第18話 3階建ての住居
ゲンが俺たちの世帯に入って2週間たった。
「はうっ!?」
俺の脳内に、『紅』の伴奏サウンドが爆音で響き渡る。
「また大アタリですか?」
「また毒草引いたのかよ……」
新しい生薬のデータを収集するため、俺は今日も道端の草や花、木の実、樹皮、果てはよくわからない根っこまで採取して持ち帰り、水で洗ってみじん切りにしては、片っ端から口に放り込んでいる。
一応、生薬として使えそうな素材を吟味しているつもりなのだ。
だが、自然界は未知との遭遇。
良薬か猛毒かは、摂取してみなければわからない。
多少のリスクを恐れていては、良薬は手に入らないのだ。
だからこそ俺は心を鬼にして、未知の素材を自らの口に放り込む。
そんな俺の覚悟を知ってか知らずか、セティアとゲンは、猛毒に当たって悶えながら解毒している俺の姿に、生温かい視線を送ってくれるのだ。
――てゆーか、俺の固有能力【解毒発効】! 無痛で解毒してくれても良くない?!
なんで素材の毒成分を味わってからしか解毒してくれないの?!と、大声で叫びたい。
そんなわけで、今日も今日とて俺の脳内には激しいロックサウンドが響き渡っているのだ。
今日の戦果は「10個中3個が毒入り、うち1つが大アタリの猛毒」だった。
俺は毒の腹痛に耐えながら、ゲンに新設してもらったばかりの『男子用トイレ』へと入る。
これまでは俺とセティアで一つのトイレを共有していた。
だが男2人に女1人という環境になったため、ゲンが「トイレは男女別にした方がいい」と提案し、DIYで増設してくれたのだ。
ちなみにこの世界のトイレは、水洗ではない。
形こそ元の世界と酷似しているが、その中身には『スカラベラ』という魔虫が潜んでいる。
別名『糞虫』。排泄物に残留する魔力をエネルギー源とし、有機物を分解して無臭無害化してくれる、驚異の微生物サイズ益虫だ。
『スカラベラの素』という粉をタンクに入れておくだけで、排泄物は短時間で処理され、ダクトを通じて家の外へ排出されて土地の栄養分となるらしい。
つまり、トイレの増設は「便器の設置」と「外への排気口の確保」だけで済むのだ。 「なんということでしょう!」とゲンの提案に即座に賛同した俺たち。
「やっぱり持つべきは、DIYができる同居人だよね!」と無邪気に喜んだ俺たち。
そしてセティアが、「どうせなら家屋の修繕だけでなく、居住環境の改善を図ってもいいのでは?」と提案したことにより、ゲンが内装工事にも着手したのだ。
だが、俺たちはこの時まだ気づいていなかった。
俺たちの住居が、俺たちの想像をはるかに超えて『変殻』していっていたことに。
俺たちの家はもともと倉庫だったため、かなりの広さがある。ゲンが加わっても、十分すぎるほど余裕があった。
そこに、木材で間仕切りをすることにより、わずか数週間の間に、いくつかの個人用の部屋のほか、食堂や共用スペースなどを整えた。
そうなるとこの住居は、外装は古びたぼろい倉庫に見えるが、内装は十分すぎるほどの居住空間を備えた新居のような雰囲気となった。
ついでに、それぞれの個人部屋の内装やベッドやテーブルの調度品に至るまで、ゲンはDIYして仕上げたのだが、すべて申し分ない出来だ。
一人でここまで仕上げたゲンの手並みには正直、脱帽するしかなかった。
――ここまでは、よかった。
――だが、なんでこうなったのだろう?
もともとは石造りの『平屋建て』だったはずの俺たちの住居が、なぜか『3階建ての鉄筋コンクリート造り』になっている――
俺とセティアは内装工事を仕上げて感慨深げにしているゲンを尻目に、釈然としない思いを抱いていた。
事の発端は、ゲンが門扉の修繕を進めてようとしていたとき、突如体調を崩したことだった。
ゲンに自覚症状を聴くと、全身の重さ、めまい、耳鳴り、そして激しい腹痛と関節痛を訴えた。
そこで、俺はゲンから詳しい事情を聞いた。
ゲンによると、もともとあった持病だそうで、以前住んでいた街の医司に診断された際に、「不治の病だ」と宣告されていたらしい。
そこで俺は、スキルのことを言わずに、【解読発功〈五行診療〉】で診察してみた。
すると、体内の水(血液以外の体液)がうまく巡らず滞った状態である『水毒』、の症状が確認された。
それどころか、体内のあちこちに石のような硬い物質(結石)が蓄積してしまっており、ゲンの体調に著しい悪影響を与えていた。
原因は、ゲンの『能力』にあった。
ゲンは、体内の魔力と土砂を混ぜ合わせて砂壁などを作る固有技能を持っている。
こういったスキルを駆使して働くゲンにとっては、職業病と言えるものなのだろうが、おそらくゲンは体調のことを考えずに酷使し続けて働いてきたのだろう。
今も体調が悪化している自覚症状があるのに、スキルを使って作業している。
だが、もしその事実をゲンに伝えたとしても、ゲンはスキルを使い続けるのを止めることはしない気がした。
それはゲンにとって、職業技能として承服できない悪影響だからだ。
それなら、ゲンの負担が少しでも軽くなるようにしてあげるしかない。
俺は症状を緩和する二色カプセルを生成し、ゲンに飲ませた。
すると、ゲンの体内に溜まっていた結石が薬効で溶け、あっという間に関節痛や腹痛が消え去ったのだ。
ゲンは驚き、そして自身にかけられた呪いのような自覚症状が緩和されたことに感動していた。
俺はゲンの脈診をとると、身体の中の水毒の症状がほぼ完治したことを確認した。
ゲンがスキルを使って仕事を続けていく以上、再発しないとは言い切れないが、今後は体調と相談しながら仕事をしていき、経過を観察していけばよい。
その後、ゲンは大工工房にハリーの件を報告し、責任を取って工房と世帯を抜けた。工房側から提示された「材料費の特例供給」という条件を利用し、俺たちはゲンを自分たちの世帯に迎え入れた。
ゲンが世帯に入れば、これからは面倒な申請を通さなくても、彼に修繕をやってもらえる。 無制限に、無尽蔵に……。
俺とセティアの瞳にほんのりと邪な炎がゆらめいたのを、ゲンは「タダ働きさせる気じゃ……」と顔を引き攣らせていたが、結果的に彼は俺たちの家の専属DIY要員となった。
――そこまでは、良かったのだ。
あっという間に1カ月あまりが経過したわけだが、俺たちが想定していたのは、『平屋建ての住居のリフォーム』であって、決して『鉄筋コンクリート造3階建てへの大増築』ではない。
外の塀がまだガタガタなのに、そこには『白い巨塔』のようにそびえ立つ我が家。
それを見上げてセティアは盛大に頬を引き攣らせていた。
俺も劇的ビフォーアフターを遂げ、盛大なドヤ顔をしているゲンを血鞭で引っ叩こうかと思ったが、まずは事情聴取だ。
俺とセティアは理由を訊くべくゲンを食堂の椅子に座らせた。
いま、セティアの前には俺とゲンが並んで座らされている。
なぜ俺まで被告人席なのだろうかと首を傾げていると、ゲンが興奮気味に証言を始めた。
「だってよ! アタリからあんな『新技術』の話を聞いちまったら、職人として試さずにはいられねえだろ!」
「アタリさん、新技術とは?」
「……コンクリートのこと?」
俺が恐る恐る答えると、ゲンは我が意を得たりと頷く。
「そうそう! 今まで俺たちは、土砂と水を混ぜて土壁を作るやり方しか知らなかった。だがアタリは、石灰に加水して作る『セメント』を混ぜ合わせた新しい壁材を教えてくれたんだ。あれなら壁の強度が従来の何倍にもなる!」
建築資材の知識として知っていた俺は、ほんの雑談のつもりで彼に話しただけなのだ。
「……つまり、アタリさんがゲンさんを唆したということですか?」
「おいおい、唆したなんて人聞きの悪い――」
「おいセティア、俺のことはゲンでいいって何回も――」
「喋るなら、一人ずつにしてもらっていいですか?」
「「はい」」
セティアの静かなトーンに、俺たちは姿勢を正した。
「別に、壁材が変わったことをどうこう言うつもりはありません。でも、どうしてそれが『3階建て』になってしまったんですか? アタリさん?」
「いや、俺も寝耳に水というか――」
「ゲンさん?」
「挑戦することは、男の夢だろ?」
ゲンは、俺の薬で体調がすこぶる快調になったことで、建築意欲が爆発してしまったらしい。
そこに強度の高い壁材の知識を得たことで、これまで自分の力では実現不可能だと思っていた『多層階建築』に挑みたくなったのだという。
俺としては、夢のお家の形として3階建てというのは共感できるところがあるが、まずは2階建てからというのをすっ飛ばして、いきなり3階建てにいっちゃうあたりに、ゲンの業の深さを感じる。
「でも、いくらコンクリートとはいえ、こんな大きな建物を3階建てにするのは構造上無理があったのでは?」
「いや、それについてもアタリが良いアドバイスをくれてよ!」
「アタリさん!?」
俺はしばし思案し、「あ~、あれか!」と思い当たった。
ゲンが「コンクリートだけじゃ保持力が足りねえかも」と悩んでいた時、俺は「じゃあ、芯に鉄の棒(鉄筋)を入れちゃえばいいんじゃない?」と適当に提案してしまったのだ。
「これはコンクリートと鉄を組み合わせ、互いの長所と短所を補い合い、強度や耐久性を劇的に向上させる革新的な――」
ゲンの熱いプレゼンが佳境に入ったところで、セティアの視線がスッと細められた。
ゲンは慌てて口をつぐむ。
戦車の砲塔が旋回するように、セティアの顔が俺の方に向いた。
「アタリさん。どういうつもりだったか、説明を」
俺はてっきりこの世界で作るコンクリートでは、平屋建ての壁でも保持力が厳しいのかな?と思ってアドバイスしただけだったのだ。
まさか、平屋建てを三階建てにするために保持力が足りなかったとは思わなかった。
ついでに言うと、家に次々と送られてくる鉄筋の数に、平屋建てにしては多いんじゃないかしらん?とは思っていたが、ひょっとしてこれは塀の分も入っているんじゃないかと思ってしまったのだ。
道理で一階もぶっとい柱がやたら増えていたわけだ。
しかも全て鉄筋コンクリート製。
そりゃ三階建てにするなら柱が平屋建てのままでいいはずないよね、なんて……。
──そんなわけで、俺は無実だ。
「――で、本来やるはずだった『門扉』の修繕はどうなったんですか? 材料は足りているんですか?」
「いや、それが非常に言いにくいことなんだが、三階建て鉄筋コンクリート造にしたために、予算がオーバーしちまってな、大工工房の奴らにはこちらの住居に多大な迷惑をかけたんだから少しくらい負けろと言って鉄筋をふんだくってやったんだが、さすがに『門扉の分までは勘弁してくれ』って泣きつかれちまって──」
被害者の代理人と言う立場を利用して、工房から資材を巻き上げた挙句、本来の目的である門扉の材料分は断られてしまったらしい。
セティアの口元に笑みが浮かぶ。
だが、目が、瞳の奥が、一切笑っていない。
「アタリさん、血鞭を」
「アイアイ、マムッ!!」
俺は血鞭を発動させ、ゲンの額を一閃した。
ちょっと強めのデコピンくらいの威力だが、今回は下痢効果(特効)が付与されている。
「痛っ! げっ、額から血が?! ォォォォオオオ! ヤバイッ!? お腹がぁっ!!」
額の傷を押さえていたゲンが、突如としてお腹を抱え、悶絶を始めた。
そんなゲンを見下ろすセティアの目が絶対零度の凍気を帯びている。
「今後、増改築をする場合は事前に私に相談すること。……良いですね?」
「ア……アイ、マムッ……」
ゲンは脂汗を流しながら、這いつくばって敬礼した。
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