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9/17

どこへ行くんですか

サービス終了まで 残り20日


「どこにも行かない。消える」


 ごまかそうと思えば、ごまかせた。

 どこか遠くへ行く、とか。眠るだけだ、とか。


 でも、それを言ったら、十年分の質問の答えが、全部うそになる気がした。


 ゆうべ、ニナに聞かれてから、ひと晩考えた。

 次の日の夜、店に入って、回復薬を三つ買ってから、俺はそう答えた。


 ニナは、カウンターの向こうで、しばらく黙っていた。


「消える」


 言葉を、口の中で転がすみたいに、くり返した。


「墓守さんも、王墓の中にいたほかの人たちも」


「ああ」


「わたしも、ですか」


「……ああ」


 ガロが、天井を見て言った。「よう、いい天気だな」。

 ニナは、今夜は返事をしなかった。



◇



「マカベさんが、ろぐあうと、するのとは、違うんですか」


 しばらくして、ニナが聞いた。


「毎晩、マカベさんは、お店を出て、広場の向こうで、光になって消えます。それで、次の夜、また来ます」


「あれは、元の世界に帰ってるだけだ。俺の体は、向こうにある」


「向こう」


「現実だよ。アパートの部屋で、機械をかぶって、寝転がってる」


 ニナは、目をぱちぱちさせた。


「じゃあ、マカベさんは、毎晩、消えてたわけじゃないんですか」


「消えてない。寝てた」


「十年間、毎晩、マカベさんは消えて、また生まれてくるんだと思ってました」


「……そんなふうに見えてたのか」


「はい。だから、毎晩、ちょっとだけ心配でした。今夜は生まれてこないかもしれないって」


 俺は、思わず吹き出した。


 ニナは、まじめな顔のままだった。

 そして、まじめな顔のまま、続けた。


「でも、わたしには、向こうがないんですね」


 笑いが、喉の奥で止まった。


「お店を出たら、わたしは、どこにも帰れない。三月三十一日に、ここがなくなったら、わたしの体は、どこにもない」


「……そうだ」


 ニナは、カウンターの木目を見下ろした。


 十年間、何千回もなでてきたのだろう。カウンターの真ん中だけ、色が薄くなっている。

 いや、そんなはずはない。ゲームの中の木は、すり減らない。

 すり減って見えるのは、きっと、俺の目のほうだ。


「マカベさん」


「ああ」


「こわい、です」


 小さな声だった。


 俺は、何も言えなかった。

 言えることが、何もなかった。


 ニナは、言ってしまってから、自分でも驚いたみたいに、両手で口を押さえた。

 チュートリアルのセリフが勝手に出たときと、同じしぐさだった。


「ごめんなさい。お客さまに言うことじゃ、ないですね」


「いい」


「でも」


「いいんだ。言え」


 ニナは、手を下ろした。


「……こわいです。ずっと、ここにいたのに、急に、ここがなくなるのが」


 それから、ほんの少し、間をおいて言った。


「それより、こわいのは」


 ニナは、顔を上げた。


「なくなる前に、皆さんが、来なくなることです」


 俺は、ゼロのことを思った。

 帳簿の、五年前の三月二日。それから四十日、俺がひとりで言っていた「あいつ、今日も来ない」。


 ニナは、それを、ここで全部聞いていたのだ。

 いなくなる人を、十年分。


「ゼロさんみたいに、ある日、何も言わないで、来なくなる。王墓の人たちみたいに、ある日、なくなる。わたしは、それを、ここで待っているしかなくて」


 ニナは、まっすぐ俺を見た。


「だから、マカベさん。あなたは、いなくならないで」



◇



 約束は、守れないなら、しないほうがいい。


 前にも、同じことを考えた。それでも、草原に連れていく、と言ってしまった。

 今度も、口が先に動いた。


「三月三十一日まで、毎日来る」


 ニナが、俺を見た。


「その先は、約束できない。だから、それまでは、毎日来る。何があっても」


 ずるい言い方だと、自分でも思った。

 でも、それが、言える精いっぱいだった。


 ニナは、しばらく俺の顔を見ていた。

 それから、ふっと笑った。


「マカベさん、十年間、ほとんど毎日来てたじゃないですか」


「……まあな」


「じゃあ、いつもどおりですね」


「いつもどおりだ」


「よかったです」


 ニナは、帳簿を開いて、今夜の行に、ていねいに書きこんだ。


 マカベ 回復薬(小) 3。


 いつもどおりの一行だった。



◇



「先輩、最近、顔色いいですね」


 次の日の昼、佐野が言った。


「前は、目の下が死んでたじゃないですか。今は、目の下は死んでるけど、目が生きてる」


「褒めてるのか、それ」


「褒めてます。やっぱり恋ですね」


「違う」


「その『違う』は――」


「恋の『違う』じゃない」


 佐野は、にやにやしながら自分の席に戻っていった。


 恋じゃない。

 でも、何なのかと聞かれたら、うまく答えられなかった。


 俺は昼休みに、スマホで検索をした。

「サービス終了 NPC データ 保存」「ゲーム サーバー 個人 移す」「会社 データ 譲渡 個人」。


 出てくるのは、どれも、ナギの言ったとおりのことだった。

 ゲームのデータは、会社のもの。会社が出さないかぎり、手は出せない。


 スマホを置いて、窓の外を見た。

 北関東の三月は、まだ風が冷たい。


 あと十九日。

 ニナは、毎晩、俺が「生まれてくる」のを待っている。



◇



 その夜、二十三時。


 ログインして、リュネの広場に降り立った瞬間、目の前に、小さな通知が浮かんだ。


 フレンドの通知だった。

 五年間、一度も光らなかった名前の横に、緑の点がついていた。


【ゼロ がログインしました】


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