どこへ行くんですか
サービス終了まで 残り20日
「どこにも行かない。消える」
ごまかそうと思えば、ごまかせた。
どこか遠くへ行く、とか。眠るだけだ、とか。
でも、それを言ったら、十年分の質問の答えが、全部うそになる気がした。
ゆうべ、ニナに聞かれてから、ひと晩考えた。
次の日の夜、店に入って、回復薬を三つ買ってから、俺はそう答えた。
ニナは、カウンターの向こうで、しばらく黙っていた。
「消える」
言葉を、口の中で転がすみたいに、くり返した。
「墓守さんも、王墓の中にいたほかの人たちも」
「ああ」
「わたしも、ですか」
「……ああ」
ガロが、天井を見て言った。「よう、いい天気だな」。
ニナは、今夜は返事をしなかった。
◇
「マカベさんが、ろぐあうと、するのとは、違うんですか」
しばらくして、ニナが聞いた。
「毎晩、マカベさんは、お店を出て、広場の向こうで、光になって消えます。それで、次の夜、また来ます」
「あれは、元の世界に帰ってるだけだ。俺の体は、向こうにある」
「向こう」
「現実だよ。アパートの部屋で、機械をかぶって、寝転がってる」
ニナは、目をぱちぱちさせた。
「じゃあ、マカベさんは、毎晩、消えてたわけじゃないんですか」
「消えてない。寝てた」
「十年間、毎晩、マカベさんは消えて、また生まれてくるんだと思ってました」
「……そんなふうに見えてたのか」
「はい。だから、毎晩、ちょっとだけ心配でした。今夜は生まれてこないかもしれないって」
俺は、思わず吹き出した。
ニナは、まじめな顔のままだった。
そして、まじめな顔のまま、続けた。
「でも、わたしには、向こうがないんですね」
笑いが、喉の奥で止まった。
「お店を出たら、わたしは、どこにも帰れない。三月三十一日に、ここがなくなったら、わたしの体は、どこにもない」
「……そうだ」
ニナは、カウンターの木目を見下ろした。
十年間、何千回もなでてきたのだろう。カウンターの真ん中だけ、色が薄くなっている。
いや、そんなはずはない。ゲームの中の木は、すり減らない。
すり減って見えるのは、きっと、俺の目のほうだ。
「マカベさん」
「ああ」
「こわい、です」
小さな声だった。
俺は、何も言えなかった。
言えることが、何もなかった。
ニナは、言ってしまってから、自分でも驚いたみたいに、両手で口を押さえた。
チュートリアルのセリフが勝手に出たときと、同じしぐさだった。
「ごめんなさい。お客さまに言うことじゃ、ないですね」
「いい」
「でも」
「いいんだ。言え」
ニナは、手を下ろした。
「……こわいです。ずっと、ここにいたのに、急に、ここがなくなるのが」
それから、ほんの少し、間をおいて言った。
「それより、こわいのは」
ニナは、顔を上げた。
「なくなる前に、皆さんが、来なくなることです」
俺は、ゼロのことを思った。
帳簿の、五年前の三月二日。それから四十日、俺がひとりで言っていた「あいつ、今日も来ない」。
ニナは、それを、ここで全部聞いていたのだ。
いなくなる人を、十年分。
「ゼロさんみたいに、ある日、何も言わないで、来なくなる。王墓の人たちみたいに、ある日、なくなる。わたしは、それを、ここで待っているしかなくて」
ニナは、まっすぐ俺を見た。
「だから、マカベさん。あなたは、いなくならないで」
◇
約束は、守れないなら、しないほうがいい。
前にも、同じことを考えた。それでも、草原に連れていく、と言ってしまった。
今度も、口が先に動いた。
「三月三十一日まで、毎日来る」
ニナが、俺を見た。
「その先は、約束できない。だから、それまでは、毎日来る。何があっても」
ずるい言い方だと、自分でも思った。
でも、それが、言える精いっぱいだった。
ニナは、しばらく俺の顔を見ていた。
それから、ふっと笑った。
「マカベさん、十年間、ほとんど毎日来てたじゃないですか」
「……まあな」
「じゃあ、いつもどおりですね」
「いつもどおりだ」
「よかったです」
ニナは、帳簿を開いて、今夜の行に、ていねいに書きこんだ。
マカベ 回復薬(小) 3。
いつもどおりの一行だった。
◇
「先輩、最近、顔色いいですね」
次の日の昼、佐野が言った。
「前は、目の下が死んでたじゃないですか。今は、目の下は死んでるけど、目が生きてる」
「褒めてるのか、それ」
「褒めてます。やっぱり恋ですね」
「違う」
「その『違う』は――」
「恋の『違う』じゃない」
佐野は、にやにやしながら自分の席に戻っていった。
恋じゃない。
でも、何なのかと聞かれたら、うまく答えられなかった。
俺は昼休みに、スマホで検索をした。
「サービス終了 NPC データ 保存」「ゲーム サーバー 個人 移す」「会社 データ 譲渡 個人」。
出てくるのは、どれも、ナギの言ったとおりのことだった。
ゲームのデータは、会社のもの。会社が出さないかぎり、手は出せない。
スマホを置いて、窓の外を見た。
北関東の三月は、まだ風が冷たい。
あと十九日。
ニナは、毎晩、俺が「生まれてくる」のを待っている。
◇
その夜、二十三時。
ログインして、リュネの広場に降り立った瞬間、目の前に、小さな通知が浮かんだ。
フレンドの通知だった。
五年間、一度も光らなかった名前の横に、緑の点がついていた。
【ゼロ がログインしました】




