第12話 森を枯らす掃除機狩り
賢者のアミュレットを首に下げてからの俺の狩りは、もはや、作業のようなものだった。
いや、狩りと呼ぶのもおこがましい。相手は俺を見つけるより早く、俺の掌の下で骸へと変わっていくのだから。そこには追跡も、待ち伏せも、命のやり取りもない。あるのはただ、見つけ次第沈めるという手順の反復だけだ。
木立の陰から、のっそりと現れたオークの群れ。俺はAGIへ全ポイントを注ぎ、残像だけを残して懐へ滑り込む。連中の濁った目玉がこちらを捉えるより早く、返す手でSTRへ乗せ替え、掌底を一発。巨体が三体まとめて宙を舞い、背後の木々をなぎ倒して沈黙した。
次。
湿地から這い出したワイルドボアの一団。泥を跳ね上げ、突進してくる牙の壁。俺は最小限の動きでそれをいなす。すれ違いざまに掌を添えるだけで、獣は一頭残らず地に伏した。ずしん、と重い肉の落ちる音が湿地に響き、あとは泥の泡が浮くばかり。
次。
頭上から糸を垂らす大蜘蛛の巣。粘つく銀糸が幾重にも張り渡され、木漏れ日を鈍く弾いている。第9話で頂いた『斬撃強化Ⅰ』を掌に纏わせ、軽く薙ぐ。見えない刃が糸ごと蜘蛛を両断し、ぼたぼたと地へ落とした。
次。
沢筋に群れていたフォレストウルフの残党が、主を失ってなお牙を剥いて飛びかかってきた。だが、昨日その頂点を掌底一発で葬った俺にとって、眷属など今さら脅威でも何でもない。AGIの残像で群れの中心へ踏み込み、STRの掌底を左右へ振るう。数える気も起きないまま、狼どもは一頭また一頭と朽木のように倒れ伏していった。
……本当に、作業だ。
避けて、殴って、薙いで、また次へ。魔物の種類が変わろうが、数が増えようが、やることは同じ。俺にとってこの森はもはや、歯応えのある狩り場ですらない。ただ淡々と刈り取っていくだけの、広大な畑のようなものだった。
一体倒すごとに、脳内では控えめなキル音がひとつ刻まれる。それが十、二十と積み重なって、やがて数える気も失せた。
――ところで。
これだけ狩っておきながら、俺のレベルは80から一向に動かない。
わかってはいた。この体は今、Lv80の天井にぴたりと張りついているのだ。倒した魔物の経験値は、いくら積み上げても表のレベルには反映されない。すべては画面の裏、あの"保留プール"のダムへと流れ込んでいく。
だが、今日はいつもと勝手が違った。
脳内の隅で、ダムの水位がぐんぐん嵩を増していくのがわかる。首元のアミュレットが、流れ込む経験値を一・五倍に膨らませているのだ。狩るたび、胸元の宝玉がとくりと一度脈を打ち、青白い光をわずかに強める。普段の狩りとは、溜まっていく速度がまるで違う。
せき止められた水がみるみる満ちていく。この分なら、次の"決壊"もそう遠くはないだろう。
いつぞや思い描いた、経験値の"ダム"。あのときは、いつ決壊するのか見当もつかないなどと、呑気に構えていた。だがこのアミュレットがある今なら話は別だ。狩れば狩るほど、堰の裏で膨れ上がっていく力の塊が手に取るように感じられる。腹の底に、静かに水圧が溜まっていく感覚。あとはこれを一気に解き放つきっかけさえあればいい。
――ならば、もっと注ぎ込むまでだ。
俺は狩りの手をいっそう速めた。
右へ左へと森を駆け抜けながら、目についた影を片端から沈めていく。牙を剥く獣も、木陰にひそむ魔物も、俺の掌が触れた瞬間に等しく骸へと変わる。血の匂いと魔素の残り香が、通り過ぎた道にだけ点々と残されていった。
もはや、戦いと呼べる駆け引きは、どこにもない。あるのはただ、獲物を見つけては沈め、また次を探すという単調な繰り返しだけ。それでも手を止めなかったのは、裏で溜まっていくダムの手応えが、思いのほか心地よかったからかもしれない。
半日も駆け回ったころには、森の様子はすっかり一変していた。
あれほど濃く淀んでいた魔素が、今や薄く霞んでいる。肌にまとわりついていた重たい気配が嘘のように失せ、息がやけに軽い。どこを探しても、牙を剥く獣の影はもう見当たらない。木々の間を渡る風だけが、やけに白々しく通り抜けていく。
生き残った数少ない魔物たちは、俺の気配を察するなり、我先にと巣穴の奥へ逃げ込んでいった。振り返りもしない。捕食者に怯える被食者の目だ。この森の食物連鎖の頂点に、いつのまにか俺という異物が居座っていた。
鳥の囀りひとつ聞こえない。虫の羽音さえ絶えている。命の気配をごっそり抜き取られた森は、まるで巨大な剥製のように、ただ静かにそこへ立ち尽くしていた。
我ながら、ずいぶんと薙ぎ払ったものだ。
昨日まで一人前のD級探索者ですら手を焼いた"彷徨いの森"を、たった一日、たった一人で空にしてしまった。
D級ダンジョン一つが、まる一日で機能を停止した。普通なら、腕利きのクランが何十人がかりで挑んでも、そうそう成し遂げられるものじゃないだろう。それを、オール5の落ちこぼれがたった一人、鼻歌まじりに片付けてしまった。――我ながら、じわじわと笑えてくる。
「……こんなものか。存外、あっけないな」
俺は軽く伸びをして、薄くなった魔素の匂いを吸い込んだ。手応えのなさに、いっそ物足りなさすら覚える。
この森で得られるものは、もうあらかた頂いた。潮時だ。
ダムの水位もいい塩梅まで満ちている。あとはこれをぶちまけるにふさわしい、格好の"格上"を見つけるだけ。
俺は狩り尽くした森に背を向け、鼻歌まじりに出口へと歩き出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――その直後のことだった。
入れ替わるように、一組の探索者パーティが森の浅層へと足を踏み入れていた。D級を狩り場にする、腕利きの四人組だ。使い込まれた鎧、手入れの行き届いた得物。この森の勝手なら知り尽くしているはずの連中だった。
「……おい、待て。なんかおかしいぞ」
先頭の男が、怪訝な顔で足を止めた。仲間を制するように腕を横へ突き出す。
「魔物が、一体もいない」
いつもなら入口を数歩進んだだけでゴブリンやボアが湧いて出るはずの森。それが今日は、不気味なほど静まり返っている。足元の地面には、夥しい数の魔物の骸。ついさっき事切れたばかりの、まだ湯気の立ちそうな骸だ。だが、それを倒したはずの者の姿は、どこにもない。
若い隊員のひとりが、震える指で森の奥を差した。無数の獣が、まるで見えない嵐に薙ぎ払われたように、一様に一方向へ吹き飛ばされている。折れた巨木。抉れた地面。矢傷も、剣戟の痕跡もない。とても人ひとりの仕業とは思えなかった。
「なんだこれは……いったい誰が、こんな真似を……」
四人は押し寄せる静寂に呑まれたように立ち尽くした。
その答えを知る唯一の男は、とうに森を出て――帰りにポテチでも買っていくか、などと呑気に考えていた。
ご愛読ありがとうございます。
これからも本作品をよろしくお願いします。
また、『ブックマーク』と『いいね』と『レビュー』をよろしくお願いします。
気に入った! もっと読みたい! と思いましたら評価お願いします。
下の ☆☆☆☆☆ ⇒ ★★★★★ で評価できます。最小★1から最大★5です。
『★★★★★』なら執筆のモチベーションが上がります!




