第11話 開かずの箱と賢者のアミュレット
さて。どう暴いてやろうか。
俺は苔むした宝箱の前に腰を据えて、あらためてその封をじっくりと観察した。
鍵穴はない。留め金もない。蝶番らしきものは錆で固まっているが、そもそもそこが噛んでいるわけでもなさそうだ。にもかかわらず、蓋はびくともしない。指をかけて持ち上げようとすると、まるで箱と蓋が一枚の木から削り出されたかのように、継ぎ目そのものが存在を拒んでくる。
とすれば、これを閉ざしているのは物理的な錠前じゃない。魔素で編まれた、目に見えない"封印"というやつだ。
力ずくでぶち破るのは簡単だった。今のSTRなら、箱ごと粉々に叩き潰すくらいわけもない。
だが――それじゃ中身まで巻き添えにしかねない。
こういうものは、丁寧に解くに限る。
主を失った巣は、しんと静まり返っていた。血の匂いだけが濃く沈み、遠くで葉擦れの音がひとつ、ふたつ。俺はその静寂の中に膝をついて、作業に取りかかった。
俺は脳内のステータス画面を呼び出し、指をすっと滑らせた。今度振り込む先はSTRでもAGIでもない。
『INT:全振り』
初めて本格的に触れる、思考と魔力の領域。
その途端に、世界の"見え方"ががらりと切り替わった。
視界の解像度が一段跳ね上がったような感覚。箱の表面を覆っていた燐光が、細い糸のようにほどけて見える。魔素の流れ。封印を編み上げている術式の、その筋道が。ちょうど絡まった毛糸のほつれの端を見つけるように、俺の目にはそのすべてが手に取るように映った。
妙な感覚だった。これまで俺にとって、INTなど戦いには使い道のない飾りの数字でしかない。学者が机の上で誇る類の、探索者には縁遠いパラメータだと思っていた。
だが極振りしてみれば、世界が一枚の設計図のように透けて見えた。魔素の筋。その絡まり方。力の流れる向き。読み解けと言わんばかりに、あらゆる情報が頭の中へ流れ込んでくる。頭の芯が冷たく澄んでいく、これまで味わったことのない静かな昂ぶりだった。
……なるほど。この結び目が起点か。
構造さえ読めれば、あとは造作もない。俺は今度こそ、DEXへ全ポイントを乗せ替えた。
『DEX:全振り』
指先の精度が、針の穴を通すほどに研ぎ澄まされる。呼吸ひとつで手元がぶれるような感覚すら消え失せ、指が思考そのままの軌跡を描くようになる。
俺はその見えない術式の端へ、そっと指を添えた。糸をほどくように、一本ずつ。魔素の結び目が、ぷつり、ぷつりと静かに解けていく。焦りは禁物だ。一本でも乱暴に引きちぎれば、封が暴発して中身を焼くかもしれない。
三本目。五本目。ほどくたびに、箱から漏れる燐光がわずかに弱まっていく。
――かちり。
最後の結び目がほどけた瞬間、蓋の縁で小さな音が鳴った。
指先に触れる感触がふっと変わる。あれほど頑なだった蓋が、今はふわりと軽い。
「……ふう。存外、手のかかる箱だったな」
我ながら器用なものだと思う。ステータスをいじるだけかと思えば、俺のスキルはこういう繊細な芸当まで難なくこなす。STRやAGIで殴り倒すだけが能じゃないらしい。五つの数字を好きに操れるというのは、思っていた以上に応用の利く力だ。
思えばこの森に潜ってからというもの、俺は自分の五つの数字を一つずつ手懐けてきた。避けるためのAGI。砕くためのSTR。耐えるためのVIT。そして今日、読み解くためのINTと、解きほぐすためのDEX。役者はこれで出揃ったわけだ。
俺はゆっくりと、その蓋を持ち上げた。
軋みひとつなく、蓋が開く。内側から、長く閉じ込められていた古い空気がふわりと流れ出した。
中に納められていたのは――
ひとつの、古びた首飾りだった。
鈍い金色の鎖の先で、青白い宝玉が燐光を湛えて静かに揺れている。ひと目で、ただの装飾品じゃないとわかった。宿った魔素の密度が、そこらの魔石とは比べ物にならない。
手のひらにのせると、ずしりと年季の重みがあった。鎖の一つ一つには古い文字らしき刻印が連なっている。読めはしないが、几帳面に、祈るように刻まれたのだとわかる筆致だった。宝玉の奥では白い光が、ゆっくりと呼吸するように明滅している。相当な時を、この暗がりで眠っていたのだろう。
「ほう」
手に取った途端、脳内の画面がその正体を勝手に読み解き始めた。
『遺物《賢者のアミュレット》を検出』
『効果:装備者の獲得経験値を、常時一・五倍に増幅』
「……は」
思わず間の抜けた声が漏れた。
獲得経験値、一・五倍。
つまり俺がこれから魔物を狩るたび、入ってくる経験値が丸ごと五割増しになるということだ。ただでさえ――と、俺は乾いた笑いをこぼした。
ただでさえ、俺の経験値まわりはとっくにバグっている。ゴブリン一体でLv5まで跳ねた、あの壊れたテーブルだ。ただでさえ規格外に速い成長へ、さらに一・五倍のブーストが乗る。
どう控えめに見積もっても、壊れている。
賢者、ときたか。その昔これを遺した誰かは、よほどの物好きだったに違いない。学びを速める首飾りとは、本来は机に向かう学者のための代物だったのだろう。書を読み、術式を組み、静かに知を積み上げるための道具。
それが今や、魔物を殴り倒して得た経験値まで律儀に増幅してくれている。作り手の意図とは、ずいぶん違う使われ方をしている気もするが――まあ、細かいことはいい。
「なあおい。これはさすがに、反則が過ぎやしないか?」
誰にともなく呟いて、俺はその首飾りを迷わず首にかけた。
ひやりと冷たい宝玉が、胸元にすとんと収まる。その瞬間、体の芯へ静かに魔力が馴染んでいくのを感じた。拒まれる気配はまるでない。むしろ、待ちくたびれていたとでも言いたげに。まるで最初から、俺のために誂えられていた品みたいに。
「悪くない。いや――最高だ」
最弱を装いながら、その裏では誰よりも速く、誰よりも強くなっていく。そのための道具立てが、また一つ揃った。
表向きの俺はあいかわらず、オール5の落ちこぼれのまま。誰の目にも、宝箱ひとつ守れないような無害な最弱だ。だが仮面の裏では、こうして着実に牙が伸びていく。この温度差こそが、俺の一番の武器だった。
俺は立ち上がって、首元の宝玉を指先で軽く弾いた。ちん、と澄んだ音が、静まり返った巣にわずかに響く。
さて。こんな上物を手に入れたなら、飾って眺めているだけじゃもったいない。
幸い、狩り場はすぐ目の前に広がっている。この"彷徨いの森"には、まだ狩り残した獲物がいくらでも潜んでいるはずだ。賢者のアミュレットとやらの本領を、さっそく試させてもらうとしよう。
この一・五倍のブーストがあれば、狩れば狩るほど、雪だるま式にレベルが積み上がっていく。ならば手を止めておく理由など、どこにもない。
「今日じゅうに――この森、根こそぎいただくとするか」
胸元で賢者のアミュレットが、応えるように、ちらりと青白い光を強めた。
俺はその淡い光を帯びたまま、静まり返った森の奥へと一歩を踏み出した。
ご愛読ありがとうございます。
これからも本作品をよろしくお願いします。
また、『ブックマーク』と『いいね』と『レビュー』をよろしくお願いします。
気に入った! もっと読みたい! と思いましたら評価お願いします。
下の ☆☆☆☆☆ ⇒ ★★★★★ で評価できます。最小★1から最大★5です。
『★★★★★』なら執筆のモチベーションが上がります!




