日前に、生薬素材の採取のために集落の外れを歩いていたときのことだ。
白い十字のような花弁をつけた草が群生しているのを見つけた。
「……これは」
俺は思わずしゃがみ込み、葉を一枚ちぎって指で揉んだ。
独特の、“青臭いような発酵臭”がふわりと立ちのぼる。
――見た目と性状は間違いなく、ドクダミだ。
『ドクダミ』は、日本では“毒(膿・炎症・老廃物)を溜めて外に出す草” という意味で「毒溜め(どくだめ)」と呼ばれ、それが訛ったのが名前の由来とされる。
漢方の生薬名は十種の薬効があるという意味で『十薬』と呼ばれ、主に解毒・消腫・抗炎症作用や排便・利尿促進による老廃物排出効果があるとされる。
ほかにもその抗菌作用を利用して外用薬やドクダミ風呂にも利用できるとされ、使い方の多様さから民間療法の“万能薬”とも言われる。
この世界にもあるのか、と俺の胸が高鳴った。
ドクダミは、非常に生命力の強い植物で、 湿り気のあるような半日陰の場所に生育する。
地面の下に網のような根を張って広がり、他の雑草よりも繁殖しやすいため、元の世界では場所によっては厄介な雑草とされているほどだ。
つまり、この世界でも生育しているのであれば、身近に使える“万能薬”を手に入れたことになる。
いつもは家に持ち帰って洗ってから口にするのだが、このときばかりははやる気持ちを抑えられず、ひと口、ちぎった葉や茎を口に入れてみた。
固有技能【解読発功<生薬分析>】
が発動し、目の前に『対象名』と効能の文字、五つの柱状の分析値が浮かび上がる。
『ドクダミ(毒溜草)』
効能:清熱解毒(中)・利尿(強)・消炎(中)・排膿(強)
[肝]2□□
[心]1□
[脾]3□□□
[肺]5□□□□□
[腎]2□□
(やっぱり……! 大当たりだ!)
俺は嬉しさのあまり思わずガッツポーズをした。
効能の高い薬草を見つけただけではない。
この世界にも、俺の知る薬草が存在する。
そのことが、なぜか無性に嬉しかった。
『ドクダミ』の話題で朝食を終えた後、セティアは卓上に置かれた愚劣誌を読んでいた。
愚劣誌とは、捨てられ村唯一の新聞だ。
報道元はいくつかあるが弁務官事務所検閲の上、弁務官事務所内にある印刷所で発行されている。
中には弁務官事務所からの公式発表や納税品の評定情報も含まれる。
いわば捨てられ村の『公報』のような役割もあり、1日当たり5ルクス、とそこまで高くはないが、無償配布ではない。
『公報』としての役割があるなら納税者には無償配布されるべきではないのか、と思ったが、それはまだ元の世界の感覚が抜けきっていないせいだろう。
極貧生活では購入することができなかったセティアだったが、包帯の配給金収入が入るようになってからは定期購入しているので、毎朝俺たちは目を通すようにしている。
「……また抗争の記事が載ってますね」
セティアがため息まじりに呟く。
「ああ。書きぶりがもう日常茶飯事のような感じになってきたな」
先に読んでいたゲンが苦々しく言う。
セティアからタブロイドを受け取った俺は、紙面の幾つかの見出しを見る。
「ああ、“鉄火場一派による宴が再び開催!”って書いてあるやつ? ……ん?『真夜中の静寂を震わせる宴が再び幕を開けた。……共演相手のステージに電撃乱入?……周辺住民の心に強烈に響き渡った?』……これ、ゲリラライブか何かじゃないよね?」
「「解釈の仕方!!」」
セティアとゲンのツッコミの声が完全に同調した。
俺は思わず肩をすくめる。
俺の解釈ではなく、【解読発功】の翻訳機能のとおりに読んでいるだけなのだ。
紙面には、昨夜の“鉄火場一派”による抗争事件の詳細が書かれていた。
だが俺の視界には、なぜか“夜の宴”だの“電撃乱入”だの、妙に雅な表現で表示されている。
(……ひょっとして、この翻訳機能、万能じゃないのか?)
そう思った瞬間、背筋に冷たいものが走った。
もし俺がこの世界の文字を正しく理解できていないなら―― 誤解を招く文章を書いて、取り返しのつかないことになる可能性だってある。
「……セティア」
「……はい?」
久しぶりに見る俺の悲壮感を漂わせた様子に、セティアも表情を硬くする。
「俺に文字を教えてくれないか?」
セティアは一瞬驚いたように目を瞬かせ、 すぐに柔らかく微笑んだ。
「はい。私でよければ、お教えします」
こうして、俺の“文字の特訓”が始まった。
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