↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
8/19

砂の王墓の最後の日

サービス終了まで 残り21日


【砂の王墓 閉鎖まで 残り3時間】


 砂漠の入り口の町に、その表示が浮かんでいた。


 夜の砂漠は、青白い。

 月の光が砂丘の稜線を銀色に縁どっていて、その向こうに、ピラミッドに似た黒い影がそびえている。砂の王墓だ。


 入り口の町には、六十人くらい集まっていた。残った百人の、半分以上だ。

 みんな、最後に一度、入っておこうと思ったのだろう。


「わたし、王墓、入ったことない」


 ミオが、ぽつりと言った。


「は? 二年いて?」


 ガンテツが、目を丸くした。


「四人用のダンジョンでしょ。一緒に行く人、いなかったし」


 ミオは、杖の先で砂をつついた。


「わたしが始めたとき、もうみんな、だいたい全部クリアしてたんだよね。王墓も、霧の森も、天空の塔も。で、みんな『昔は』って話するじゃん。昔は王墓の前に行列ができてた、とか。昔はあのボスが強くて、とか」


 俺もガンテツも、その「昔は」をさんざん言ってきた側だった。


「わたし、そこに入れないんだよね。思い出がないから」


 ミオは、笑ってみせた。

 あまり上手な笑い方ではなかった。


 ガンテツが、ばしっと自分の膝を叩いた。


「よし、行くぞ。今から」


「え」


「三人いりゃ十分だ。なあ、マカベ」


「ああ」


「え、いや、別に、そういうつもりで言ったんじゃ」


「そういうつもりじゃなくても行くんだよ。思い出なんてのはな、今から作りゃいいんだ」


 ガンテツは、言ってから、自分で照れたのか、髭をがしがしかいた。


「……くっせえこと言ったな、おれ」


「うん。くさい」


 ミオが、今度はちゃんと笑った。



◇



 王墓の中は、十年前と何も変わっていなかった。


 砂岩の通路。壁の象形文字。松明の明かり。足元の、色の違う石。


「そこ、踏むなよ」


 俺は、ミオに言った。


「落とし穴だ。昔、俺はそこに三回――」


 言いながら、足を出していた。

 足元の石が、がこん、と沈んだ。


 視界が、真っ暗になった。


 気がつくと、穴の底の砂の上に、大の字になっていた。

 はるか上の四角い穴から、ガンテツとミオがのぞきこんでいる。


「四回目だな」


「おじさん、言いながら落ちるの、天才じゃない?」


「……盾役は、先に落ちるのが仕事なんだよ」


 ゼロに言われたことを、思い出した。

 盾役のくせに先に落ちるな。あいつは、ここで、腹を抱えて笑っていた。


 穴の底から見上げた四角は、ニナの店の窓に、少しだけ似ていた。



◇



 最奥の扉の前に、老人が一人、立っていた。


 ぼろぼろの布をまとった、墓守のNPCだ。

 王の眠る部屋の前で、十年間、ここを訪れる冒険者を迎えてきた。


「眠れる王に、敬意を」


 しわがれた声で、墓守が言った。


 十年前も、同じことを言われた。ゼロと二人で初めて来たときも。ガンテツのギルドの連中と来たときも。

 何万人に、同じことを言ってきたのだろう。


 ミオが、墓守の前で、少し迷ってから、頭を下げた。


「……はい。敬意を」


 墓守は、もう何も言わなかった。


 扉の奥の砂の王は、十年前に戦ったときより、ずっと弱く感じた。

 俺たちが強くなったからだ。ミオの炎の魔法が王の包帯を焼き、ガンテツの斧が王笏を砕いて、最後に俺の盾が王の剣を受け止めた。


 砂の王が崩れて、砂になった。


【砂の王墓 初回クリア】


 ミオの前に、金色の文字が浮かんだ。


 ミオは、しばらく、その文字を見ていた。


「……初回クリアだって」


「おう」


「閉鎖の、二時間前に」


「おう。おめでとう」


 ガンテツの声が、湿っていた。


「ガンテツさん、泣いてる」


「泣いてねえ」


 崩れた王の砂を、三人で、小瓶に詰めた。

「王墓の砂」。合成の素材で、店に売ると二ゴールドにしかならない。


 ニナへの、お土産だった。



◇



 二十三時五十分。


 俺たちは王墓を出て、砂丘の上に並んで座った。

 ほかのプレイヤーたちも、同じように、少し離れた砂丘の上に座っている。だれも、しゃべらなかった。


 残り十分。五分。一分。


 二十四時。


 王墓の黒い影の、てっぺんから、白くなっていった。


 雪が積もるみたいに、白が下へ広がっていく。象形文字の壁も、入り口の松明も、さっきまで俺たちがいた通路も、全部、白く塗りつぶされていく。

 最後に、王墓の入り口が、白に飲まれた。


 あの奥で、墓守は、最後まで、最奥の扉の前に立っていたはずだった。やってくる冒険者を、迎える向きで。


 目の前に、半透明の板が浮かんだ。


【砂の王墓は閉鎖されました】


 地図を開くと、西の砂漠が、灰色になっていた。

 その上に、小さな文字。【閉鎖済み】。


「……ほんとに、なくなるんだね」


 ミオが言った。


 だれも、答えなかった。



◇



「二ゴールドです」


 ニナが、カウンターの上に、二枚の金貨を置いた。


「売るの!?」


 ミオが叫んだ。


「お土産なのに、売るの!?」


「NPCには、物を渡せません。でも、買い取りなら受け取れます」


 ニナは、王墓の砂の小瓶を、両手で大事そうに持ち上げた。


「ちゃんと、わたしのものになりました」


 ニナは、カウンターを出て、窓辺に小瓶を置いた。

 窓の四角の中の、星が三つ見える場所の、すぐ下だった。


 月の光が窓から差しこんで、小瓶の中の砂が、きらきら光った。


「これが、砂の王墓なんですね」


 ニナは、しばらく小瓶を見ていた。


 それから、俺たちに、王墓の話をせがんだ。

 ミオが初回クリアをした話。俺が四回目の落とし穴に落ちた話。ガンテツが泣いた話。墓守の、最後の「眠れる王に、敬意を」。


 墓守の話を聞いたとき、ニナは、少しだけ静かになった。


「その人も、決まったことしか言わない人だったんですね」


「ああ」


「わたしのお父さんと、同じですね」


 ニナは、窓辺の小瓶から目を離さずに、言った。


「マカベさん。閉じた場所の人たちは、どこへ行くんですか」


 窓辺の小瓶の中で、王墓の砂が、かすかに光っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。