第17話 血鞭
固有技能【解毒発効〈血鞭〉】
なんだかとてもお尻が痛くなりそうな響きのナニカが、俺の新しい固有技能らしい。
『鞭』というからには鞭としての武器なのだろうが、この紐のようなペラペラなものが、筋肉ムッキムキのハリーに通じるのだろうか。
そもそも俺は鞭なんて持ったこともないし、振り方すらわからない。
だが、俺の事情はお構いなしに、ハリーが猛然と突っ込んできた。
無意識のうちにハリーの足元へ視線がいった。
――突進してくるのを防ぐなら、手より足かな、と。
すると、右手に垂れ下がっていた血鞭がひとりでに跳ね上がり、逆U字を形作った。
そのまま「ヒュパッ!」と空を裂き、ハリーの足めがけて目にも止まらぬ速度で伸長する。
鞭は、ハリーの膝上あたりにヒットした。
「痛っ!」 ハリーが短く声を上げ、膝を押さえた。
見ると、ハリーの膝上に小さな切り傷ができ、血が少し滲んでいる。
……威力、超弱っ!!
『鞭』という打撃系の武器にしては細い紐のような形状だと思っていたが、それにしてもかすり傷って……。
俺の固有技能、つくづく戦闘向きじゃないらしい。
逆に、ハリーは「ニイッ」と不敵な笑みを浮かべた。『こんな攻撃、痛くも痒くもねえ』とその目が語っている。
次の瞬間、俺の目の前に、新たな画面が表示された。
映し出されていたのは、ハリーの身体的能力を示す一覧だった。
それと同時に、新たなスキル名が脳内に浮かび上がる。
固有技能【解読発功〈性能分析〉】
左側に[体力][魔力]の縦ゲージ。
右側に、[攻撃力][素早さ][器用さ][耐久力][精神力]で構成される五角形のレーダーチャート。
その上部に、ハリーの能力の合計値が表示されている。
これがハリーの性能分析数値、ということなのだろう。
『ハリー』540/550Lx
[体力]145/150
[魔力]50/50
[攻撃力]80/80
[素早さ]30/30
[器用さ]50/50
[耐久力]95/100
[精神力]90/90
どうやら先ほどの攻撃で与えたダメージは、[体力](-5)と[耐久力](-5)。
見た目どおりのかすり傷だ。
足を攻撃したのに[素早さ]にも影響はない。
数値で可視化されると、余計に自分の攻撃のしょぼさが身に沁みる。
そして、自分の性能分析数値も確認できるらしい。
『アタリ』528/590Lx
[体力]70/100
[魔力]150/150
[攻撃力]20/20
[素早さ]18/20
[器用さ]50/50
[耐久力]40/50
[精神力]180/200
俺にもいろいろ性能のようなものが示されているものの、こと戦いに関する限り、[攻撃力]と[素早さ]が重要なのではないかと思ったが、その数値がハリーと比べると低い。
まさにMOB(一般人)というべき数値だ。
これじゃあ相手の情報を読み取れたところで、敗北までのカウントダウンを確認するようなものじゃないか。
こんな無駄技能いらない、どうせならもっと攻撃力をちょうだいよ……とヘソを曲げそうになっていると、俺の脳内でさらなるスキルが有効になったのを感じた。
固有技能【解毒発効〈毒草経典〉】
名前からして物騒だ。
あまり褒められた類のスキルではなさそうだが、どうやらこれまで摂取した毒草の蓄積みたいな機能らしい。
血鞭付与推奨:『サソリの根』
【神経麻痺(中)×痙攣(中)×錯乱効果(弱)×精気減退(弱)】
中程度の神経毒を有する『サソリの根』の効果を、血鞭に付与することができるようだ。
倫理的にどうかと思ったが、この場の状況からすると迷っている暇はない。
ハリーが再び迫ってくるのを見て、俺はとりあえず『サソリの根』の効果を血鞭に付与することを選択する。
そのまま、迫りくるハリーに向けて薙ぎ払うように振るった。
ハリーは、もはや避けるまでもない、とばかりに太い腕でそれを受け止めた。
「……ピギャッ?!」
屈強なスキンヘッドの巨漢から、およそ似つかわしくない奇声が発せられ、その巨体がズンッと地面に沈み込んだ。
腕に新たなかすり傷ができただけだが、どうやら見た目以上に「効いた」らしい。
ハリーは倒れたまま、激しい痙攣を起こしてガクガクと震えている。
俺は再び、ハリーの性能分析数値を確認した。
『ハリー』315/550Lx
[体力]140/150
[魔力]40/50
[攻撃力]30/80
[素早さ]5/30
[器用さ]10/50
[耐久力]70/100
[精神力]20/90
【状態異常:激痛/麻痺/痙攣】
やはり物理ダメージは大したことないものの、神経毒の効果で個別のステータスにえげつない弱体化が入っている。
特に、[精神力]の低下が著しい。
ちゃんとダメージが入るのであれば、状態異常の効果も含め、ステータスの状況が一覧になっているのはわかりやすいなぁ、と感心していると――腕を振ってもいないのに血鞭が「ヒュパッ」と動き、ハリーの大腿部にもう一撃叩き込んだ。
「ピギャッ!!」
倒れていたハリーが、悲鳴を上げ、勢いよくもんどり打った。
倒れた状態から空中に飛び上がるとは器用な……というか、そんなに痛いんだ。
ちなみに言っておくが、今のは俺の意思ではない。
どうやら『攻撃準備態勢』にある時、意識を対象の一部に向けるだけで自動的に攻撃が発動してしまうらしい。
「ピギャッ!?」
いかんいかん。まだ上手く扱えていない。
俺の中のハリーに対する怒りが収まっていないせいか、目線をハリーに移すだけで今は自動的に攻撃が入っちゃう。
思ったより危険な能力のようだから、早く慣れなくては。
何発か入って地味に体力が削られているが、命に別状はない状態だ。
しかし、もうすでに[素早さ][器用さ][精神力]はゼロになってしまい、戦闘意欲は完全に失われてしまったのだろう。
ハリーは倒れた状態で、グスグスとすすり泣いてしまっている。
脅威ではなくなったハリーに背を向け、俺はセティアの方へ歩み寄った。
セティアは安心したように俺を見て微笑む。
いつもの彼女の笑顔に戻っていたことにほっと息をつき、俺はゲンに向き直った。
「ゲン……」
ゲンは苦悶の表情で俺たちを見ていた。
悔やんでも悔やみきれない。
自分のしたことが許せない。
そんな痛切な感情が、痛いほど伝わってくる。
「……アタリ、セティア。……すまなかった。こんなことになったのは、俺の心が弱かったせいだ」
「ゲンさん……」
セティアも、ゲンのことを正面から見つめ返した。
ゲンの立場からすれば、ハリーに逆らえなかった事情も理解できる。
だが、そのせいで俺は殺されかけ、セティアも酷い目に遭うところだった。
簡単に割り切れることではない。
セティアの中でも、様々な感情がせめぎ合っているはずだ。
「俺のしたことは許されることじゃねえし、お前たちに許してもらえるとも思ってねえ。だが、ケジメはつけさせてもらう」
ゲンは震える声で、だがはっきりと告げた。
「俺は大工工房に今回の修繕依頼の不履行を報告する。その上で、大工工房を辞め、ハリーの世帯からも抜けるつもりだ」
「えっ?! そんなことをしたら、君は……!」
俺とセティアは驚愕した。
「俺ができることと言えばそれくらいだ。そんなことをしたって、お前たちを売った罪が消えるわけじゃねえが……」
ここ数日、俺たちはゲンの人となりを見てきた。
大工職人として仕事を愛し、他の職人が来なくても少しでも修繕を進めようと一人で奮闘していた男だ。
そのゲンが、工房も住居も手放すという。
そんなことが公になれば、間違いなくこの集落から退去命令が出されるだろう。
そうなれば、彼を待つ運命は――。
「……おい、てめえ! 何言ってんだ!? 俺に逆らえばどうなるかわかってるんだろうな!?」
いつの間にか身を起こしていたハリーから、怒号が飛んだ。
俺はハリーのステータスを確認する。
『ハリー』155/550Lx
[体力]80/150
[魔力]20/50
[攻撃力]20/80
[素早さ]5/30
[器用さ]5/50
[耐久力]10/100
[精神力]15/90
[疼痛] [麻痺] [痙攣] [錯乱(弱)]
時間が経って、少しステータスが回復したらしい。
[精神力]が回復しているのは、ゲンが告発すると言い出したことで、痛みよりも危機感が勝ったからだろう。
「うるせえ! 俺がどうなろうと、てめえには関係ねえ!!」
ゲンが吠え返す。
「どこにも居場所のなくなったてめえが、一体どこへ行くってんだ!?」
ハリーはゲンがまだ自分の手の内にあると信じ込み、強気な態度を崩さない。
ゲンの表情に、深い絶望と苦渋の色が浮かんだ。
「うちに来れば良いんじゃないですか?」
凛とした声が響いた。
セティアの言葉に、ゲンは呆気に取られる。
俺自身も、被害者であるセティアからそんな提案が出るとは思わず、言葉を失った。
「うちは、二人で住むには広すぎますし。ゲンさんが来てくれれば、世帯協力者として家の修繕をしてくれますよね?」
「いや、そりゃあまだやらせてもらえるんなら全力でやるが……って、そういうことじゃねえよ! 何言ってんだ?!」
ゲンが混乱したように叫ぶ。
「俺はお前たちを欺いて、コイツの言いなりになっていたんだぞ! その俺が、今さらどの面下げてあんたたちの世話になれるってんだ……!」
訳がわからないと頭を抱えるゲン。
それはセティアへの反論というより、自分自身に向けた責めの言葉のようだった。
「……いいじゃないか、ゲン。世帯主のセティアがこう言ってるんだ」
俺はゲンに笑いかけた。
「俺も歓迎するよ。壊れたままの家じゃ困るしね」
「いや、しかし、そんな……」
「そうだそうだ! そんな虫のいい話、俺が認めねえぞ!! ゲン! お前は俺と同じ穴のムジナだ! お前だけがこいつらと──ピギャッ!?」
ハリーが再び倒れ、悶絶した。
「うっせえな」と思って、ハリーの方をチラッと見た瞬間、無意識のうちに血鞭がもう一撃入れてしまったようだ。
あくまで無意識だ。俺は悪くない。
まだ下を向き、苦しそうな顔をしているゲンに、セティアが一歩踏み出した。
「あなたのしたことを、完全に許したわけではありません。でも、今のあなたは罪の意識で立ち止まって良い人でもありません。……自分のしたことが許せないと思うなら、私たちに対する今後の行いで、それに報いてください」
「俺もセティアの意見に賛成だ、ゲン。ここからやり直せばいい。それとも何かい? 俺たちの世帯に入るのは、そんなに嫌なのかい?」
「──!」
ゲンは顔を歪め、ボロボロと大粒の涙をこぼした。
「……ったく、立つ瀬ねえな……。わかった! すまねえ!! 今回ばかりはあんたたちの情けに縋らせてもらう……! その代わり、いつか必ず、この恩は返させてもらうぜ!!」
「お、俺は認めねえぞ、こんな結末……! お前だけがイイ思いをしようだなんて──ピギャァッッ!?」
その後しばらく、ハリーの哀れな悲鳴が、散発的に辺りをこだましていた。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。
続きが気になる!ココが面白い!と思っていただけたら、コメントやブックマーク等していただけると、今後の執筆の励みになります<(_ _)>!




