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17/19

方法

サービス終了まで 残り13日


 三月は、終わりの紙ばかり刷る。


 卒業式の式次第。送別会の案内。退職のあいさつ状。閉店のお知らせ。

 みどり印刷の輪転機は、朝から晩まで、だれかの「最後」を刷り続けている。


「真壁、駅前の和菓子屋の閉店チラシ、色校出たぞ」


 部長の大塚が、刷り上がったばかりの紙をひらひらさせた。


「創業六十年だってよ。最後の日は、全品半額だと」


「……そうですか」


「なんだ、元気ないな。和菓子、嫌いか」


「好きです」


 チラシには、筆の字で「長い間、ご愛顧ありがとうございました」と書いてあった。

 掲示板の羊皮紙と、同じ言葉だった。


 印刷物に間違いがないか、一字ずつ確かめるのが、俺の仕事だ。

 店の名前。日付。電話番号。「ありがとうございました」の「ご」が抜けていないか。


 十年、他人の「最後」に、一字の間違いもないように気をつけてきた。

 自分の「最後」のことは、考えたこともなかった。



◇



 黄昏亭のテーブルの真ん中に、柚木が座っていた。


 フードは、もうかぶっていなかった。

 まわりを、四十人くらいが囲んでいる。ガンテツ、ミオ、ゼロ、ハナばあ、ナギ。


「わたしは、柚木千尋。ルミナスゲートの社員で、このゲームの保守をしています」


 柚木は、まず、そう名乗った。


 酒場がざわついた。何人かは、ミオの話で薄々知っていた。何人かは、まったく知らなかった。

 十年近く、港で黙って釣りをしていた「釣りの人」が、運営そのものだったのだ。


「黙っていて、ごめんなさい」


 柚木は、頭を下げた。


「それから、おとといのメンテナンスは、わたしがやりました。ニナには、何もしていません。……今日は、その先の話をしに来ました」


 柚木は、テーブルの上に、半透明の資料を広げた。

 会社の企画書みたいな、そっけない書式だった。


「ニナを、サービス終了のあとも残す方法です」


 酒場が、静まり返った。


「結論から言います。ゲーム全体は、残せません。サーバーを動かすお金が、会社にはもうないから。でも、ニナと、ガロの店だけなら、話は別です」


 柚木は、資料の一枚目を指した。


「会社が『営利目的ではない記念の場所』として、ニナと店のデータを、外の小さなサーバーに移すのを許す。サーバーの費用は、プレイヤーが出す。動かすのは、わたしが個人でやる。会社のゲームとしては終わるけど、あの子は、小さな場所で、話し続けられる」


 だれかが、息をのむ音がした。


 ガンテツが、テーブルを叩いて立ち上がった。


「金なら出す! いくらだ!」


「サーバーの費用は、月に数万円。百人で割れば、一人数百円です」


「安いじゃねえか! なんだ、それなら――」


「お金は、いちばん簡単な壁です」


 柚木は、ガンテツの言葉をさえぎった。


「壁は、ほかに二つあります」



◇



「一つ目。ニナの中身です」


 柚木は、資料をめくった。


「ニナは、十年分のプレイヤーの言葉を覚えています。言葉は、言った人の、個人の情報です。会社のサーバーから外に出すなら、言った本人の同意がいる」


「同意」


「同意した人の言葉は、持っていける。同意しない人の言葉は、持ち出す前に消す。法律と、会社の決まりで、そうなっています」


 ナギが、眼鏡を押し上げた。


「柚木さん。ニナに言葉を残した人って、何人いるんですか」


「数えたことはない」


「数えられますか」


「ログを見れば」


 柚木が、目の前に小さな画面を開いた。指が、すばやく動く。

 ナギが、横からその画面をのぞきこんだ。二人で、何か早口で話している。専門用語が多くて、俺にはほとんど分からなかった。


 しばらくして、ナギが、顔を上げた。


「出ました。十年間で、ニナに一回以上話しかけた人の数」


 酒場の全員が、ナギを見た。


「一万二千四百十一人です」


 だれも、何も言わなかった。


 一万二千四百十一人。

 残った百人の、百二十倍以上だった。


「……全員に、同意をもらうのか」


 俺が聞くと、柚木は首を横に振った。


「全員じゃなくていい。同意しない人の分は、消すだけ。一人でも同意すれば、その人の言葉は持っていける。でも、同意が少なければ、ニナの中身は、ほとんど空っぽになる」


 空っぽのニナ。

 十年分の言葉を消されたニナは、もう、ニナじゃないのかもしれない。


「よし」


 ガンテツが、もう一度、テーブルを叩いた。


「全員に電話する」


「全員?」


「一万二千人だろ。一日千人かけりゃ、十二日だ。間に合う」


「ガンテツさん、一日千人って、一分に一人かけても十六時間だよ」


 ミオが、冷静に突っこんだ。


「……タクシーの客待ちの間にかける」


「客待ち、そんなに長くないでしょ」


「最近は長いんだよ!」


 酒場に、やっと笑い声が戻った。



◇



「二つ目の壁は」


 笑い声がおさまってから、柚木が言った。


「会社の許可です。データを外に出すのを許すかどうか。決めるのは、社長」


「社長って、どんな人なんだ」


 ゼロが聞いた。


「早瀬誠一。六十一歳。アストラを作った人」


 柚木は、少しだけ言葉を選んだ。


「十年前、ことのはを作れと言ったのも、社長。一年で止めろと言ったのも、社長。サービスを終わらせると決めたのも、社長」


「……手ごわそうだな」


「悪い人じゃない」


 柚木は、すぐに言った。


「でも、決めたことを、簡単には変えない人」


 ナギが、手を挙げた。


「柚木さん。もう一つ、気になることがあります。ニナの仕組みって、十年前の古い形式ですよね。外の新しいサーバーで、そのまま動くんですか」


 柚木は、一瞬だけ、黙った。


「……それは、わたしが、なんとかする」


 ナギは、それ以上、聞かなかった。

 でも、眼鏡の奥の目が、少しだけ曇ったのが見えた。



◇



 零時。ガロの店。


 ニナに、全部話した。

 残れるかもしれないこと。小さな場所で、話し続けられるかもしれないこと。壁が二つあること。


 ニナは、最後まで黙って聞いていた。


「わたし、残れるんですか」


「まだ、分からない」


 柚木が言った。

 柚木は、今夜も、店まで来ていた。カウンターの前に立って、ニナの顔をまっすぐ見ている。


「分からないことを、あなたに言うのは、ずるいと思う。期待させたぶんだけ、だめだったとき、つらくなるから」


 港で言ったのと、同じことだった。


「でも、言わないで、勝手に決めるのは、もっとずるいと思った。だから、言いに来た」


 ニナは、柚木の顔を見ていた。


「シオさん。……柚木さん」


「どっちでもいい」


「柚木さん。ありがとうございます」


 ニナは、カウンターの向こうで、深く頭を下げた。


「期待、します」


 柚木は、何も言わなかった。

 ただ、うなずいた。


 帰り際、店の扉の前で、柚木は一度だけ振り返った。

 俺に向かって、小さな声で言った。


「次は、社長に会わないといけない」


「会えるのか」


「会わせる。……でも、覚悟しておいて」


 柚木は、扉の外の暗がりを見た。


「社長は、この世界を作った人。そして、終わらせると決めた人だから」


 扉が閉まって、鈴が、小さく鳴った。


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