砂の王墓の最後の日
サービス終了まで 残り21日
【砂の王墓 閉鎖まで 残り3時間】
砂漠の入り口の町に、その表示が浮かんでいた。
夜の砂漠は、青白い。
月の光が砂丘の稜線を銀色に縁どっていて、その向こうに、ピラミッドに似た黒い影がそびえている。砂の王墓だ。
入り口の町には、六十人くらい集まっていた。残った百人の、半分以上だ。
みんな、最後に一度、入っておこうと思ったのだろう。
「わたし、王墓、入ったことない」
ミオが、ぽつりと言った。
「は? 二年いて?」
ガンテツが、目を丸くした。
「四人用のダンジョンでしょ。一緒に行く人、いなかったし」
ミオは、杖の先で砂をつついた。
「わたしが始めたとき、もうみんな、だいたい全部クリアしてたんだよね。王墓も、霧の森も、天空の塔も。で、みんな『昔は』って話するじゃん。昔は王墓の前に行列ができてた、とか。昔はあのボスが強くて、とか」
俺もガンテツも、その「昔は」をさんざん言ってきた側だった。
「わたし、そこに入れないんだよね。思い出がないから」
ミオは、笑ってみせた。
あまり上手な笑い方ではなかった。
ガンテツが、ばしっと自分の膝を叩いた。
「よし、行くぞ。今から」
「え」
「三人いりゃ十分だ。なあ、マカベ」
「ああ」
「え、いや、別に、そういうつもりで言ったんじゃ」
「そういうつもりじゃなくても行くんだよ。思い出なんてのはな、今から作りゃいいんだ」
ガンテツは、言ってから、自分で照れたのか、髭をがしがしかいた。
「……くっせえこと言ったな、おれ」
「うん。くさい」
ミオが、今度はちゃんと笑った。
◇
王墓の中は、十年前と何も変わっていなかった。
砂岩の通路。壁の象形文字。松明の明かり。足元の、色の違う石。
「そこ、踏むなよ」
俺は、ミオに言った。
「落とし穴だ。昔、俺はそこに三回――」
言いながら、足を出していた。
足元の石が、がこん、と沈んだ。
視界が、真っ暗になった。
気がつくと、穴の底の砂の上に、大の字になっていた。
はるか上の四角い穴から、ガンテツとミオがのぞきこんでいる。
「四回目だな」
「おじさん、言いながら落ちるの、天才じゃない?」
「……盾役は、先に落ちるのが仕事なんだよ」
ゼロに言われたことを、思い出した。
盾役のくせに先に落ちるな。あいつは、ここで、腹を抱えて笑っていた。
穴の底から見上げた四角は、ニナの店の窓に、少しだけ似ていた。
◇
最奥の扉の前に、老人が一人、立っていた。
ぼろぼろの布をまとった、墓守のNPCだ。
王の眠る部屋の前で、十年間、ここを訪れる冒険者を迎えてきた。
「眠れる王に、敬意を」
しわがれた声で、墓守が言った。
十年前も、同じことを言われた。ゼロと二人で初めて来たときも。ガンテツのギルドの連中と来たときも。
何万人に、同じことを言ってきたのだろう。
ミオが、墓守の前で、少し迷ってから、頭を下げた。
「……はい。敬意を」
墓守は、もう何も言わなかった。
扉の奥の砂の王は、十年前に戦ったときより、ずっと弱く感じた。
俺たちが強くなったからだ。ミオの炎の魔法が王の包帯を焼き、ガンテツの斧が王笏を砕いて、最後に俺の盾が王の剣を受け止めた。
砂の王が崩れて、砂になった。
【砂の王墓 初回クリア】
ミオの前に、金色の文字が浮かんだ。
ミオは、しばらく、その文字を見ていた。
「……初回クリアだって」
「おう」
「閉鎖の、二時間前に」
「おう。おめでとう」
ガンテツの声が、湿っていた。
「ガンテツさん、泣いてる」
「泣いてねえ」
崩れた王の砂を、三人で、小瓶に詰めた。
「王墓の砂」。合成の素材で、店に売ると二ゴールドにしかならない。
ニナへの、お土産だった。
◇
二十三時五十分。
俺たちは王墓を出て、砂丘の上に並んで座った。
ほかのプレイヤーたちも、同じように、少し離れた砂丘の上に座っている。だれも、しゃべらなかった。
残り十分。五分。一分。
二十四時。
王墓の黒い影の、てっぺんから、白くなっていった。
雪が積もるみたいに、白が下へ広がっていく。象形文字の壁も、入り口の松明も、さっきまで俺たちがいた通路も、全部、白く塗りつぶされていく。
最後に、王墓の入り口が、白に飲まれた。
あの奥で、墓守は、最後まで、最奥の扉の前に立っていたはずだった。やってくる冒険者を、迎える向きで。
目の前に、半透明の板が浮かんだ。
【砂の王墓は閉鎖されました】
地図を開くと、西の砂漠が、灰色になっていた。
その上に、小さな文字。【閉鎖済み】。
「……ほんとに、なくなるんだね」
ミオが言った。
だれも、答えなかった。
◇
「二ゴールドです」
ニナが、カウンターの上に、二枚の金貨を置いた。
「売るの!?」
ミオが叫んだ。
「お土産なのに、売るの!?」
「NPCには、物を渡せません。でも、買い取りなら受け取れます」
ニナは、王墓の砂の小瓶を、両手で大事そうに持ち上げた。
「ちゃんと、わたしのものになりました」
ニナは、カウンターを出て、窓辺に小瓶を置いた。
窓の四角の中の、星が三つ見える場所の、すぐ下だった。
月の光が窓から差しこんで、小瓶の中の砂が、きらきら光った。
「これが、砂の王墓なんですね」
ニナは、しばらく小瓶を見ていた。
それから、俺たちに、王墓の話をせがんだ。
ミオが初回クリアをした話。俺が四回目の落とし穴に落ちた話。ガンテツが泣いた話。墓守の、最後の「眠れる王に、敬意を」。
墓守の話を聞いたとき、ニナは、少しだけ静かになった。
「その人も、決まったことしか言わない人だったんですね」
「ああ」
「わたしのお父さんと、同じですね」
ニナは、窓辺の小瓶から目を離さずに、言った。
「マカベさん。閉じた場所の人たちは、どこへ行くんですか」
窓辺の小瓶の中で、王墓の砂が、かすかに光っていた。




