第13話 名無しの怪物
『【悲報】D級『彷徨いの森』、完全に枯れる【何が起きた】』
例のさざ波が本格的に火を噴いたのは、その翌日のことだった。
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1:名無しの探索者
速報。D級『彷徨いの森』、マジで完全に枯れた。今朝ギルドが臨時で立ち入り調査に入るレベル
4:名無しの探索者
こないだ「森スカスカじゃね」ってスレ立ってたけど、あれの続報かよ。ガチだったのか
7:名無しの探索者
昨日パーティで入った奴だけど、ほんとに魔物ゼロだった。地面に骸だけ大量に転がってて、正直ホラーだったわ
9:名無しの探索者
魔素濃度、平常時の一割以下らしいぞ。ダンジョンって普通こんな枯れ方しないだろ
11:名無しの探索者
>>7
骸の状態どうだった? 斬られてたのか?
12:名無しの探索者
で、結局誰が刈ったんだよ。登録記録には該当パーティなし。あるのはソロの目撃情報だけ
14:名無しの探索者
>>11
それが斬り傷も刺し傷もほぼ無し。片っ端から吹き飛ばされて木ごとへし折れてた。魔法痕も残ってない。意味がわからん
15:名無しの探索者
>>12
例のパーカーのひょろい兄ちゃんだろ。前スレでも鼻歌まじりに手ぶらで出てきたってあったし
18:名無しの探索者
いやいや、ソロで森一つ枯らすとか物理的に無理だって。S級ランカーが本気で何日もかけて、ようやくあるいは、ってレベルの話だぞ
21:ベテラン探索者
前スレで「不気味だ」って言ってた者だ。残念ながら当たっちまった。E級『ゴブリンの洞穴』も同時期に枯れてる。同一犯が複数のダンジョンをソロで潰して回ってる可能性が高い
24:名無しの探索者
>>21
こわいって。それもう一人で天災やってるレベルじゃん
27:名無しの探索者
正体不明。パーティ記録なし。でかい戦利品を担ぐでもなく手ぶら。おまけに鼻歌。属性を盛りすぎだろこいつ
30:名無しの探索者
名前もわからん。正体もわからん。もう"名無しの怪物"でよくね?
33:名無しの探索者
>>30
名無しの怪物 字面が強すぎる 採用でいいわ
36:名無しの探索者
ダンジョンを渡り歩いて魔物を根こそぎにする、正体不明のソロ探索者"名無しの怪物"……うおお、ロマンの塊すぎるだろ
39:名無しの探索者
こわいのに、ちょっとかっこいいのが地味に腹立つ
42:名無しの探索者
朝の情報番組でも「連続ダンジョン枯渇事件」って軽く取り上げられてたわ。ついにお茶の間デビューか
45:名無しの探索者
>>42
名無しの怪物、まさかの全国区で草
47:名無しの探索者
笑ってられるのも今のうちだぞ。もしこいつが人に牙を剥いたらどうすんだ。正体不明の災害が街をうろついてるようなもんだろ
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――こうして。
誰かが半ば冗談で書き込んだ"名無しの怪物"という呼び名は、その夜のうちにスレの内外へと、驚くほどの速さで広まっていった。
まとめサイトが面白おかしく記事を上げる。探索者系の配信者が「例の"名無し"、正体を追ってみた」と騒ぎ立て、コメント欄が推理と憶測で埋め尽くされる。真偽もわからぬ目撃談が次々と投稿され、そのたびに"怪物"の輪郭は勝手に尾ひれをつけて膨らんでいった。
いわく、一睨みで魔物を消し炭にする。
いわく、素手でボスの首をねじ切る。
いわく、その正体は国家が極秘に育てたS級の暗殺者――。
むろん、大半はただの与太話だ。だが、火のないところに煙は立たない。現に二つのダンジョンが、たった数日で完全に沈黙している。その動かしがたい事実だけが、荒唐無稽な噂に不気味な現実味を与えていた。
探索者ギルドの上層部も、さすがにこの異変を放ってはおけなくなりつつあった。ダンジョンは資源だ。魔石も素材も、そこから絶えず湧き続けるという前提の上に、この街の経済は成り立っている。その資源を、正体不明の"個"が勝手に空にして回る。それは彼らにとって、決して笑って済ませられる話ではなかった。
中には、その"名無し"に我こそはと接触を試みる血の気の多い探索者や、正体を暴いて一儲けを企むゴシップ屋まで現れ始める始末だった。誰も彼もが、姿なき怪物の影を追いかけている。ただ一人、当の本人だけを除いて。
こうして"名無しの怪物"の名は、当人のあずかり知らぬところで、静かに、しかし確実に世間へと浸透していった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
もっとも。
当の"名無しの怪物"はといえば。
ちょうどその頃、俺は街角の定食屋で、大盛りの唐揚げ定食をかき込んでいた。
森を一つ空にした翌日だ。さすがに腹が減っていた。ダンジョン稼業というのは、見た目より存外カロリーを食う。揚げたての衣を噛み砕くと、じゅわりと熱い脂が舌の上に広がった。飯を三杯おかわりしても、まだ足りない気すらする。
卓の隅に立てかけたスマホには、いつもの探索者掲示板。なにやら"名無しの怪物"とかいう物騒な単語が、画面いっぱいに踊っている。スクロールしても、しても、その五文字ばかりが流れていく。
ふと顔を上げれば、店の壁際に据えられた古いテレビでも、ちょうど同じ話題をやっていた。神妙な顔のコメンテーターが「正体不明の探索者による連続ダンジョン枯渇」がどうのと、したり顔で語っている。画面の隅では"名無しの怪物"の五文字が、わざわざおどろおどろしいフォントで躍っていた。厨房の親父まで、揚げ物の手を止めて画面を見上げている。
「大げさだねえ。どこもかしこもその話か」
俺は他人事のようにテレビを一瞥し、唐揚げをもう一つ口へ放り込んだ。
「へえ。また誰か派手にやらかしたやつがいるんだな」
俺は完全に他人事として、その文字列を眺めていた。
まさかそれが自分のことだとは、露ほども思っていない。手ぶらに見えるのは、金に換わる魔石だけを手早く懐へ収めて、かさばる素材や骸はいちいち持ち帰らないからだ。鼻歌のほうは、単純に機嫌がいいからにすぎない。俺にとってただの日課の散歩が、世間ではいつのまにか"天災"に化けているなどと、知る由もなかった。
ずず、と味噌汁をすする。
「にしても物好きもいるもんだ。ダンジョンを渡り歩いて魔物を根こそぎとか、そんな暇な奴、どこにいるんだか」
――ここにいる。
だが哀しいかな、本人にその自覚はまるでない。
俺は最後の唐揚げを頬張り、次の狩り場へと思いを馳せた。
そういえば、そろそろ資金もいい具合に貯まってきた。ずっと横目で睨んでいた憧れの一振りも、いよいよ手が届く。店の硝子棚の奥、値札を見るたびに苦笑して通り過ぎていた、あの刀身。あれを腰に下げたら、次はもう一段上――C級のダンジョンに挑んでみるのも悪くない。
世間を賑わせる"名無しの怪物"の正体は、爪楊枝をくわえたまま、そんな呑気なことを考えていた。
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