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オール5の落ちこぼれとクビにされたけど、俺のスキルは"好きなだけ極振り"できるらしい 〜表示は最弱、中身は無双。誰も俺が"名無しの怪物"だと気づかない〜  作者: りおりお
第1章「最底辺の烙印と『能力再分配』の覚醒」

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第10話 最強を隠すという凄み

 一夜明け、俺はいつも通り探索者ギルドの受付に顔を出した。


 朝一番のギルドホールは、いつも通りの喧騒に満ちている。依頼票の貼られた掲示板の前には人だかりができ、鎧のこすれる音と男たちの野太い笑い声が高い天井にわんわんと反響していた。武具油と汗と、昨夜の酒の匂いがうっすら混じり合った、探索者ギルド特有の空気だ。


 カウンターの前に立ち、スキャナーに探索者証をかざす。


 ぴ、と味気ない電子音。読み取り面に浮かび上がった表示は、今日も昨日と一字たりとも変わらない。


『天宮 湊 総合ランク:F(オール5)』


 それを覗き込んだ受付嬢が、あからさまにため息をひとつ落とした。書類を揃える手つきにまで、どこか諦めが滲んでいる。


「……あの、天宮さん。何度も言いますけど、D級はあなたにはまだ早いです。命を粗末にしないでくださいね」


「ご忠告どうも。ま、なんとか生きてるよ」


 俺は軽く肩をすくめ、差し出された依頼票を受け取って受付を離れた。背中に、彼女の何か言いたげな視線がしばらく張りついていた。


 入れ替わりに、背後で探索者たちがひそひそと囁き交わすのが聞こえてくる。


 ――おい、あのオール5がまだ生きてるぞ。


 ――どうせ運がいいだけさ。浅いとこで薬草でも摘んでるんだろ。


 ――そのうち森の肥やしだろうよ。


 悪意を隠す気もない声。慣れたものだ。


 入口脇では、真新しい装備で身を固めた駆け出しらしき二人組が、露骨にこちらを顎で示して笑っていた。革鎧の縫い目もまだ固く、剣の柄には傷ひとつない。おおかた今日が初仕事といったところだろう。


「なあ見ろよ、噂のオール5だぜ。あんなのがソロでD級とか、生きてるのが奇跡だろ」


「やめとけって。目が合ったら不運が移るぞ」


 くつくつと押し殺した笑い声。俺はそれに一瞥もくれず、右から左へと受け流して扉をくぐった。


 結構なことだ。せいぜい侮っていてくれ。


 だが、と俺は胸の内で独りごちる。


 昨日、この体は森の主を掌底一発で葬り、レベルを八十まで跳ね上げた。積み上がった未割り振りのポイントは、もはや数えるのも億劫なほどだ。今のプールをまるごと一項目に注ぎ込めば、顕現値は千を軽く超える。一点集中の一撃なら、A級ランカーすら容易く上回り、S級の高みにまで手が掛かる領域だ。


 試しに。


 ギルドを出て人気のない裏路地に入り、俺は足元に転がる拳大の石ころを指先でつまみ上げた。ひんやりと重い、なんの変哲もない河原石。そこへほんの少しだけ――本当に、匙の先で掬うほどのつもりでSTRへポイントを流し込む。


 ぱき、と。


 石は指の間で、乾いた砂糖菓子みたいに音もなく砕け散った。指先からさらさらと灰色の粉がこぼれ落ちていく。


「……うん。壊れる壊れる」


 力の桁がまるで違う。以前なら渾身の一撃でようやくひびが入った岩が、今や指先ひとつで塵になる。


 ためしに脇のブロック塀へ手のひらをそっと押し当ててみた。押した、というより触れた、に近い。力を込めた自覚すらない。


 なのに、コンクリートは湿った砂のようにぼろりと崩れ、拳ひとつぶんの穴がぽっかりと空いた。崩れた破片が足元で小さな山を作る。


 慌てて手を引っ込め、あたりを見回した。幸い、路地の先に人影はない。野良猫が一匹、塀の上から胡乱げにこちらを見下ろしているだけだ。


「……あぶないあぶない。うっかり街を壊すところだった」


 冗談でも誇張でもない。今の俺が本気を出せば、家の一軒くらいは平気で薙ぎ払えてしまうだろう。そういう次元に、いつのまにか足を踏み入れていた。


 その力を隠したまま、俺は日向のベンチでポテチをかじる無害な"最弱"を演じている。


 滑稽な話だ。――いや。


 俺はふと、考えを改める。


 滑稽で済むのは、たぶん今のうちだけだ。


 最弱を装った落ちこぼれが、その気になればA級のランカーすら一撃で沈める。この落差はもう、笑える冗談の域を超えつつある。もし正体が露見すれば、俺を見下してきた連中の顔は、嘲笑から引きつりへと変わるだろう。


 その瞬間を思い描くと、口の端が自然と吊り上がった。


 いつか必ず答え合わせの日が来る。俺を"欠陥品"と切り捨てた婚約者の聖女。ゴミ虫と吐き捨てたあの教師。あいつらが今の俺を知ったとき、いったいどんな顔をするのか。想像するだけで、しばらく飯がうまそうだ。


 まだだ。まだ焦る必要はない。この仮面は被れば被るほど、剥がれたときの値打ちが上がる。皆が油断しきったその底で、俺は静かに牙を研いでいればいい。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――と、ここまで飄々と構えていた俺だったが。


 安宿へ戻る道すがら、胸の奥に小さな引っかかりが残っているのに気づいた。喉に刺さった魚の小骨のような、些細だが無視できない違和感。


 昨日の、あの隠し領域。


 森の主を仕留めた、あの淀んだ空間。討伐の勢いのまま出てきてしまったが……あの奥に、妙な"気配の残り"があった気がするのだ。魔物のものとは違う。生き物特有の、粘つくような熱がない。もっと硬質で、古めかしい、じっと息を潜めているような何か。


 狩人の勘が囁いている。あそこには、まだ何かが残っている。


「……戻るか」


 善は急げだ。俺は宿へ向けていた足を止め、きびすを返して、まっすぐあの森へと歩き出した。


 石畳を踏む靴音が遠ざかり、街の喧騒が背後へ薄れていく。門を抜けてしばらく歩けば、やがて見慣れた"彷徨いの森"の緑が視界いっぱいを覆った。


 昨日まで魔物がひしめいていた木立は、今日はやけに静かだった。鳥の声すらまばらで、葉擦れの音ばかりが妙に大きく耳につく。俺が根こそぎ狩り尽くしたせいで、生き残った獣たちが息をひそめているのかもしれない。


 人気のない獣道を、俺は迷わず奥へ奥へと進んでいく。魔素の淀み――肌にまとわりつく、あの重たい流れさえ頼りにすれば、道に迷う心配はない。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 隠し領域の空気は、主を失ってなお淀んだままだった。


 なぎ倒された巨木。抉れた地面。物言わぬ骸の山。昨日の激戦の跡が、そっくりそのまま残されている。


 濃い血と獣の匂いが、湿った空気にべったりとこびりついていた。踏み固められた地面のあちこちに、俺の掌底で吹き飛ばされた狼たちが折り重なっている。折れた牙、裂けた毛皮、乾きかけた黒い染み。改めて眺めると、我ながらよくも一人でこれだけ、という光景だ。


 俺はその中央――主が最期に叩きつけられた、へし折れた大樹の根元へと歩み寄った。


 果たして。


 崩れた根の隙間、苔と泥に半ば埋もれるようにして、それはあった。


 古びた、木の箱。


 いや、ただの木箱じゃない。両手で抱えられるほどの大きさの表面には、見たこともない文様が隙間なく細かく刻まれ、錆びついた金具の縁からは、うっすらと魔素の燐光が漏れ出している。あの主はまるで、これを守るようにあの領域へ居座っていたのかもしれない。


 手をかざすと、箱の芯から、とくとくと脈打つような微かな魔力の鼓動が伝わってきた。生きてこそいないが、確かに"何か"がそこに宿っている。ただの入れ物じゃない。中身か、あるいは箱そのものが、相応の代物だという証だ。


「宝箱、ってやつか」


 ダンジョンのお約束ど真ん中じゃないかと、俺は思わず苦笑した。


 膝をつき、こびりついた泥を払って蓋に手をかける。


 ――が、開かない。


 鍵穴があるわけでもないのに、蓋はぴくりとも動かなかった。継ぎ目に爪を差し込んで力を加えても、木が軋む気配すらない。まるで見えない封でもされているみたいに、俺の手を頑として拒んでいる。


「へえ。ずいぶんもったいぶるじゃないか」


 俺は箱を見下ろして、にやりと笑った。


 中に何が眠っているのかは知らない。だが、森の主に守らせ、これだけ厳重に封じられているんだ。安物のガラクタが入っているはずがない。


 俺は袖をまくり、あらためて箱の前に腰を据えた。力ずくでこじ開けるか、それともこの封の仕組みを"覗いて"みるか。どちらにせよ、逃げも隠れもできまい。


 さて――この"開かずの箱"、どうやって暴いてやろうか。


ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


また、『ブックマーク』と『いいね』と『レビュー』をよろしくお願いします。


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