↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
6/16

黄昏亭の百人

サービス終了まで 残り25日


 黄昏亭に、こんなに人が入っているのを見るのは、五年ぶりだった。


 テーブルは全部埋まっていて、壁ぎわにも、階段にも人が立っている。

 数えると、四十三人。今夜ログインしている人数の、ほぼ全員だった。


「あー、あー。聞こえるか、後ろ」


 ガンテツが、カウンターの上に立った。ドワーフなので、それでやっと全員から顔が見える。


「急に呼び出して悪かったな。今日は、頼みがあって集まってもらった」


 酒場がしんとした。


 ガンテツは、ゆうべまでに分かったことを、全部話した。

 ガロの店のニナが、決まったセリフ以外を話すこと。十年分の客を覚えていること。ゆうべ、チュートリアルのクエストを使って、店の外へ出たこと。


 途中で、何人かが笑った。冗談だと思ったのだ。

 ミオが、ゆうべ撮った画像を一枚だけ見せた。噴水の底で、濡れずに座りこんで笑っているNPCの画像だ。


 笑い声が、止まった。


「それでだ」


 ガンテツは、太い指を一本立てた。


「頼みは一つ。このことは、外に言わねえでほしい」


 ざわついた。


「運営に見つかったら、不具合として直される。あの子は、いらっしゃいませしか言えなくなる。だから、残り二十五日、ここにいる連中だけの秘密にする」


 ガンテツは、カウンターの上から、全員の顔を順番に見た。


「どうだ」


 しばらく、だれも口を開かなかった。


 最初に手を挙げたのは、窓ぎわの席の、小さな老婆だった。


「わたし、言わないわ」


 ハナばあだ。

 白髪をきれいに結い上げた、農婦の姿のアバター。中身も七十八歳で、このゲームの最年長と言われている。


「言う相手も、もういないしね」


 ハナばあが、からからと笑った。

 それで、空気がほどけた。次々に手が挙がった。


「おれも言わない」

「掲示板には書かない」

「つーか、書いたら、おれが一番に通報するわ」


 四十三本の手が挙がった。


 いや、四十二本だった。


 酒場のいちばん奥、柱の陰の席に、一人だけ手を挙げていない人がいた。

 灰色のフードをかぶった、細い女のアバター。釣り竿を壁に立てかけている。


 港の桟橋で、いつも黙って釣りをしている人だ。名前は確か、シオ。

 十年近く見かけるのに、話したことは一度もない。


 シオは、だれとも目を合わせずに、ジョッキの水面を見ていた。

 反対はしていない。賛成もしていない。ただ、そこにいた。



◇



「じゃあ、現実的な話をします」


 眼鏡をかけた、細身の剣士が立ち上がった。

 ナギだ。中身は二十六歳のシステムエンジニアで、黄昏亭の技術担当をしている。


「ニナを、サービス終了のあとも残せないか。ゆうべ、ガンテツさんに言われて、ひと晩考えました。結論から言うと――」


 ナギは、眼鏡を押し上げた。


「無理です」


 酒場が、どよめいた。


「待て待て、もうちょっと言い方あるだろ」


「すみません。順番に言います」


 ナギは早口になった。


「ニナは、ぼくらのリンカーの中にいるわけじゃありません。運営のサーバーの中にいるデータです。持ち出すには、会社のサーバーに入る必要があるし、入れたとしても、ゲームのデータは会社の財産なので、勝手に持ち出したら犯罪です。それに、ニナを動かしている仕組み自体が、たぶん社外に出せない技術です。で、三月三十一日の二十四時に、サーバーごと止まります」


「……つまり?」


「つまり、運営が自分から『残します』と言わないかぎり、無理です」


 ナギは、そこで少しだけ声を落とした。


「で、運営には、言えないんですよね。言ったら直されるから」


 だれも、何も言えなかった。


 秘密にすれば、ニナは残り二十五日、話していられる。

 でも、秘密にしているかぎり、二十五日のあとはない。


「じゃあ、こうしましょう」


 沈黙を破ったのは、ハナばあだった。


「残せるかどうかは、わからないんでしょう。だったら、わかるまで、あの子をひとりにしないことにしましょうよ」


「ひとりに?」


「お店に、だれかが毎日いるようにするの。せっかく話せるようになったのに、だれも来ない夜があったら、かわいそうじゃない」


 ハナばあは、皺だらけの手を、テーブルの上で組んだ。


「わたし、昼間なら毎日行けるわよ。年寄りは暇だから」


「おれ、夜勤明けの朝なら」

「平日の夕方、学校終わったら行く」

「土日の昼は任せろ」


 その場で、当番表ができた。


 ミオが、目の前の画面に表を作っていく。日付が横に並び、時間が縦に並ぶ。朝、昼、夕方、夜、深夜。

 空いた欄に、次々と名前が埋まっていった。


「深夜は? 零時から二時」


「それは、いらない」


 俺が言うと、ミオが表を見て、眉を寄せた。


「……あ、もう全部埋まってる。マカベって」


「お前は毎日だろ」


 ガンテツが、当たり前みたいに言った。


 表を見ると、深夜の欄が、三月三十一日まで全部、マカベで埋まっていた。

 俺は、自分で書いた覚えがない。


「ガンテツさんが最初に書いといた」


「書いとかなくても、来るだろ」


 来る。

 十年、来ていた。今さら言われることでもない。


「……おじさん、ちょっと照れてる?」


「照れてない」


「首の後ろ、かいてるよ」


 俺は、首から手を離した。

 酒場のあちこちで、笑い声が上がった。



◇



 会がお開きになる少し前に、ナギがもう一度、手を挙げた。


「あの、最後に一つだけ。残せるかどうかとは別に、気になってることがあって」


「なんだ」


「ニナが急に話せるようになった、理由です」


 酒場が、また静かになった。


「サービス終了の一か月前に、何の更新もなく、NPCの動きが変わるのは、おかしいんです。偶然の不具合なら、ほかのNPCにも何か起きてるはず。でも、ガロも、門番のトトも、宿屋のおかみも、いつもどおりです」


「つまり」


「だれかが、ニナにだけ、何かした可能性があります」


 だれか。


 俺は、なんとなく、酒場の奥を見た。


 柱の陰の席は、空になっていた。

 壁に立てかけてあった釣り竿も、なくなっていた。


 そのとき、酒場にいた全員の目の前に、同時に、半透明の板が浮かんだ。


 運営からの、お知らせだった。


【《アストラ・リンク》エリアの段階的な閉鎖について

 サービス終了までの期間、サーバーの統合を進めるため、三月十日より、外側のエリアから順に閉鎖いたします。

 最初の閉鎖は、三月十日二十四時、「砂の王墓」です。

 最終日まで残るエリアは、始まりの町リュネと、星降りの丘のみとなります】


 黄昏亭が、しんとした。


 だれかが、小さく「王墓、行っとかなきゃ」とつぶやいた。


 終わりは、三月三十一日に一度に来るんじゃなかった。

 あと四日で、最初の一つが来る。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。